13
シャルルはうすぐらい廊下を進む。
夜の
光量を落とされた
指定された音楽室のとびらをあけると、
机には、ちいさな魔術灯。ぼんやりとあたりを照らしている。
「――
「ロイはまだ帰っていません。十中八九、門限には間にあわないでしょう」
「念のため、八時を過ぎるまで見張っていろ」
えらそうに、とシャルルは胸中で毒づく。
それをきれいな笑顔でかくし、シャルルはうなずく。
「わかっています。ところで」
「何だ」
「あの薬は、ほんとうに足がつきませんか。僕、心配で」
すこし苦みがあると聞いていたから、苦いジュースに混ぜて飲ませた。
あれだけ苦労して、証拠が残るなら、目も当てられない。
「あれは私が使用している
魔術灯がゆれる。
ケネスの醜悪な笑みが、
「ええ……そうですね、
シャルルは貴族の礼をとる。
頭をさげ、いまいましい男の顔を視界から排除した。
シャルルはイライラと
男子寮がちかづき、廊下の光量が増していく。
ボロボロの爪先がはっきりと見え、シャルルはためいきをついて黒い手袋を両手にはめる。
八時を過ぎたら、もう
なにくわぬ顔でロイの部屋をおとずれ、ロイがいないと騒ぐのだ。
「……ばかみたい」
シャルルは出入口にむかう。
わざわざ見張らなくてもと思うが、ケネスにバレたら
懐中時計をとりだす。
時刻は7時56分。
4分も無意味な時間を過ごすのか、と
「……セーフ」
「ロイ!? ……だよね?」
べちゃり、と重そうな音がした。
「どうして……そのかっこうは」
「……こんど話す。フロに入って寝たい」
シャルルはとっさに道をあける。
「ああ、そうだ」
ロイがふりむき、シャルルはびくりと
「シャルルはちゃんと帰れたみたいで、よかった」
ロイの姿が
明日、ケネスになんといえばいい。
そのわずらわしさに、シャルルは手袋の上から爪を
ロイは日の出とともに起きだし、私服に
入学祝に姉が仕立ててくれた、白いシャツは動きやすい。
黒いベストに黒いズボン。
音をたてないように窓から抜けでる。まったく貴族らしくないが、効率を重視した結果だから、しかたがない。
昨夜とちがい、すっきりと晴れた空は青い。
小鳥の声をききながら、ロイは
すでに作業をしている厩務員にあいさつし、まっすぐ左奥の馬房をめざす。
おとついまで
ロイにきづいて耳を立て、鼻を鳴らして歓迎する。
「おはよう、シブレット!」
「早いな、ロイ」
となりの
「バルザック! 昨夜はありがとう」
「門限には間に合ったようだな」
「おかげさまで」
昨夜、
はじめてみる建物に、シブレットは警戒して入らない。
なだめて
シブレットもロイも泥だらけになり、あきらめかけたそのとき、物音を聞きつけたバルザックが、駆けつけてくれた。
あとはまかせろと手綱をつかむバルザックに、シブレットを
シブレットのうつくしい
「バルザック。シブレットを洗ってくれて、ありがとう」
「泥だらけじゃ
「
「ついでだ」
「なにか手伝わせて! 俺にできることはある?」
「リビの馬房掃除をたのむ。あいつは人の好き嫌いがはげしい」
ロイは笑顔で
みっつとなりの馬房に行くと、栗毛の馬が
「リビ様。お掃除にまいりました」
ロイは貴族の礼をとり、顔をあげる。
リビがバキリと板をむしり、ペッと吐きだす。
「バルザック! リビ様が壁をこわした!」
「お~。てきとうに直しといてくれ」
「ええ……」
困惑するロイのまえで、またリビが壁を歯ではがした。
ケネスは身を起こした。
職員寮のベッドは固い。だから眠りが浅くなる。
いまいましげに
あわてて頭に手をやり、いつもどおりの髪の毛の感触に、ちいさく息をはきだす。
分厚いカーテンをあければ、腹が立つほど晴れている。
Sクラスの担当官になったばかりに、休日も職務に追われている。
いっそ雷雨になれ、と呪いかけ、ケネスは思い直す。
「そうだ……あいつはもうすぐいなくなる」
特待生、ロイ・ファーニエ。
あの貧乏男爵家が学費を払えるはずがない。長くてあと一ヶ月。いや、すぐにでも山に逃げ帰るかもしれない。
いくぶん気分が上向き、水差しからグラスに
ならば晴天もよかろう、と窓からのぞけば、厩舎から一頭の馬がはきだされた。
乗騎するのは、紅茶色の髪の男子――。
「野猿が!」
ガシャン、とグラスが落ちる。
床をにらみ、再度窓に目をやったときには、すでに馬影は見えぬほど遠い。
ケネスはドスドスと床をふみならし、クローゼットのとびらをあける。
そこに
カチリと音がした。
ケネスはにやりと笑んで、金庫から一冊の本を取り出す。
これは
厳しすぎると封印した、容赦なき選択。
本革の
「この
ケネスはすぐさまイスに座る。
血走った目で本をひらき、精読に没頭していった。
シブレットは軽快な
昨夜は景色をたのしむ余裕はなかったが、王都までは牧歌的な風景がつづく。
学院の広大な敷地を越え、畑がひろがる道を走ること十五分。ようやく王都の
王都の道はひろい。荷馬車や辻馬車、人が行き来しても問題はない。
へたに
ロイが声を上げるより早く、シブレットは嬉しそうにいななき走る。とっさに手綱を引きしぼり、歩法を調整する。シブレットはロイに従い、おとなしくローズマリーのまえで停止した。
ローズマリーの笑い声をききながら、ロイは下馬する。
「すこし見ないうちに、いい子になったわね、シブレット」
「シブレットはずっといい子ですよ。――昨日はありがとうございました」
ロイは深くあたまをさげる。
ローズマリーは、ポンとロイの肩をたたいた。
「裏手の厩舎まで行ってちょうだい。うちのひとが世話をしているところよ」
「わかりました」
ロイはシブレットを引いて厩舎に向かう。
いつ見ても、おとぎ話の小人の家のようだ。
そこからぬっと出てきたのは、昨夜シブレットを持ってきてくれた男性だ。
「おはようございます! シブレットのおかげで、門限に間にあいました。貸していただき、ありがとうございました」
ロイは直角に腰を折る。
シブレットは鼻を鳴らし、ロイの髪を食んだ。
「まてシブレット。髪は食べたら、からだに悪いぞ」
「馬は好きか」
ロイは顔をあげる。
馬が好きかだって? そんなもの決まっている。
「愛しています」
男性につめより、断言する。
「――ちょっと。私の夫、とらないでよ」
背後からの指摘に、ロイはあわてて男性と距離をとる。
ふりかえると、ローズマリーが笑いをこらえながら、壁によりかかっていた。
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