35
カガミヤの受付に、外出することをつたえ、部屋の
エントランスには、昨日荷物をもってくれた男性がいたので、ロイは
「晴れてよかったですね。いってらっしゃい」
見送ってくれる男性のことばに、ロイは空をみあげて首をかしげる。
太陽は雲にかくれ、どうみてもくもりだ。
金色のソフトクリームは、めだつ
値段は1,000
「クロエ、これ本物の金なんだって」
ソフトクリーム全体に、ぺったりと金が貼られている。
薄さは一万分の一ミリ。ぜんぜんピンとこない。
「ふうん。味しない」
「……たしかに」
一万分の一ミリで、味がする方がおどろきか。
そう思いながら、ロイはソフトクリームを食べる。
「めちゃくちゃ濃厚なミルク味!」
となりのクロエは無言で食べている。きちんとした格好のクロエは、
クロエはソフトクリームがついた唇をなめる。とおりすがりの女性が、顔を赤らめた。
よくわからないが、好意的に見られる分にはよしとしよう。
ロイはそう結論づけ、ソフトクリームをおいしくたいらげていく。別の女性が、ロイをみてクスクスわらってとおりすぎた。なぜ。
クサナギ工房があるカガ
「クサナギ
「おりる」
「この速度でのとびおりは、本当に死ぬから!」
ロイはクロエの
「クロエ、レモンクッキーたべる!?」
「……レモン水」
「はい!」
ロイは黄色の
クロエはおとなしく座席にもどり、レモン水を
クロエはけっして、絶世の美青年ではない。ただすこし、
そんなことをつらつらと考えているあいだに、馬車はカガ鉱山についた。
カガ鉱山は、港町とはちがう活気があった。
山の
店先をのぞけば、鉱山でとれた原石が、ひとかごいくら、でならんでいる。
こどもでも買える価格帯から、ウソみたいな値段まで、ピンキリだ。
周囲の観光客は、おなじ方向へぞろぞろすすむ。
ここでは
クロエにオレンジピール入りのチョコクッキーをわたして、ロイはルークにもらった地図をひろげる。
クサナギ工房は、登山道をのぼりきった場所にある。
なやむロイのまえを、ひとりの青年がとおりすぎる。
カランコロン、とカウベルの音がした。
ロイはとっさに彼をよびとめる。
「すみません! その荷物、どうやって
なにせ青年は、みあげるほど高い荷物を背負っている。
ちかづいてみると、L字の
いきなりのロイの問いかけにも、青年はおだやかにほほえみ、足をとめた。
「これは
「ぼっか?」
「こうやって、荷物を山小屋に運ぶひと。俺はクサナギ工房専属の歩荷だよ」
「そうなんですね。クサナギ工房までは、どのくらいかかりますか?」
「徒歩で二時間。きみたちも登るなら、クマに気をつけてね」
「はい。お仕事中に、ありがとうございました」
ロイのお礼に、青年はおだやかにうなずく。カランコロンとカウベルをひびかせ、しっかりとした足取りで、登山道に入っていった。
「あんな兄ちゃんがほしかった……」
「ロイ、レモン水!」
「はい、よろこんで!」
ロイはサッと黄色い水筒をさしだす。クロエにはクロエのいいところがある。400万Ð貸してくれるとか、絵がうまいとか、そのほかはちょっと思いつかないが、なにかあるだろう、たぶん。
早々にあきらめたロイは、「木工房アリス」の看板をさす。
「ねえ、クロエ。あそこの店に寄っていい?」
「なんで」
「クロエの乗り物になるためかな……」
つぶやくが、クロエはまったく聞いていない。
しゃがんで虫をつかまえ、ひっくりかえして遊んでいる。
「クロエ、スケッチブックとえんぴつ」
「ん」
クロエが描きだした
クロエが虫に飽きるまえに、なんとしてでも戻ってくると、かたい決意を胸に抱きながら。
ロイは
「ゆれるから、ぜんぜん描けない!」
「クロエ……じぶんで……歩いたほうが……ゆれない」
「いやだ」
「だよね……」
L字の
さいしょは、クロエの言動を見張っていなくていいことに、とても気が楽だった。彼もおとなしくスケッチしており、順調にすすんだ。
あるきはじめて30分。
ずきずきと肩は痛みはじめ、腰にきて、足にきた。
トレッキングポールにすがりながら、ロイはずりあしで登山道をたどる。
軽いとはいえ、クロエはりっぱな成人男性。15才のロイが背負って登るという
「ちょっと……きゅうけい……」
ロイはついに足をとめる。
クロエはぴょんと背負子から降りた。めずらしくロイを気遣ってくれたのかと思いきや。
「
すたすたと
「まって、クロエ! セレスティア・ブルーまで、あとすこしだよ!」
クロエの服をひっぱると、彼は不機嫌な顔でふりかえる。
「どこが? この山、きらい」
「地元のひとが聞いたら、気をわるくするよ」
ためいきまじりになだめるロイは、がさりと茂みの音を聞く。
クロエにシーッとジェスチャーでつたえ、ロイは笑顔をつくってふりむく。
「こんにちは! 絶好の
あらわれたのは黒い毛皮。
クマだ。
身の毛がよだつ
目が合う。黒い瞳。
空気が凍る。息ができない。
全身に緊張がはしる。本能の
逃げ出したい。刺激したくない。絶望するほど、距離はちかい。
――クマに出会ったときは、おだやかに
故郷につたわる
ふるえる足が、あとずさる。
クマが歯をむきだし、
「うわあ!!」
ロイはとびのく。とっさにふりぬくトレッキングポールは、あっけなくふきとぶ。
「にげろ、クロエ!」
大声を出さないレベルはとっくにこえた。
逃げるか、やるか、やられるか。
ロイは驚異の集中力で魔術を構築する。
クマは声を出すロイをねらう。
駆ける巨体が
「術式展開!!」
一秒にも満たない思考。影からクマがとびだす。正面だ。ロイにとびかかるように、
ロイはとっさに地面をへこませる。クマはバランスをくずした。
成功に喜ぶ一瞬、とびのくのが遅れた。
クマの爪がロイの
あ、と思ったときには、からだはふきとんでいた。
地面にもんどりうって止まる。
「――あああ!!」
切り裂かれた皮膚から、血がふきだす。
右腕をかかえて丸まる。たえきれずに地面をころがる。悲鳴がもれる。涙がこぼれる。痛みはどんどん強くなり、ロイは視界が白くなる。
歯をくいしばり目を走らせる。クマがみえない。逃げたのか。
クロエはどこだ。なにをしている。
ロイは視界をさまよわせる。
かるい音がした。シャカシャカとせわしない、紙ズレの音。
切りっぱなしのどす黒い朱髪をみつける。
血濡れの
「クロ……エ」
彼は狂気なる瞳で、スケッチブックにむかっている。
ロイの呼吸は荒くなる。涙があふれる。どうして背中から、獣の息遣いが聞こえる。
ガタガタと震えだす体。地面にころがったまま、ゆっくりと首を背後にむける。
「た……すけて」
消え入りそうな声。クロエには届かない。届くはずがない。無力なロイを
「だれかたすけて!!」
「――術式展開!!」
聴力をうばう風は、枝をへしおり吹きとばす。
クマの顔面に矢がふりそそぐ。あばれるクマは、前脚で顔をこする。
「――ロイ!!」
おおいかぶさってくる影。それはロイを守るように、だきしめる。
「目をつぶって!」
澄んだ少女の声。
まぶたごしに感じる
「術式展開!!」
ロイはまた風を肌で感じた。
この声は誰だ。ルークに似ているが、ふだんの彼からは想像できないほど荒々しい。
「――逃げたぞ! ロイは!?」
「ケガがひどいわ!」
「
右腕をのばされ、激痛にロイはあばれる。
「腕を! 俺はからだを押さえる!」
「わかったわ!」
ロイはゆらぐ瞳をこじあける。
きらっきらの銀髪が、ロイの顔をのぞきこむ。
「ル……ク」
「ロイ、わかるか! アンジェリカが、治癒魔術をかけてくれるからな」
「アン、ジェ……」
金糸の髪が視界にうつる。アンジェリカは構築をしながら、こくこくとうなずく。
そしてロイの顔を、黒髪がなでる。
「もうだいじょうぶよ、ロイ」
「オニー、ル」
名をよぶと、
「――ふざけるな!!」
ロイの顔すれすれに、スケッチブックがたたきつけられる。
視線をあげれば
「
オニールはスッと息をすいこんだ。
「――は?」
その低音。一文字にこめられた威力。関係のないロイの肩までゆれた。
なにせそっくりだ――アリアに。もしやオニールも
クロエはスンと表情を消すと、サッと大木の影にかくれる。
それをするどくにらむオニールの横顔は、やはりアリアによく似ていた。
アンジェリカの
「ほんとうにありがとう」
「ひっつけただけなので、無理しないでくださいね」
にこにことほほえむアンジェリカに、ルークは感心する。
「技術はもちろんだが、あれだけの傷をまえに、よく
「お兄様がよく
えへへ、とアンジェリカがわらう。
ロイはオニールと顔を見合わせ、そしてハッと気づく。
「そういえば、なぜおまえらがここに居るんだ?」
三人はまたたき、視線を交わし合って、にやりとわらう。
「なぜって、ねぇ」
「ええ」
「そうですよ」
オニールは、ロイのおでこをツンとつつく。
「魔術大会の
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