37
ネージュの好意に甘え、ロイたちは港まで転移した。
「ロイはどこに泊まっているの?」
「坂の上の旅館。カガミヤって名の」
「なんだ。俺たち、ずっと近くにいたんだね」
ルークたちもカガミヤに泊まっていたことが
中居はこころよく、四人の食事を運んでくれた。
ふろあがりに、
ロイは
ふたりして着替えに
あらわれたオニールとアンジェリカは、目をうばわれるほど華やかだ。
桃色の浴衣のアンジェリカと、
「ふたりとも、すごく
「あ、あ、ああ」
ちらりとオニールを見やり、目が合って、あわててそらす。
温泉の
「とりあえず、
こういうとき、空気を読まないルークがいてくれて助かった。
全員でグラスをもったところで、ルークはロイの肩をたたく。
「ではリーダー。ひとことお願いします」
「俺!?」
「ほかに誰がいるの?」
前言撤回。空気を読んだうえで無視するルークは、たちがわるい。
そんなことを思いながら、ロイはくちをひらく。
「まずは、
『かんぱい!』
笑顔でグラスを合わせる。
あいさつを終えると、へんな緊張は消えて、ロイはふつうにオニールの方を見れるようになった。
慰労会と
夕方からはじまり、日付が変わるころ。
慰労会は、ようやくおひらきとなる。
ロイの部屋に、なぜかルークが泊まっていくことになった。
「ロイはいつ帰るの?」
「週末はバイトだから、明日の10時の船で帰るよ。ネージュさんにも、そう伝えたし」
「そっか」
いつもより静かな、ルークの声。
「あのさ、ルーク。俺……めいわくばかり、かけてるよな」
「そうだね。すっごく
「え!?」
ロイはおどろきルークを見る。
ルークは天井をみながら、
「何でなにも言ってくれないの。ロイの中の俺ってどうなってるの? 友達に相談されたら、いやな顔して逃げたうえに距離をおく感じ? 勝手に
ぽかんとするロイに、ルークはちらりと目をむける。
「俺は、
「そんなことない! ルークはめちゃくちゃ頼りになる。魔術大会、ルークがリーダーになったら、俺ぜんぶ任せようって思ってたし」
「なんだよ、それ」
ルークはわらう。
ロイはもういちど天井をみあげ、言葉をはきだす。
「俺さ、ぜんぜん
「うん」
「もちろん完璧な人間なんていないのはわかってる。でもそれにしたって、俺はほど遠い」
特待生の称号を、入学式の日に
「へんな
金がない。親に頼れない。自分で何とかするつもりが、最終馬車にも乗り遅れる始末。
「決めたつもりが何度も迷って、結局なにがしたいのか、わからなくなる」
クラスメイトと遊ぶひまがあったら、努力しないと卒業できない。
だから必要最低限の交流しかしない。
それなのに、大切な仲間ができた。
いま遊びたいのか、将来のために我慢するのか。
そのときの気分に左右され、自分を甘やかしてばかりだ。
「見えなくなって立ち止まって、ダメなことばっかりやって。そんな自分が、ほんとうに
どうしてもっとうまくできない。なぜ後悔から学べない。時間をムダにするばかりで、ちっとも効率的じゃない。
こんな人間、嫌われて当然だ。だけど――。
「おまえらに
弱音とともにためいきをはく。
そっか、とルークはおだやかに言った。
「ロイが
ロイはわらう。
またたけば
「……ありがとう、ルーク」
翌朝。
カガミヤのエントランスで、ロイは見送ってくれた三人に手をふる。
港に行くと、しらないおじさんとケンカするクロエを、ネージュが必死に止めていた。
帰りの船内で、クロエはずっと
寝食をわすれて
そして到着した王都。
たった五日なのに、ロイはひどく久しぶりな気がした。
クロエのアパートにつくと、彼はすたすたと部屋にはいって、すぐさまキャンバスに向きあう。
「まって、クロエ。お金!」
クロエは
燃やされる、と身構えたロイを無視して窓をあけはなち、空に炎を打ちあげた。
「お呼びですか、クロエさまー!!」
バンッと音がしてとびらがあいた。
ストライプのスーツをきた男性が、ゼロ距離でクロエにまとわりつく。
