36
さかのぼること七日前。
5月10日
人がいない
最初に口をひらいたのはルークだ。
「顔の傷は、お兄さんにやられたらしい」
アンジェリカは手をくちにあてる。
「お兄様に!? そんなことが……」
オニールは小首をかしげた。
「でも、変ね。そういう
ルークはノートをとりだした。
「
「ブイヤベース作戦ですね」
深刻な顔で、ルークはうなずく
「満腹になったロイのIQは、心配になるレベルだった。
「……見たかったわ。アホなロイ」
「今回の件が片付けば、
「そうですよ、オニール。だからまずは、ロイくんの悩みの種をぶっつぶしましょう」
さんにんでうなずき、ルークのノートに目をおとす。
『週休み ヤマト諸島 クサナギ工房 顔料をとりにいく 兄のおつかい』
アンジェリカは
「ただのロイくんの予定に見えます」
「だよね。俺もぶっちゃけ眠かったから、単語だけ書いて力尽きた」
「はじめての料理の
「うん。料理はするものじゃなくて、食べるものだと
そういって、ルークはページをめくる。
「ここからは、俺が
ノートの文字に、オニールは
「『ツナ漁船』? 買うのかしら」
「いいや。
「この『
ルークは顔をくもらせる。
「臓器を売るのも、やぶさかではない。そういう態度だったと」
アンジェリカはちいさく悲鳴をあげる。
オニールは
「ロイが臓器を売るなら、買うのは私よ」
「オニール……! そこまでロイくんのことを」
「か、勘違いしないでよね。ロイが売るから買うわけで、
ルークは片手をあげる。
「わかったことを、まとめよう。まずロイは、急に大金が必要になった。理由は、俺たちに話せない」
「それなんだけど、これを見て」
オニールは
いくつもフセンがつき、読みこんだ
「院長室に呼ばれた
「オニール、前日から楽しみにしていましたもんね」
「そして見つけたの。特待生は、
オニールは、とあるページを示す。
赤ラインを引いた行には――「寮費 600万Ð」。
ルークはけわしい顔で、あごを手にあてる。
「
「だめよ。彼はそういう
「ロイくんが『金に汚いブタ
ルークは天をあおぐ。
「どちらにしろ、想像の
「もうすこし、情報がほしいわね」
「ロイくん、放課後はずっと忙しそうですし」
さんにんで首をひねる。
あ、とルークが声をあげた。
「なんか俺、急にヤマト諸島に旅行したくなった。週休みに行こうかな~」
「ルークくんもですか? じつは私も、行きたいなぁって思っていたところなんです」
「あら
にやりとわらいあう。
「――と、いうわけだ」
「売らないからな、臓器!」
ロイはオニールに、きっちり
「わ、わかっているわよ。べつに、取り出すまえに購入すれば、その
プイッと横をむき、オニールはクロエをひきずる。
「ちゃんと歩きなさいよ」
クロエは無言でひきずられている。
どうやらオニールのなかにアリアが見えるらしく、まったく目を合わせないが無駄な抵抗はしていない。
ルークはロイと歩調をあわせて、のんびり問う。
「俺たちの予想は合ってた?」
ロイはフッとわらう。
ここまできて話さないのは、ロイのプライドが許さない。
「大正解。親父が詐欺にあって、寮費が払えない。金もってるクロエに頼んだら、セレスティア・ブルーと交換だと言われて、取りに来た。だからもう、ほとんど解決してる」
「そっか。じゃ、さっさと受け取って、慰労会やろう」
ルークがゆびさす先には、丸太を組んだログハウス。
かかげた看板には「クサナギ工房」と書かれていた。
ログハウスのとなりに、
そこで作業をしていた職人が、こちらに気づいて駆けてきた。
「クロエじゃないか! おどろいたよ、よくここまで来たね!」
青年は明るい笑顔で、とびつくようにクロエを抱きしめる。
支えきれずに倒れかかるクロエを、腕でひきよせ、もとの位置に立たせる。
クロエは青年の胸を、手のひらで押しかえした。
「――ふざけるな、ネージュ! おまえがこんなところに引っ越すから!」
「しかたないだろ。クロエに最高の顔料を渡すためだ」
「どこがだ! セレスティア・ブルーはきていない!」
「だから、かたい
クロエはギッとロイをにらむ。
ロイはバッと挙手した。
「俺がつかえます。案内してください」
「君が? でも、
「わかっています。それでも俺は、セレスティア・ブルーを手に入れるためにここまで来ました。あなたもクロエの知り合いならば、彼の気性はご存じですよね」
ネージュは苦笑する。
「そうだね。じゃあ君に頼むよ。名前は?」
「ロイ。クロエの弟です」
「どうりで。ひかないところがクロエにそっくりだ」
ネージュの言葉に、ロイとクロエはそろって顔をしかめた。
「おまえらは、ここで待っていろ」
「いまさらそれは無いんじゃない? 俺たちの魔術が役にたつのは、さっきのクマで証明済みだ」
「そうよ! もし坑道にクマがいたらどうするの? 一緒のほうが安全よ」
「私の光魔術で、あたりを照らすこともできます。いちはやく危険を
「だめだ! おまえらを危険にあわせたくない」
「それは俺たちも同じだ。だから俺はロイの気持ちもわかるし、ロイも俺の気持ちがわかるはずだ」
「あなたがダメっていっても、私たちはついていくわ」
「そうですよ! 人数が多いほど、生存率があがるのは、戦場の常識です」
ロイはこぶしをにぎりしめる。
その肩を、ネージュはたたいた。
「ロイくん。皆で行こっか」
「だって、危険なんだろ?」
ネージュは明るくわらう。
「ぜんぜん。入ってすぐ右のところ。君を試したんだ、ごめんね」
「なんだよ、それ!」
「いくらクロエの弟とはいえ、初対面の相手に、希少な宝石が出る場所は教えられない。でもいまのやりとりをみて、君を信用することにする。――いい友達をもったね」
「まあ……いいやつらではある」
つぶやくと、うしろから歓声がきこえた。
「ロイがデレた!」
「顔があかいわ」
「貴重ですね」
「これは暑いからだ! ネージュさん、早く掘りましょう」
ネージュは笑って坑道にはいり、すぐ右手の赤い岩壁をたたく。
「これを
「はい」
ロイは
「術式展開!」
ドンッと壁が砕けた。
大小さまざまな岩となり、地面に落ちて重低音をひびかせる。
砂煙がおさまり、ロイは目をみひらく。
あふれる碧い光。
そこにはパライバトルマリンの原石が、一面に埋まっていた。
「おまたせ、クロエ」
ネージュがもつビンには「
晴天をとじこめた碧は、聖なる美しさを秘めている。
うけとるクロエは頬を上気させ、
「……セレスティア・ブルー」
「
「する」
「ついでに新作のイエローも。使った感想きかせて。改良して、来月の便で送るから」
うなずくが早いか、クロエはさっさとクサナギ工房にはいる。
ネージュはわらってロイをみた。
「そういうわけで、一晩クロエを借りるよ。工房に泊めて、港まで送るね」
「そんな。ご迷惑をおかけするわけには」
「だいじょうぶ。じつはこの工房、港直通の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます