第三章

26

「まったく。毎年この日は、授業にならんな」


 めずらしくケネスは愚痴ぐちる。

 黒板の日付「5月9日(火)」を見やり、板書ばんしょをやめた。


 ケネスは教室に向きなおる。

 だらけた空気が蔓延まんえんし、背筋が伸びている生徒はかぞえるほどしかいない。


「魔術大会の翌日とはいえ、まだ火の曜日サラマンダーだぞ」


 最前列のロイは、チャンスとばかりに黒板を書き写す。

 全身が筋肉痛で、デスクペンすら思い通りに動かせない。

 普段より崩れた文字は、あとで解読かいどくが必要だ。


「授業はここまで。あとは来週の『週休しゅうやすみ』について、注意事項を話す」


 とたんに元気になる生徒たちに、ケネスはしぶい顔をする。

 黒板消しで左半分を消し、箇条書きで記していく。


・週休み 5/15~5/21

・カフェテリア 休業

・寮門限 変更なし

・外泊届 必須


「おおよそ二ヶ月に一度の割合で、週休みが設定されている。寮に残る者は、カフェテリア休業のため、自炊じすいしろ」


 ケネスはチョークで、コンコンと黒板をたたく。


「一泊でも、かならず外泊届がいはくとどけを提出しろ。忘れた者は、休み明けにAクラスに降格こうかくだ」


 ケネスはあごをあげ、尊大そんだいに教室をみわたす。


「ハメを外しすぎるな。以上」


 授業終わりのかねがなる。

 ロイはデスクペンを離し、かたまった手をにぎってほぐす。

 右にすわるルークは、おおきく伸びをした。


「やっとおわったー。今日は午後休みで、たすかったね」

「ああ。手が死ぬところだった」


 つんつん、とロイの背中をつつく指があった。

 ふりかえると、うしろの席のオニールが、たのしそうに笑う。


「カフェテリア、はやくいきましょう」

「おなかぺこぺこです」


 となりのアンジェリカは、ふんわりとほほえむ。

 ロイはうなずいて立ちあがる。


 午後休みの今日、魔術大会の慰労会いろうかいとして、四人でカフェテリアに行く約束をした。自分へのご褒美として、ロイも楽しみにしていた。なんたって、初カフェテリア。足を踏みいれたことはあるが、料理を食べるのは初めてだ。

 

『――1年Sクラス、ロイ・ファーニエ。院長室いんちょうしつまで来てください。くりかえします――』 


 校内連絡が、教室にながれた。魔息マイクという術具じゅつぐに向かってはなすと、校内のかべに設置された受信具じゅしんぐから、声がながれるというしくみだ。


 オニールはパッと顔をかがやかせた。


「きっとW優勝ダブルゆうしょうへの賛辞さんじよ」

「七年ぶりの快挙かいきょですから」

「院長直々に褒めてくださるのか。よかったな、ロイ」


 三人のことばに、ロイは未来がひらけた気がした。

 W優勝――チーム優勝と、個人優勝を達成するのは、稀有けうなこと。

 その功績がみとめられ、二学期以降の特待生の継続けいぞくが、はやめに決定されたとしても、おかしくはない。

 きっと、そうにちがいない。

 でなければ、わざわざ院長室に呼びはしないだろう。


「ロイ。俺がカバンを持っているから、行ってきなよ」


 ルークは手をさしだす。

 ロイはうきうきと、ショルダーバッグをわたす。


「じゃあ、たのむわ。いってくる」


 笑顔の三人に手をふって、ロイは院長室へとむかった。






「もういちど、おっしゃっていただけますか」


 院長室で、ロイは棒立ちになる。

 マギーはちいさくためいきをついた。


「ですから、二学期以降の寮費りょうひが、支払われていない、と言っています」


 ロイは混乱する。

 寮費は支払うから安心しろ、と父親が言っていた。

 新事業しんじぎょうが軌道に乗ってきたから、三年間一括払いだと、毎晩ウィスキー片手に豪語ごうごしていたにもかかわらず。


「親に手紙を書きます。返事が来るまで、おまちいただけますか」

「その必要はありません。すでにこちらから連絡し、返事もいただいております」


 マギーは一通の手紙を、ロイにさしだす。

 おそるおそる受け取ったロイは、生唾なまつばをのみこみ目を通す。




――マギー院長様


 詐欺さぎにあい、支払期日までに、金が準備できそうにありません。

 愚息には、自分でなんとかするように伝えてください。


 ディエゴ・ファーニエ――




「――クソ親父!!」


 ロイはひざから崩れおちる。


「おかしいと思ったんだよ商才ゼロの親父がめずらしく新事業を成功させたとか天変地異てんぺんちいのまえぶれかって鉄板ネタになるくらいだったのになぜ信じた俺!?」


 ふかふかのしろい絨毯じゅうたんにむかって、心情を吐露とろする。


「人間は、信じたい情報しか、信じない生き物です」


 マギー院長の的確てきかくな助言に、ロイはのろのろとたちあがる。


「ちなみに……俺の記憶が正しければ、200万Ðドールを9/30まで、のこり200万Ðを1/31までに支払わなければ、退学なんですけど」

「そのとおりです。さすが特待生ですね」

「そこでめられるのか!」


 ロイは天をあおぐ。

 うえをむいていないと、涙がこぼれそうだ。

 両手で顔をおおい、深呼吸をくりかえす。

 だいじょうぶ。あと四ヶ月ある。月50万Ðずつ稼ぐには――。


「月625時間バイトすればいいのか! 625時間って何時間でしたっけ!?」


 マギーに問えば、深いためいきがかえってきた。


「計算能力が高いのはけっこうですが、もうすこし現実的に考えてはどうですか」

「現実を直視ちょくししたら、いまここで発狂しますが、よろしいですか」

「寮の自室でおねがいします。ああ、それと」

「……まだ、なにか」

「チーム優勝と個人優勝、おめでとうございます」


 聞きたかった言葉のはずが、うれしさのかけらも感じない。められて、素直によろこぶことすらできない非常事態に、ロイはがくぜんとする。

 それでもなんとかお礼のことばをしぼりだし、ロイはふらふらと院長室をあとにした。

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