「あなたのシヤンが参上しました! ああクロエさま今日も存在自体がすばらしい」
「――ちかい!」
クロエは
シヤンの
ロイはあわてて割り入る。
「暴力はだめだよ、クロエ」
「おきづかいなく! 我々の業界ではご
鼻血を出しながら、シヤンは顔をかがやかせる。
クロエは汚物を見る目をシヤンにむけ、ロイをゆびさす。
「こいつに、金」
「ハッ。では、この小切手に金額とサインを」
クロエはサラサラとペンを走らせる。
シヤンはうなずき、ロイにほほえむ。
「では、一緒に銀行にまいりましょう」
鼻血をふき、
シヤンにつれられ部屋を出る直前、ロイはふりかえる。
おおきなまどぎわのキャンバスで、クロエは無心で筆を走らせる。
ロイは目をすがめる。
ゆるぎなく、ただひたすらに
聞こえないことを
「ありがとう、クロエ! またクッキー、作りにくるね!」
返事はない。ロイはシヤンと外に出る。
深緑のとびらが閉まる瞬間。
「……好きにすれば」
ロイはふりかえる。
とびらは閉まり、クロエの姿はもう見えない。それでもロイはつぶやく。
「そうする」
こみあげる感情にまかせ、ロイはわらう。
階段でまつシヤンの方へと、かるい足取りで駆けていった。
週休み明けの、昼休み。
マギーは院長室で、
ノックの音に
ここ最近ですっかり見慣れた男子生徒は、
マギーは書類をおき、デスクで手をくむ。
「あなた
「ありがとうございます。話は以上ですか?」
「ええ。ごくろうさま」
ロイは
その背を、マギーは呼びとめた。
「これは単なる個人的な興味ですが、この短期間でどうやって?」
ロイはふりむき、目をほそめる。
「ああ、それは――ちょっと船にのりまして」
それだけ言い残し、とびらはしまった。
静寂がもどる部屋で、マギーはつぶやく。
「ツナ漁船かしら……」
あの生徒ならば、何をやっても不思議ではない。そう結論づけ、マギーはまた書類仕事に戻った。
院長室を出ると、なぜか廊下にいつもの三人いた。
ロイはあきれて問う。
「なにやってんだよ」
ルークはにこにことほほえむ。
「だって、気になるじゃない。俺たちには、知る権利があるとおもうな」
ロイは三人の顔をみわたし、
「おかげさまで、今年度の寮費はすべて納入できました。ご協力、感謝いたします」
わっと三人がよってきて、肩やら腕やらたたかれる。
そのねぎらいがくすぐったくて、ロイは首をすくめてわらう。
「今日こそ、一緒にカフェテリアに行きましょう」
「
「それとこれとはべつよ。休み明けに行くって、約束したじゃない」
オニールは唇をとがらせる。
ロイはうっと胸をおさえ、白旗をあげる。
「わかった。いこう」
歓声をあげる三人と、カフェテリアにむかってあるく。
まえをいくオニールとアンジェリカは、肩をよせあいくすくすわらう。
となりのルークを見て、ロイはふとおもいたつ。
「そうだ、ルーク。今夜、シンドラの手合わせをたのむ」
「のぞむところだ」
ルークはいたずらめいた瞳で、たのしそうにわらった。
あかるいひざしに誘われ、ロイは窓を見やる。
とおくゆるやかな
いまここに居られるのは、たくさんのひとが助けてくれたおかげだ。
エクレアやタルト、バルザック。
ローズマリーにオレガノ、マルシェの皆。
セーラム、クロエ。
ルーク、アンジェリカ、そしてオニール。
無力なロイに、笑顔をくれた。
親身になってくれた。
手をさしのべてくれた。
一緒に戦ってくれた。
ロイがまえをむけたのは、いつだって彼らのおかげだ。
皆がくれた、あふれんばかりのあたたかい想い。
それにふさわしい人間になると、こころに
人生を賭けて、めざすもの。
その果てしなき道のり。
あまりのまぶしさに、ロイは目をすがめてわらう。
「ああ、荷が重いな」
まえを行く三人がふりかえる。
あかるい光のなかで、手をふってロイを呼ぶ。
ロイは笑顔で
強い決意を胸に
特待生には、荷が重い! 黒いたち @kuro_itati
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