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 さかのぼること七日前。

 5月10日水の曜日ウィンディーネの放課後、三人はカフェテリアでった。

 人がいない壁際かべぎわの席で、話す題材といえば「ロイのようすがあきらかにおかしい」。


 最初に口をひらいたのはルークだ。


「顔の傷は、お兄さんにやられたらしい」


 アンジェリカは手をくちにあてる。


「お兄様に!? そんなことが……」


 オニールは小首をかしげた。


「でも、変ね。そういう気性きしょうのお兄さんを、なぜわざわざたずねたのかしら」


 ルークはノートをとりだした。


昨晩さくばんのロイの発言をまとめたものだ」

「ブイヤベース作戦ですね」


 深刻な顔で、ルークはうなずく 


「満腹になったロイのIQは、心配になるレベルだった。誘導尋問ゆうどうじんもんのまえに自爆じばくしていくから、笑いをこらえるのに必死だったよ」

「……見たかったわ。アホなロイ」

「今回の件が片付けば、機会きかいはいくらでもあると思う」

「そうですよ、オニール。だからまずは、ロイくんの悩みの種をぶっつぶしましょう」


 さんにんでうなずき、ルークのノートに目をおとす。


『週休み ヤマト諸島 クサナギ工房 顔料をとりにいく 兄のおつかい』


 アンジェリカは挙手きょしゅする。


「ただのロイくんの予定に見えます」

「だよね。俺もぶっちゃけ眠かったから、単語だけ書いて力尽きた」

「はじめての料理の反動はんどうですか」

「うん。料理はするものじゃなくて、食べるものだと再認識さいにんしきしたよ」


 そういって、ルークはページをめくる。


「ここからは、俺が独自どくじに聞き込みをした情報だ」


 ノートの文字に、オニールはまゆをひそめた。


「『ツナ漁船』? 買うのかしら」

「いいや。厩務員きゅうむいんのはなしだと、かせげるバイトがないか聞かれたので、こう答えたらしい」

「この『臓器ぞうき』というのは何ですか?」


 ルークは顔をくもらせる。


「臓器を売るのも、やぶさかではない。そういう態度だったと」


 アンジェリカはちいさく悲鳴をあげる。

 オニールはあおい顔で、それでも気丈きじょうにふるまう。


「ロイが臓器を売るなら、買うのは私よ」

「オニール……! そこまでロイくんのことを」

「か、勘違いしないでよね。ロイが売るから買うわけで、率先そっせんして手に入れたいとか思ってるわけじゃないから!」


 ルークは片手をあげる。


「わかったことを、まとめよう。まずロイは、急に大金が必要になった。理由は、俺たちに話せない」

「それなんだけど、これを見て」


 オニールは学院案内書がくいんあんないしょをとりだす。

 いくつもフセンがつき、読みこんだあとがみえる。


「院長室に呼ばれたあとから、おかしかったでしょ。カフェテリアに行く約束をキャンセルするぐらいだもの。どれだけ重大な問題が起きたのかと、手掛てがかりを探さずにはいられなかったの。よほどの理由がないとキャンセルしないわよね、私たちとカフェテリアに行く約束」

「オニール、前日から楽しみにしていましたもんね」

「そして見つけたの。特待生は、寮費りょうひは免除にならないという事実を!」


 オニールは、とあるページを示す。

 赤ラインを引いた行には――「寮費 600万Ð」。


 ルークはけわしい顔で、あごを手にあてる。


学則がくそくでは『生徒間での金銭の貸し借りは禁止』……休日に友人として貸すのは?」

「だめよ。彼はそういうほどこしは受け入れないタイプよ」

「ロイくんが『金に汚いブタ野郎やろう』だったら、話は早かったんですけどね……あ、すみません。先日のお兄様の愚痴ぐちが」


 ルークは天をあおぐ。

 

「どちらにしろ、想像のいきを出ない。へたな聞き方をして、心を閉ざされてもこまる」

「もうすこし、情報がほしいわね」

「ロイくん、放課後はずっと忙しそうですし」


 さんにんで首をひねる。

 あ、とルークが声をあげた。


「なんか俺、急にヤマト諸島に旅行したくなった。週休みに行こうかな~」

「ルークくんもですか? じつは私も、行きたいなぁって思っていたところなんです」

「あら奇遇きぐうね。私もちょうどヤマト諸島にしようかしらって思っていたの」


 にやりとわらいあう。

 満場一致まんじょういっちで、会議はぶじに終了した。




「――と、いうわけだ」

「売らないからな、臓器!」


 ロイはオニールに、きっちり否定ひていする。


「わ、わかっているわよ。べつに、取り出すまえに購入すれば、その部位ぶいが私のものになるとか、ぜんぜん考えてないから!」


 プイッと横をむき、オニールはクロエをひきずる。


「ちゃんと歩きなさいよ」


 クロエは無言でひきずられている。

 どうやらオニールのなかにアリアが見えるらしく、まったく目を合わせないが無駄な抵抗はしていない。


 ルークはロイと歩調をあわせて、のんびり問う。


「俺たちの予想は合ってた?」


 ロイはフッとわらう。

 ここまできて話さないのは、ロイのプライドが許さない。


「大正解。親父が詐欺にあって、寮費が払えない。金もってるクロエに頼んだら、セレスティア・ブルーと交換だと言われて、取りに来た。だからもう、ほとんど解決してる」

「そっか。じゃ、さっさと受け取って、慰労会やろう」


 ルークがゆびさす先には、丸太を組んだログハウス。

 かかげた看板には「クサナギ工房」と書かれていた。

 



