37

 ネージュの好意に甘え、ロイたちは港まで転移した。


「ロイはどこに泊まっているの?」

「坂の上の旅館。カガミヤって名の」

「なんだ。俺たち、ずっと近くにいたんだね」


 ルークたちもカガミヤに泊まっていたことが判明はんめいした。


 慰労会いろうかいは、ロイの部屋。

 中居はこころよく、四人の食事を運んでくれた。


 ふろあがりに、浴衣ゆかたで集合する。

 ロイは藍色あいいろ、ルークは黒。

 ふたりして着替えに手間取てまどっていたら、中居が見かねて着付きつけてくれた。


 あらわれたオニールとアンジェリカは、目をうばわれるほど華やかだ。

 桃色の浴衣のアンジェリカと、群青ぐんじょうの浴衣のオニール。結いあげた髪には、うつくしい飾り。かわいいのに、つやっぽい。おふろあがりのいい香りがして、ロイはまともにそちらを見られない。


「ふたりとも、すごく似合にあってる。とてもきれいだ。ねえ、ロイ」

「あ、あ、ああ」


 ちらりとオニールを見やり、目が合って、あわててそらす。

 温泉の効能こうのうが尾をひいているのか、なぜだかとても暑かった。


「とりあえず、乾杯かんぱいしよう!」


 こういうとき、空気を読まないルークがいてくれて助かった。

 全員でグラスをもったところで、ルークはロイの肩をたたく。


「ではリーダー。ひとことお願いします」

「俺!?」

「ほかに誰がいるの?」


 前言撤回。空気を読んだうえで無視するルークは、たちがわるい。

 そんなことを思いながら、ロイはくちをひらく。


「まずは、魔術大会まじゅつたいかいおつかれさま。いろいろなことがあったけど、四人でちからを合わせて、ぶじに優勝をつかむことができた。このチームは最高だ。優勝を祝して、かんぱい!」

『かんぱい!』 


 笑顔でグラスを合わせる。

 あいさつを終えると、へんな緊張は消えて、ロイはふつうにオニールの方を見れるようになった。

 

 慰労会としょうしてはじまったが、ふだんと変わらず、いろいろなことを話す。それがとても楽しくて、ロイはたくさん笑った。


 夕方からはじまり、日付が変わるころ。

 慰労会は、ようやくおひらきとなる。


 ロイの部屋に、なぜかルークが泊まっていくことになった。

 あかりをおとした部屋は暗いが、だんだんと目は慣れてくる。


「ロイはいつ帰るの?」

「週末はバイトだから、明日の10時の船で帰るよ。ネージュさんにも、そう伝えたし」

「そっか」


 いつもより静かな、ルークの声。

 天井てんじょうをみつめ、ロイはつぶやく。


「あのさ、ルーク。俺……めいわくばかり、かけてるよな」

「そうだね。すっごく迷惑めいわく

「え!?」


 ロイはおどろきルークを見る。

 ルークは天井をみながら、不機嫌ふきげんにつづける。


「何でなにも言ってくれないの。ロイの中の俺ってどうなってるの? 友達に相談されたら、いやな顔して逃げたうえに距離をおく感じ? 勝手に狭量きょうりょうなやつだって決めつけられるのは、すっごく迷惑!」


