34
たくさんのひとが行き交う大通りは、ゆるい坂道になっている。
道の両側には店がひしめきあい、客をよびこむ
ロイは目をかがやかせ、となりでしゃがみこむクロエに声をかける。
「すごいね、クロエ! 街のつくりが全然ちがう」
「……まだ
「俺の肩につかまって。
ロイは右肩をクロエのわきに入れ、かかえるように立たせる。
左手も使えればいいが、あいにくキャリーケースで埋まっている。
ゆっくりとしか歩けないので、ロイは観光しながらすすむ。
王都との一番のちがいは、建物だ。
木造の建物はどれも低く、
魔術灯とはちがう灯りが、店先にたくさんぶらさがっている。
店のまえを、三人の女性がとおる。
見たことのない、華やかな服装をしている。全員がちがう色柄で、一枚の布を上手に着ている。みぞおちに巻かれた
結いあげた髪には、うつくしい
「かわいい……」
たぶん、この国の
ロイは、図書館でみた旅行本を思いうかべる。
たしかこの衣装の名前は――
ふと見た先、
「ねえ! はやく行こう!」
ハッとロイは
イライラしたクロエに、彼は人混みが大の苦手であることを思い出す。
こんなひとの多い場所で暴れられたら大変だ。
ロイはクロエをささえながら、できるかぎりのスピードで坂道をのぼった。
坂の上の旅館「カガミヤ」は、創業150年を越える
大荷物で坂をのぼるロイをみて、従業員が手を貸してくれた。
歴史あるたたずまいは、手入れがゆきとどいており、見惚れるほどにうつくしい。
やわらかい笑顔の従業員は、ロイのような
クロエ以外の荷物をたのみ、
おちついた
この客室案内係は「
クツを脱いであがる部屋は、干し草のかおりがした。
中居はクロエの船酔いを
ロイのお礼に、ていねいなお
荷物をおき、クロエを
二部屋つづきの客室はひろい。
さっそく部屋の探検をするロイは、木と紙でできたとびら「
「クロエ、バルコニーにお風呂があるよ!」
おおきなガラスドアに手をつき、ながめる。
クロエのため、バスルーム付きの部屋を頼んだら、「
ふかく考えずに了承したが、おもむきのある石造りのバルコニーは、学院のお風呂と
ロイはガラスドアをあけ、さっそくバルコニーに出てみる。
風呂から湧き出た湯は、ゆかにひろがり排水される。
足のうらがあたたかい。船ではクロエを見張っていたから、ロイはシャワーも浴びていない。
夕食まで時間があるので、ロイは露天風呂に入ることにした。
クロエに声をかけようとしたが、布団につっぷしていたのでやめた。
男同士だからいいだろう、とロイはその場で服をぬぎ、石造りの風呂につかる。
「あったか~」
すこし熱めの湯がきもちいい。
旅の疲れがとれていくようだ。
バルコニーはオーシャンビュー。頬に涼しい潮風をうけ、水平線をぼんやりながめる。
からだがあったまってきたので、ロイは腰をあげる。
バチリ、とクロエと目が合った。
クロエはムッとした表情で、えんぴつでロイを
「うごくな。
「――えっ!? いま、
「いちにち一時間と約束した!」
「してな……ああ……」
ロイは手をひたいにあてる。
クロエとクサナギ
「クロエ。岩にすわって、足だけ温泉につけてもいい?」
「そこじゃなく、あっちの岩ならゆるす」
「えーと……それは、クロエの方を向けっていってる?」
「はやくしろ!」
「はい!」
ロイは涙をのんで言うとおりにする。
クロエは真剣にロイを見つめる。その瞳に、からかう色は
きっとクロエにとって、ロイは風景の一部となんら変わりない。だから恥ずかしいとおもう方がまちがっていて――。
「――お食事の準備ができました」
「ああ」
「なんで返事するの、クロエ!?」
「うるさい、うごくな」
ロイが止めるまえに、中居が食事をもって入室してきた。
「あらあら、おほほほほ」
中居はほほえみ、食事をならべ、もういちどちらりとロイを見てから退室した。
