第44話・フリーメーソン

「スサ! 待ってた!」


 屋内の一部スペース、原始時代であるから簡単に区切られただけだが、そこにカナンの石器工房があった。

 ここでは、新型の二酸化ケイ素系石器、剥離石器が日々作られている。


「おい、顔を見た途端それか……」


 とはいえ、石器を作るほどの膂力がないカナンは口を出すしかできない。実際に作るのは、素戔嗚すさのおである。


 日々遊び感覚で石器の研究に励むカナンの仕事場である。

 彼女は骨の髄まで職人だ。暇さえあれば石器を作る。しかもそれが彼女の最も楽しめる遊びなのである。

 これっぽっちもカナンは辛くない。満喫しているのだ。

 天才にして変人。この人格はアダムの背を見続けて育まれたものである。なにせアダムは楽しそうに仕事をするのだから。


「いいから! 剥がし刃が足りない! 作って!」


 現在全員分のヤギの毛の服が二着ずつある。ヤギの毛のコート。ほぼカシミヤコートである。それを作るために必要なのがカナンと素戔嗚すさのおが作る、剥離式石器である。これをカミソリのように使ってヤギから毛を剥ぐのだ。

 アダムがひげそりに使っているものである。ヤギもカミソリ負けの症状に悩まされることはなかった。


「わかったわかった。そうだ、異種族の石器技師が来てるぞ!」


 素戔嗚すさのおはカナンに言った。

 ここに素戔嗚すさのおが来たのはネアンデルタールの石器技師である少年を紹介するためである。アダムはこの技術交流の対価として、交易を受けようと思っている。


「その白い少年が、石器技師?」


 素戔嗚すさのおは加工用に作られた木製の台座にクォーツを置いて、クォーツを固い石の棒で押した。このやり方はつい昨日発見されたもので、これならアダムでも作れる。

 素戔嗚すさのおはかなり力を加減して押している。そして、その力を徐々に強めていくとボキンと音がして石の一部が剥がれ落ちる。


『我々の知らない技術だと!?』


 少年は驚愕した。そう、その石器技術はネアンデルタールにはまだない。

 かろうじてこの石器技術は、石器先進民族であるエレクトロスに伝わるのみである。それも、発見されたのはつい30年前である。


「驚いてる?」


 寒さに負けて、口数が少なくなり、カナンはそのまま口数が戻らなかった。意思を伝えられればいい。それ以上の全てに使う時間は惜しいと、マイナーチェンジしてしまったのである。


「あぁ、驚いてるな」


 と、素戔嗚すさのおは一旦カナンに説明した。そして、少年に今度は話しかける。


『こいつがうちの石器技師でな。これが最大の趣味なんだと……。ほっとくと、地面に新型石器が書かれてる……』


 そのせいで放って置けないのがカナンなのだ。たまに有用な発明まで未完成として消してしまうのである。素戔嗚すさのおがそれを作ると、かなり不満げな顔をされてしまうのだが……。


『その技術を発明したのは、その少女なのか!? 黒い人々はとんだ発明家だな!』


 驚いてしまった。地上に英知で覇を唱えたつもりが、いつの間にやら追い越されてしまったのだと落胆した。だが、それと同時に石器に発展の余地を感じて、ワクワクした。

 実際、最も学問が進んでいるのはネアンデルタールだ。疫学なんてものがあるのだ。完全にオーパーツである。


「同類……」


 カナンはその表情をみて、最高の遊び相手であると感じた。


『是非とも教授してくれ! その技を我が物にしたい!』


 小年はカナンに近づき、その手を取った。言葉が通じていないことを忘れて。


「ん……」


 カナンは棒を差し出した。

 少年はカナンより年上でガタイもいいほうだ。そもそもネアンデルタール人の体格はサピエンスよりも大きい。膂力が足りる可能性を考えたのだ。


「スサ! 彼に作らせる!」

「お……おう……」


 と素戔嗚すさのおは、作業場を少年に譲った。少しして、違和感に気づく。


「なんで通じてるんだよ!?」


 そう、二人は言葉が通じていないはずだったのだ。


「なにしたいかわかる! 当然!」

『だって、技師同士だしなぁ……』


 それがもう、本当に通じ合っているようでますます謎が深まったのである。


『で!? どこを狙うんだ?』


 狙って叩く、割れやすいところと割れにくいところがある。

 彼女たちは職人同士。次に質問したいこと、作業の流儀は言葉がなくても伝わる。ただ言葉はタイミングを図るための合図でしかなかった。


「ここ!」


 カナンが指をさしたところに、少年は棒を当てる。


『押す感じでやってたよな? あの人、。押すのが重要か?』


 なんとなくコツを聞いているのだろう。そのことを、言葉から感じ取った。

 そして、その動作から押すのか叩くのかを聞いているのだと理解した。

 本当に、言葉の意味が分かっていないのに全て伝わっていたのだ。


「ん! 押す!」


 カナンは動作を交えて、説明した。


『よし!』


 少年は棒を押し当てて、力をどんどん強くしていく。

 少年の全力に達したところで、クオーツは剥離した。

 ――ボキン――

 そんな音を立てて。


「んー。やっぱりスサにやってもらうほうが大きい……」


 やはり少年では膂力が少し足りないのだと思った。素戔嗚すさのおは大きな剥離片を作れる。今は、そのまま使えるナイフが欲しいのだ。

 でも、小さなかけらも使えるなら、そちらのほうが圧倒的に有用だ。その方法もを考えることもカナンの脳内のTODOリストに入ることになった。


『くそー! 体重が足りないか!』


 少年は悔しがった。この技術を我が物にしようと思っていたのに、どうにも体の力が足りない。


「大人にやらせればいい!」


 と、カナンは少年の背中に手を置いて慰めたのである。


『ん? ごめん、今のはわからなかった』


 と、少年が言うので、素戔嗚は久しぶりに通訳の仕事が回ってきたのである。

 これがフリーメーソンという概念の起源だ。国境なき石工団は、国境の概念より前に生まれた。


「しかしお前らなんで普通に通じるんだ?」


 と、素戔嗚すさのおがサピエンスの言葉で尋ねたからカナンが答えた。


「遊びに言葉はいらない!」


 カナンにとっては本当にそれが遊びなのだ。群れを豊かにするゲーム。それをやっているつもりなのである。

 少年の答えも大体は一緒でこうだった。


『職人同士、言葉はいらない!』


 それが友情であると思ったのは、カナンだけだったのである。

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