 ぽかんとするロイに、ルークはちらりと目をむける。


「俺は、相談そうだんしてほしかった。ロイはそういうの苦手だって知ってるから、強制はしないけど。俺に頼りがいが無いのがわるいんだし」

「そんなことない! ルークはめちゃくちゃ頼りになる。魔術大会、ルークがリーダーになったら、俺ぜんぶ任せようって思ってたし」

「なんだよ、それ」


 ルークはわらう。

 ロイはもういちど天井をみあげ、言葉をはきだす。


「俺さ、ぜんぜん完璧かんぺきな人間じゃないんだ」

「うん」

「もちろん完璧な人間なんていないのはわかってる。でもそれにしたって、俺はほど遠い」


 特待生の称号を、入学式の日に剥奪はくだつされかける人間など、学院はじまって以来だろう。


「へんな意地いじとかあるし、理想どうりにできなくて、イライラするし」


 金がない。親に頼れない。自分で何とかするつもりが、最終馬車にも乗り遅れる始末。


「決めたつもりが何度も迷って、結局なにがしたいのか、わからなくなる」


 クラスメイトと遊ぶひまがあったら、努力しないと卒業できない。

 だから必要最低限の交流しかしない。

 それなのに、大切な仲間ができた。

 いま遊びたいのか、将来のために我慢するのか。

 そのときの気分に左右され、自分を甘やかしてばかりだ。


「見えなくなって立ち止まって、ダメなことばっかりやって。そんな自分が、ほんとうにきらいだ」


 どうしてもっとうまくできない。なぜ後悔から学べない。時間をムダにするばかりで、ちっとも効率的じゃない。

 こんな人間、嫌われて当然だ。だけど――。

 

「おまえらに幻滅げんめつされたくないんだ。身勝手で、ごめん」


 弱音とともにためいきをはく。

 そっか、とルークはおだやかに言った。


「ロイが完璧かんぺきじゃないから、俺たちを必要とするなら、俺は完璧じゃないロイのほうがいいな」


 ロイはわらう。

 またたけばしずくがこぼれ、部屋が暗いことに感謝した。


「……ありがとう、ルーク」







 翌朝。

 カガミヤのエントランスで、ロイは見送ってくれた三人に手をふる。

 港に行くと、しらないおじさんとケンカするクロエを、ネージュが必死に止めていた。


 帰りの船内で、クロエはずっと彩色さいしょくしていた。

 寝食をわすれて没頭ぼっとうする姿に、ロイは心配になり、クロエのくちにクッキーやレモン水をおしこんで、そのつど怒られることをくりかえす。


 そして到着した王都。

 たった五日なのに、ロイはひどく久しぶりな気がした。

 クロエのアパートにつくと、彼はすたすたと部屋にはいって、すぐさまキャンバスに向きあう。


「まって、クロエ。お金!」

 

 クロエは至極しごくめんどくさそうな顔をして、両手に黒い炎を生み出す。

 燃やされる、と身構えたロイを無視して窓をあけはなち、空に炎を打ちあげた。

 

「お呼びですか、クロエさまー!!」


 バンッと音がしてとびらがあいた。

 ストライプのスーツをきた男性が、ゼロ距離でクロエにまとわりつく。


「あなたのシヤンが参上しました! ああクロエさま今日も存在自体がすばらしい」

「――ちかい!」


 クロエは容赦ようしゃなくこぶしをたたきこむ。

 シヤンの銀縁ぎんぶちメガネがふっとんだ。

 ロイはあわてて割り入る。


「暴力はだめだよ、クロエ」

「おきづかいなく! 我々の業界ではご褒美ほうびでございます!」


 鼻血を出しながら、シヤンは顔をかがやかせる。

 クロエは汚物を見る目をシヤンにむけ、ロイをゆびさす。


「こいつに、金」

「ハッ。では、この小切手に金額とサインを」


 クロエはサラサラとペンを走らせる。

 シヤンはうなずき、ロイにほほえむ。


「では、一緒に銀行にまいりましょう」


 鼻血をふき、背筋せすじを伸ばしたシヤンは、とても仕事ができそうにみえた。

 シヤンにつれられ部屋を出る直前、ロイはふりかえる。


 おおきなまどぎわのキャンバスで、クロエは無心で筆を走らせる。

 ロイは目をすがめる。

 ゆるぎなく、ただひたすらにえがきつづけるクロエを、ロイは尊敬している。


 聞こえないことを承知しょうちで、ロイは声を張る。


「ありがとう、クロエ! またクッキー、作りにくるね!」


 返事はない。ロイはシヤンと外に出る。

 深緑のとびらが閉まる瞬間。


「……好きにすれば」


 ロイはふりかえる。

 とびらは閉まり、クロエの姿はもう見えない。それでもロイはつぶやく。


「そうする」


 こみあげる感情にまかせ、ロイはわらう。

 階段でまつシヤンの方へと、かるい足取りで駆けていった。

 





