第47話・再会の誓約

 やがて冬は終わり、別れの時期が近づいた。

 人生というものは旅であり、旅というのは出会いと別れの連続だ。

 この小さな体しか持たない人類に、ゆっくりとしか歩けない人類にとって。世界はあまりに広大である。


『本当に行くのか?』


 アダムはこの冬、すっかりとネアンデルタールの言葉を覚えた。


『あぁ、黒の人には心の底から世話になった。これ以上世話になることはできない。また、豊かになったら訪れるさ! 今度は、両手にいっぱいの食べ物を抱えて!』


 恐ろしいとは感じるアダムの群れ。ネアンデルタールはそれでも恩は忘れない。だから、恐怖を超克して再び相見えると誓った。


『せめてウカが帰ってきてから……』


 その別れの場に宇迦之御魂うかのみたまはなぜかいなかったのだ。


『あの人が戻ってくると、動けないほどの食料を押し付けられそうだ!』


 冬の間も宇迦之御魂うかのみたまはどこから持ってくるのか、様々な食料を持ってきたのである。どこから、そんなことは決まっている。世界中のどこもかしこもからである。


『おーい! 別れの前に、ちょっとこっちへ来てくれ!』


 そんな時、宇迦之御魂うかのみたまは走ってきた。それぞれが別れを惜しむ空気をぶち壊しながら。


『どうやら、遅かったみたいだ』


 ネアンデルタールの群れの代表は、そう言って笑った。


『みたいだな……』


「「ハハハ!」」


 笑う声は、全種族共通だ。

 そもそも笑うと言う行為の起源は、ホモ族発祥より前まで遡る。だから、全人類共通なのは当たり前なのだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 宇迦之御魂うかのみたまについていくと、そこには一本の木が生えていた。それはクワ科であり、アダムをこの中東の地へ導いた理由の木である。

 現代より平均気温が高いこの時代では冬明けのこの時期に、その木は花を付ける。花とは言っても、それは皮に包まれていて、とてもではないが花には見えないのだ。


 果物であると思われがちだが、実は花を食べている。そう、知恵の実、いちじくである。

 宇迦之御魂うかのみたまは、その木の実をもぎ取って全員に渡した。


「アダム! あんたにこれを食べさせたかんだよ! ほら、あたし毎日散策してただろ? これが実ってないか確認してたんだ!」


 まだどちらも原種である。とはいえ宇迦之御魂うかのみたまの魔改造もりもりマシマシのものだった。宇迦之御魂うかのみたまにとっていちじくは、パンの木の上位互換である。


「あ、うん! ありがとう……」


 アダムはこうして食材を生で食べるのは久しぶりだった。


『白の人よ。これは、我々にも手渡されたが食べて良いのか?』


 それは、この場のアダムたちにネアンデルタールに、そんな全員に手渡された。

 ネアンデルタールも随分とサピエンスの言葉を学ぼうとした。だが、無理だったのだ。サピエンスの言葉は、膠着語こうちゃくごと言われる、非常に珍しい言語だった。膠着語こうちゃくごとは……語尾を付着させて意味を変化させる言語である。“飛ぶ”と言う語幹に、ないを付着させ“飛ばない”と言う真反対の言葉を生み出す。これが膠着語こうちゃくごの特徴である。そして、膠着語こうちゃくごというのは習得難易度が異次元に高いのだ。


 そう、シュメール語は膠着語こうちゃくごなのだ。しかも、アルタイ語族説が存在するのも、日本語と共通である。シュメール語はウラル・アルタイ語族。日本語は、アッカド・アルタイ語族である。

 アルタイ語族は人類東征歴史の日本行きルートに多く見られるのである。


『すぐ腐っちまうから早く食べておくれ!』


 宇迦之御魂うかのみたまは言った。そう、いちじくはとてもデリケートですぐ腐るのだ。保存が難しい。アダムたちだけだと、旬が終わるまでに食べきれない。それもあって、おもてなしの心もあって、ネアンデルタールにそれを分け与えたのである。


 アフリカにはKARIBU精神というものがある。KARIBUはスワヒリ語で“ようこそ”の意味だ。人類発祥の地と東征ルートの中で豊かな地に残る、相手をもてなすための文化。それはつまり、サピエンスもともとの気質なのである。


「あまーい!」

「美味しいね、カナン!」


 年長の兄妹であるが、幼児卒業して間もない。我慢できず、かじりついていた。


『では、遠慮なく!』


 ネアンデルタールの長も、勧められるものでそれを食べた。

 古く、シュメールの神話やエジプトの神話では、このいちじくは神の果物とされる。なにせ、それを教えるために人類を東に導いたのは宇迦之御魂うかのみたまである。そして、その種への変異を見つけ、保護したのも宇迦之御魂神うかのみたまである。本当に、神の果物なのだ。


「カナン! 美味しい!」


 子供達は、大人より言語を覚えやすい。若者が横文字を直ぐにとり入れるのは、そういった理由である。翻訳者がいなくても、勝手に覚えてしまうのだ。なにせ、生まれた時は誰も言語など知らないのだから。


「そうだね! ハラシ!」


 それは、石器技師の少年が将来得るはずの名前だった。だが、アダムの群れにいる間に、ネアンデルタールたちは名乗るのことが許されるべきであると考えたのだ。


 ハラシ、ヘブライ語でも石工の意味を持つのだ。

 そう、ヘブライ語はこのネアンデルタール語が語源である。それどころか、ネアンデルタールの言語は現存の言語の多くに爪痕を残している。ヘブライ語とはアッカド語族セム語派カナン諸語の一つなのだ。現存の言語もまた、古代への大きな手がかりである。

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