第46話・全知全能
食事を終えて、ただ話すための時間が訪れた。炎の第二はまだ通過したばかり。この頃、すべての人類がそうだ。よって、ネアンデルタールも腸が長く食後はダラダラとしていなければならなかった。
「何で、お前たちはそんなに疑って恐れるんだ?」
話したこと全てを、その実証がされない限り疑う。そして決して嘘はつかない、知恵も膂力も優れた人類。それが、ネアンデルタール。悪魔が嘘をつかない起源はここに有るにあるのだ。
後の悪魔、人喰いのネアンデルタール。ただ、分裂したばかりの群れは悪魔と言われる所以をまだ持たない。だから、付き合えているだけのことである。
『我々の命の中にはきっと、これまでの疫学のレポートが詰まっているのだ。見ることも実証することもできなかったことを信じた者共はきっと滅びたのだ。きっと、信じることをしていた時代もあったのだろうな……』
間には
そのネアンデルタールの考えは正しかった。かつて、ネアンデルタールにも神話に似たものが存在した時期があった。技術に対する信仰である。それは、ネアンデルタールやサピエンスが生まれる前の話である。
かつて人類はエレクトロスとハビリスの二種だった。
ハビルスには技術信仰がある。この技術信仰が、ハビルスの統治システムだ。そして、中東の厳しい自然では富を独占する必要があった。技術信仰が神話に移り変わろうとした時代、ハビルスとネアンデルタールの境界の時代にそれは起こった。
邪教の発足が発生したのだ。
そう、ハビルスとネアンデルタールのミッシングリンクとなった人類は賢くなりすぎたのだ。信仰によって統率する群れ長達を見て、邪教で富をかすめ取る手段を発見してしまった。
統治機構は壊れ、信じることをやめた者たちだけが生き残った。
そして、豊かなアフリカの大地で賢くなりすぎる必要がなかった人類がサピエンスになったのだ。
彼らの血が覚えているのは、種が分化する瞬間の
「なるほどな……。それで、俺たちが怖いか?」
アダムたちは違う種だった。
『怖いな……。同族ですら、ともに旅立つと決めて初めてともに歩める。恐怖を抱きながらもともに歩む理由を得られるのだ我々は』
だから、それをネアンデルタールが信じるというのは無理な話だった。
「難儀だな、お前たちは……」
歴史を越えプログラムされていく遺伝子。その中でもちろん難儀なプログラムが書き加えられることもあった。でもそれは、元を正せば生きるための知恵である。それがなければ生きられない理由があったとして、種の歴史を振り返るための手がかりなのだ。
言葉を越え世代を超え、風化すらした歴史が刻まれた無限の情報体。それこそデオキシリボ核酸である。
『ふと考えるのだ。生きるとは何なのか。享楽と苦悩、振り返って考えてみればそれらは同量のはずなのに、苦悩が勝ると思える。我々は、進化しすぎたのではないか? そうと思うと、難儀なのは当たり前かも知れない』
世代を超えすぎた。難儀なプログラムが増えすぎた。ネアンデルタールはそんなことすら既に考えていたのだ。
不幸を大きく感じる方が、生存力は上がる。そのためのプログラムが増えすぎたというなら、それはもはや進化の重ねすぎだ。
『あぁ、進化しすぎだ。気が早いにも程がある。お前たちみたいな、しっかり考えられるのは、俺たちがもっとしっかり出来てから生まれるべきだったんだ』
不意に、通訳に徹していた
『俺たち?』
ネアンデルタールは訊ねる。
『あぁ、無駄に長生きなんだ俺たちは。決まった形はなくて、気が向いた姿で生きてる。そんな俺たちだってまだ未熟でな。まだ、導くなんてほどデキたもんじゃない』
億年を生きる
『長生き……それを信じるとして、なぜ偉ぶらない?』
『偉ぶるほどデキちゃいない。もしかしたら永遠に、そうはなれないかもな。でも、わかる範囲で楽になる考え方を提案してみる。生き方を提案してみる。それが神だ』
だからこそ宗教とは、こう生きるべきを語るのである。神が、こう生きてみてはどうかと提案をする一つの種であるから。
この原始の時代に、哲学にすらたどり着くネアンデルタール。そして、それを聞いたサピエンス。それはあまりに先進的だった。
思考というのは宝玉だ。その中に世界を抱くこともできれば、あるいは生きる意味を模索することもできる。思考の中で、思考者は全知全能である。
「やっぱり、お前たちはすごいよ……」
アダムはその進みすぎたネアンデルタールをただ認めるのみである。
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