第44話・フリーメーソン
「スサ! 待ってた!」
屋内の一部スペース、原始時代であるから簡単に区切られただけだが、そこにカナンの石器工房があった。
ここでは、新型の二酸化ケイ素系石器、剥離石器が日々作られている。
「おい、顔を見た途端それか……」
とはいえ、石器を作るほどの膂力がないカナンは口を出すしかできない。実際に作るのは、
日々遊び感覚で石器の研究に励むカナンの仕事場である。
彼女は骨の髄まで職人だ。暇さえあれば石器を作る。しかもそれが彼女の最も楽しめる遊びなのである。
これっぽっちもカナンは辛くない。満喫しているのだ。
天才にして変人。この人格はアダムの背を見続けて育まれたものである。なにせアダムは楽しそうに仕事をするのだから。
「いいから! 剥がし刃が足りない! 作って!」
現在全員分のヤギの毛の服が二着ずつある。ヤギの毛のコート。ほぼカシミヤコートである。それを作るために必要なのがカナンと
アダムがひげそりに使っているものである。ヤギもカミソリ負けの症状に悩まされることはなかった。
「わかったわかった。そうだ、異種族の石器技師が来てるぞ!」
ここに
「その白い少年が、石器技師?」
『我々の知らない技術だと!?』
少年は驚愕した。そう、その石器技術はネアンデルタールにはまだない。
かろうじてこの石器技術は、石器先進民族であるエレクトロスに伝わるのみである。それも、発見されたのはつい30年前である。
「驚いてる?」
寒さに負けて、口数が少なくなり、カナンはそのまま口数が戻らなかった。意思を伝えられればいい。それ以上の全てに使う時間は惜しいと、マイナーチェンジしてしまったのである。
「あぁ、驚いてるな」
と、
『こいつがうちの石器技師でな。これが最大の趣味なんだと……。ほっとくと、地面に新型石器が書かれてる……』
そのせいで放って置けないのがカナンなのだ。たまに有用な発明まで未完成として消してしまうのである。
『その技術を発明したのは、その少女なのか!? 黒い人々はとんだ発明家だな!』
驚いてしまった。地上に英知で覇を唱えたつもりが、いつの間にやら追い越されてしまったのだと落胆した。だが、それと同時に石器に発展の余地を感じて、ワクワクした。
実際、最も学問が進んでいるのはネアンデルタールだ。疫学なんてものがあるのだ。完全にオーパーツである。
「同類……」
カナンはその表情をみて、最高の遊び相手であると感じた。
『是非とも教授してくれ! その技を我が物にしたい!』
小年はカナンに近づき、その手を取った。言葉が通じていないことを忘れて。
「ん……」
カナンは棒を差し出した。
少年はカナンより年上でガタイもいいほうだ。そもそもネアンデルタール人の体格はサピエンスよりも大きい。膂力が足りる可能性を考えたのだ。
「スサ! 彼に作らせる!」
「お……おう……」
と
「なんで通じてるんだよ!?」
そう、二人は言葉が通じていないはずだったのだ。
「なにしたいかわかる! 当然!」
『だって、技師同士だしなぁ……』
それがもう、本当に通じ合っているようでますます謎が深まったのである。
『で!? どこを狙うんだ?』
狙って叩く、割れやすいところと割れにくいところがある。
彼女たちは職人同士。次に質問したいこと、作業の流儀は言葉がなくても伝わる。ただ言葉はタイミングを図るための合図でしかなかった。
「ここ!」
カナンが指をさしたところに、少年は棒を当てる。
『押す感じでやってたよな? あの人、。押すのが重要か?』
なんとなくコツを聞いているのだろう。そのことを、言葉から感じ取った。
そして、その動作から押すのか叩くのかを聞いているのだと理解した。
本当に、言葉の意味が分かっていないのに全て伝わっていたのだ。
「ん! 押す!」
カナンは動作を交えて、説明した。
『よし!』
少年は棒を押し当てて、力をどんどん強くしていく。
少年の全力に達したところで、クオーツは剥離した。
――ボキン――
そんな音を立てて。
「んー。やっぱりスサにやってもらうほうが大きい……」
やはり少年では膂力が少し足りないのだと思った。
でも、小さなかけらも使えるなら、そちらのほうが圧倒的に有用だ。その方法もを考えることもカナンの脳内のTODOリストに入ることになった。
『くそー! 体重が足りないか!』
少年は悔しがった。この技術を我が物にしようと思っていたのに、どうにも体の力が足りない。
「大人にやらせればいい!」
と、カナンは少年の背中に手を置いて慰めたのである。
『ん? ごめん、今のはわからなかった』
と、少年が言うので、素戔嗚は久しぶりに通訳の仕事が回ってきたのである。
これがフリーメーソンという概念の起源だ。国境なき石工団は、国境の概念より前に生まれた。
「しかしお前らなんで普通に通じるんだ?」
と、
「遊びに言葉はいらない!」
カナンにとっては本当にそれが遊びなのだ。群れを豊かにするゲーム。それをやっているつもりなのである。
少年の答えも大体は一緒でこうだった。
『職人同士、言葉はいらない!』
それが友情であると思ったのは、カナンだけだったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます