第33話・農夫と狩人

 旅は続き、月日は巡った。エヴァの胎には、また新しい命が宿っている。

 この時代は産めや増やせや地に満ちろが、正義なのである。女性が産む機械としての側面を持ってしまうと同時に、男は狩りをする機械の側面を持っていた。

 公平である。ともにすぐれた特徴を生かし合わねば種が絶える。そんな厳しい時代にはそれこそ当然だった。


「妹?」


 カインは訊ねる。


「弟?」


 カナンも同じように訊ねた。

 子供ながらに二人は新しい命を寿ことほいだ。


「どっちがいい?」


 エヴァは訊ね返すも、答えは決まっていた。


「「どっちも!」」


 二人声を合わせて、笑顔で答える。

 結局どちらでも嬉しいし、ならばどちらも欲しい。実に子供らしい強欲だった。


「えー、二人一緒に生まれてきちゃうの大変なんだよ! ウカの腕が六本になっちゃう!」


 エヴァにとって、それはいい思い出だった。六本腕の宇迦之御魂が必死に子供を抱き止める。エヴァが見た中で最もギャップの激しい姿だった。


「六本!?」


 カインは驚きつつも目を輝かせた。小さくともしっかりと男の子である。多脚や多腕は男のロマンなのだ。

 そんな話を外で聞いていた素戔嗚すさのおが入ってきた。


「俺も六本にできるぞ!」


 子供を構いたくてたまらないお年頃、数十億歳である。素戔嗚すさのおはバッっと腕を六本に増やして、広げて見せた。


「強そー!」


 カインは喜ぶ。目の前にロマンがあったのだ。

 多脚多腕が男の子は大好きだから、昆虫や節足動物に目がないのである。


「ふはは! 俺は強いぞー!」


 戦闘能力なら、神々の中でも最強クラスである。なにせ素戔嗚すさのおは後の英雄神なのだ。


「ただいまー! エヴァ、でっかいのが取れたぞ!」


 アダムと素戔嗚すさのおは狩りの帰りだ。神はこの辺は容赦がない。食物連鎖で狩られる肉は当然のものである。


「パパすっげー!」


 とカインは尊敬の眼差しを向けた。


「どうやって狩ったの?」


 狩りをするのにどんな道具を使うのか、またもっと楽に狩猟するにはどんな道具が有効かばかり考えている。


「俺が突進を受け止める!」


 素戔嗚すさのおは六本の手を広げた。そこにカインが、突っ込む。


「それを横から一突きさ!」


 と、アダムやカインに槍を突き刺す真似をした。

 この時代の槍はお粗末な石器である。


「まぁ、そういうことにしておこう……」


 本当は一回で仕留めるなんて全くできなかったのである。むしろ、獲物の死因は素戔嗚に首を折られたからである。獲物はバイソンだった。乾燥地帯にも適応し、力強く生きているのである。


「やられたー!」


 カインは槍で突かれたということになった。だから、倒れるふりをした。


「足はどう?」


 そういえば、少し前にカナンが作った砂漠用の靴があった。かんじきのようなものである。


「おう! よかったぜ!」


 足が沈まないから、しっかりと突進を受け止めることができた。素戔嗚すさのおはそれが大満足だ。アダムの子供であるとして、父を超えかねないと思っている。

 そんなことを話していると、カインは素戔嗚すさのおの腕にしっかり捕まっていた。だから素戔嗚すさのおはそのまま持ち上げたのである。


「僕、果物が食べたい」


 カインは甘党である。動物性タンパク質も大事だが、炭水化物も大事である。


「そっちはウカが詳しいよな!」


 アダムは素戔嗚すさのおに確認を取った。


「あぁ! もちろん!」


 だからこそ、素戔嗚すさのおは植物採集は宇迦之御魂うかのみたまに任せていた。


「でもごめんね、ろくに仕事しなくて……」


 エヴァが言うと、アダムと素戔嗚すさのおは一瞬きょとんとした顔をしてからいう。


「仕事してたら怒るぞ! お前はここで子供と遊んでろ!」


 誰も今のエヴァに仕事をしろとは思わない。妊娠中の女性など、この時代では蝶よ花よという扱いである。


「そうそう、エヴァの仕事は二人を見てくれること。もう少し大きくなったら、俺が狩りへ連れて行く!」


 アダムはそのつもりである。とはいえ、このままのペースであれば、そうなる前に目的地についてしまうのである。


「お腹すいてきた……」


 とカナンが言ったところに、宇迦之御魂うかのみたまも帰ってきた。


「見ろ! こんなに取れた! あー、えっとこれなんて呼ばれてる?」


 ごっそりとかごいっぱいの、オヒシバのような穀物をもって現れたのである。

 その問に素戔嗚すさのおは手を広げて肩をすくめた。


「うわ! どこにあったの!? 僕、これも好き!」


 飛びついたのはカインだった。カインはこの頃から、植物に強い興味を抱いていた。特に穀物だ。

 オヒシバ、チカラグサなどとも呼ばれるが、要するにねこじゃらしである。粟の原種といわれていて、原始時代ではとても有用な炭水化物源だ。味に関していうのであれば、オヒシバこそ粟に近い。プチプチともちもち、二つの食感が合わさっているのである。


「じゃあカイン。少しだけ、持っておきな! いつかそれを土に埋めるんだ」


 宇迦之御魂うかのみたまはそうして品種改良などをしてきた。気の遠くなる時間の突然変異待ちと自然交配待ち。人にもそろそろ伝えるべきかも知れないと思えたのである。


「うん!」


 ただ、温帯亜熱帯熱帯と、このイネ科は野生で広く分布している。特段耕す必要もなく、脱穀の途中で落としてしまった程度で発芽する。誰も、農作物とは思わないのである。

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