 ログハウスのとなりに、かまがならんだ場所がある。

 そこで作業をしていた職人が、こちらに気づいて駆けてきた。


「クロエじゃないか! おどろいたよ、よくここまで来たね!」


 青年は明るい笑顔で、とびつくようにクロエを抱きしめる。

 支えきれずに倒れかかるクロエを、腕でひきよせ、もとの位置に立たせる。

 クロエは青年の胸を、手のひらで押しかえした。


「――ふざけるな、ネージュ! おまえがこんなところに引っ越すから!」

「しかたないだろ。クロエに最高の顔料を渡すためだ」

「どこがだ! セレスティア・ブルーはきていない!」

「だから、かたい岩盤がんばんにあたって掘り進めないって手紙に書いたろ? 土魔術をつかえる坑員こういんが見つかって、原料のパライバトルマリンが手に入れば、すぐにでも製造するよ」


 クロエはギッとロイをにらむ。

 ロイはバッと挙手した。


「俺がつかえます。案内してください」

「君が? でも、坑道こうどうは危険だよ」

「わかっています。それでも俺は、セレスティア・ブルーを手に入れるためにここまで来ました。あなたもクロエの知り合いならば、彼の気性はご存じですよね」


 ネージュは苦笑する。


「そうだね。じゃあ君に頼むよ。名前は?」

「ロイ。クロエの弟です」

「どうりで。ひかないところがクロエにそっくりだ」


 ネージュの言葉に、ロイとクロエはそろって顔をしかめた。

 



 坑道こうどうの入口で、ロイは三人をふりむかえる。 


「おまえらは、ここで待っていろ」

「いまさらそれは無いんじゃない? 俺たちの魔術が役にたつのは、さっきのクマで証明済みだ」

「そうよ! もし坑道にクマがいたらどうするの? 一緒のほうが安全よ」

「私の光魔術で、あたりを照らすこともできます。いちはやく危険を察知さっちするには、必要だと思いませんか?」

「だめだ! おまえらを危険にあわせたくない」

「それは俺たちも同じだ。だから俺はロイの気持ちもわかるし、ロイも俺の気持ちがわかるはずだ」

「あなたがダメっていっても、私たちはついていくわ」

「そうですよ! 人数が多いほど、生存率があがるのは、戦場の常識です」


 ロイはこぶしをにぎりしめる。

 その肩を、ネージュはたたいた。


「ロイくん。皆で行こっか」

「だって、危険なんだろ?」


 ネージュは明るくわらう。


「ぜんぜん。入ってすぐ右のところ。君を試したんだ、ごめんね」 

「なんだよ、それ!」

「いくらクロエの弟とはいえ、初対面の相手に、希少な宝石が出る場所は教えられない。でもいまのやりとりをみて、君を信用することにする。――いい友達をもったね」

「まあ……いいやつらではある」


 つぶやくと、うしろから歓声がきこえた。


「ロイがデレた!」

「顔があかいわ」

「貴重ですね」

「これは暑いからだ! ネージュさん、早く掘りましょう」


 ネージュは笑って坑道にはいり、すぐ右手の赤い岩壁をたたく。


「これをくだいてほしい」

「はい」


 ロイは広範囲魔術こうはんいまじゅつを構築する。指定範囲していはんいは赤い場所。色がついているから、やりやすい。 


「術式展開!」


 ドンッと壁が砕けた。

 大小さまざまな岩となり、地面に落ちて重低音をひびかせる。

 砂煙がおさまり、ロイは目をみひらく。

 あふれる碧い光。

 そこにはパライバトルマリンの原石が、一面に埋まっていた。


 

 

 


「おまたせ、クロエ」


 ネージュがもつビンには「天上てんじょうあお」。

 晴天をとじこめた碧は、聖なる美しさを秘めている。

 うけとるクロエは頬を上気させ、恍惚こうこつとためいきをつく。


「……セレスティア・ブルー」

規格外きかくがいの顔料が山ほどあるよ。そちらで試し描きしていきなよ」

「する」

「ついでに新作のイエローも。使った感想きかせて。改良して、来月の便で送るから」


 うなずくが早いか、クロエはさっさとクサナギ工房にはいる。

 ネージュはわらってロイをみた。


「そういうわけで、一晩クロエを借りるよ。工房に泊めて、港まで送るね」

「そんな。ご迷惑をおかけするわけには」

「だいじょうぶ。じつはこの工房、港直通の転移魔術陣てんいまじゅつじんがあるから。よかったら、きみたちも使っていきなよ」

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