 週休み明けの、昼休み。

 マギーは院長室で、まった書類に目をとおす。

 ノックの音に誰何すいかすると、呼び出した生徒であり、入室をうながす。


 ここ最近ですっかり見慣れた男子生徒は、特待生とくたいせい、ロイ・ファーニエ。

 マギーは書類をおき、デスクで手をくむ。


「あなた名義めいぎで、400万Ðの振込を確認しました」

「ありがとうございます。話は以上ですか?」

「ええ。ごくろうさま」


 ロイは貴族きぞくの礼をとり、とびらへむかう。

 その背を、マギーは呼びとめた。


「これは単なる個人的な興味ですが、この短期間でどうやって?」


 ロイはふりむき、目をほそめる。


「ああ、それは――ちょっと船にのりまして」


 それだけ言い残し、とびらはしまった。

 静寂がもどる部屋で、マギーはつぶやく。


「ツナ漁船かしら……」


 あの生徒ならば、何をやっても不思議ではない。そう結論づけ、マギーはまた書類仕事に戻った。






 院長室を出ると、なぜか廊下にいつもの三人いた。

 ロイはあきれて問う。


「なにやってんだよ」


 ルークはにこにことほほえむ。


「だって、気になるじゃない。俺たちには、知る権利があるとおもうな」


 ロイは三人の顔をみわたし、まして貴族の礼をとる。


「おかげさまで、今年度の寮費はすべて納入できました。ご協力、感謝いたします」


 わっと三人がよってきて、肩やら腕やらたたかれる。

 そのねぎらいがくすぐったくて、ロイは首をすくめてわらう。

 

「今日こそ、一緒にカフェテリアに行きましょう」

慰労会いろうかいは、やっただろ?」

「それとこれとはべつよ。休み明けに行くって、約束したじゃない」


 オニールは唇をとがらせる。

 ロイはうっと胸をおさえ、白旗をあげる。

 

「わかった。いこう」


 歓声をあげる三人と、カフェテリアにむかってあるく。

 まえをいくオニールとアンジェリカは、肩をよせあいくすくすわらう。

 となりのルークを見て、ロイはふとおもいたつ。


「そうだ、ルーク。今夜、シンドラの手合わせをたのむ」

「のぞむところだ」


 ルークはいたずらめいた瞳で、たのしそうにわらった。


 あかるいひざしに誘われ、ロイは窓を見やる。

 とおくゆるやかな丘陵地きゅうりょうち。どこまでもつづく緑の庭園は、あいかわらずうつくしい。

 いまここに居られるのは、たくさんのひとが助けてくれたおかげだ。


 エクレアやタルト、バルザック。 

 ローズマリーにオレガノ、マルシェの皆。

 セーラム、クロエ。

 ルーク、アンジェリカ、そしてオニール。 


 無力なロイに、笑顔をくれた。

 親身になってくれた。

 手をさしのべてくれた。

 一緒に戦ってくれた。

 ロイがまえをむけたのは、いつだって彼らのおかげだ。


 皆がくれた、あふれんばかりのあたたかい想い。

 それにふさわしい人間になると、こころにちかう。

 人生を賭けて、めざすもの。

 その果てしなき道のり。

 あまりのまぶしさに、ロイは目をすがめてわらう。


「ああ、荷が重いな」


 まえを行く三人がふりかえる。

 あかるい光のなかで、手をふってロイを呼ぶ。

 ロイは笑顔でこたえる。

 強い決意を胸にいだき、光にむかって駆けだした。

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特待生には、荷が重い! 黒いたち @kuro_itati

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