部屋のとびらがしまり、耐えきれずにロイは両手で顔をかくす。
「ばっちり見られた……きつい……」
ロイは死んだ目でたちあがる。
「もうむり。ごはんたべる。モデルはそのあと」
「うごくなっていってるだろ! おまえの服、燃やすぞ!」
「――やってみなよ。その服くれたの、アリアだぞ」
クロエのうごきがぴたりと止まる。
アリアはクロエの双子の姉。口が
クロエは無言で手をはなし、スケッチブックに向きなおる。
どことなく
「なにこれ、うまそう!!」
めのまえのお
たくさんの小皿は、どれも意向を
「魚のあたま、デカッ! あっ、ちゃんとお品書きがある」
ざらりとした手触りの紙は、
そこに書かれた文字は、羽ペンやデスクペンとちがって太い。
ロイはざっと目をとおす。食べたことのない料理ばかりだ。
カラトリーは、
ロイはフォークを手にとり、ひとくちサイズの切り身を「
「クロエ、このさかな最高だよ! 食べないの?」
「いらない」
クロエはガラスドアを開けはなち、海にしずむ夕日をスケッチしている。
今じゃないとできないことだ。
食に興味がないクロエだが、腹が減ったらくるだろう。そう思い、ロイは料理に向きなおる。
食べているあいだも、中居が追加で料理をもっていきた。
ノドグロの塩焼き、炊きたての白ごはん、みそ汁にデザート。食べきれないほどの料理に、ロイはにこにことフォークをのばす。
「これ、おいしい!」
カガ郷土料理の「ジブ煮」は、とろりとしたタレがかかる、カモ肉の料理だ。
モチモチとしたあざやかな「
「あー、
そんなことをおもいながら、ロイは郷土料理に舌鼓をうった。
カガミヤには二泊するので、おおきな荷物は置いていく。
ロイはショルダーバッグに荷物をつめる。おやつと
そして、注文書の控え。
クロエのアパートで、書類の山から無事に
銀行の
ついでに棚整理をしていたら30万Ðをみつけ、クロエの
ふだんのロイならぜったいにやらないが、4,000万Ðの衝撃がおおきすぎて、金銭感覚がマヒしていたのが
カガミヤは高級旅館なだけあって、料理はおいしいし、寝具の寝心地はすばらしい。熟睡できた、ふかふかの
「クロエ、あさごはん食べないの? 『
「……たべる」
もそもそ起き出したクロエは、脱げかけた浴衣。
昨夜、ロイは寝る前に、タオルと下着と浴衣を、わかりやすい場所においておいた。クロエは深夜に入浴したらしく、ちゃんとそれを着ている。
浴衣からのぞくガリガリの
クロエは木のスプーンで、湯豆腐をすくう。
ぱくりと口にし、じろりとロイをにらむ――うそつきめ。
ロイは苦笑し、つぎの
「じゃあこの『
「まずかったら殺す」
「ええ……俺の生死を、ここの料理長にゆだねるの?」
せめて今夜の料理を食べてから死にたい、となまじ本気におもっていたら、クロエは茶碗蒸しをぱくぱくと食べている。どうやらお気に召したらしい。
クロエが食事をしているあいだに、彼の服を準備する。
どれも見るからにいい生地で、オーダーメイドに間違いない。
どういう組み合わせでも、おかしくならないのが、ありがたい。
気に入らなければ言うだろう、とロイはてきとうに
食事を終えたクロエがもどってきた。
遠目には、まったく減っていないが、気にしないことにする。
「じゃあクロエ、今日はクサナギ工房に――」
「寝る」
いうがはやいか、クロエは布団をかぶる。
「まって、クロエ。あの――」
「ぁあ!?」
クロエはすでにキレている。
ロイは高速で、旅行本の内容を思い出す。なにか、なにかクロエの気を引けそうなものは――。
「金色のソフトクリーム、食べにいかない!?」
「……いく」
用意した服に着替えだすクロエに、ロイはこっそりため息をつく。
「永遠の五歳児」のおもりは、まだまだつづきそうだ。
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