14

 ローズマリーの夫、オレガノは無口だ。

 最低限しか話さず、もくもくと馬具の調整をしている。 


「オレガノさん、こっちの掃除、おわりました」


 ロイが声をかけると、馬房ばぼうを確認し、うなずいてまた作業にもどる。

 オッケーをもらえたことにロイは笑って、また次の馬房にとりかかる。


 昨夜のお礼に、手伝わせてくれと頼みこんだ。

 助かるわ、と喜んだのはローズマリーで、彼女は宿屋の掃除にもどった。


 この厩舎きゅうしゃの敷料はワラ。

 ロイの故郷でもそうだったので、ウッドチップよりも手慣れたものだ。

 汚れたワラや馬糞ボロを、ピッチフォークですくい、一輪車にのせていく。

 となりの馬房のシブレットは、それをもうと首をのばす。


「おまえはこっち」


 あたらしいワラを入れてやれば、シブレットは歯をむきだしにして変顔をする。

 その首をたたいてやり、またロイは作業にもどる。


 厩舎には、馬の鼻息やひづめで掻く音、ワラの擦れる音がひびく。

 ほこりがきらきらと舞う通路を、ロイは一輪車を押してあるく。


 ワラ置き場で一輪車をひっくりかえし、ロイは額の汗をぬぐう。


 ローズマリーが、店の窓から顔をだした。


「ロイ! お昼だから、うちのひとを呼んできて。あなたも食べていきなさい」

「いいんですか!?」

「ええ。早く手を洗ってきてね」


 ロイはうきうきとオレガノに声をかける。

 うなずき、あるきだすオレガノに、ロイはついていく。

 店の裏口をくぐり、厨房をとおって、カウンターを横切り店内へとはいる。


「冷めないうちにどうぞ」


 ローズマリーがしめすテーブルを見て、ロイは歓喜する。


「オムライスだ!」

「おかわりもあるわよ」

「やった!」


 三人でテーブルにつき、手を合わせる。


「いただきます!」


 黄色いオムレツにスプーンをいれると、なかからとろりとあふれてきた。

 たちのぼる湯気はたまごのかおり。チキンライスにからめてほおばる。

 米に、トリの旨味うまみがしみこんでいる。黒コショウの刺激と、タマネギの甘味。

 ごろっとした鶏肉はジューシーで、バターのコクがたまらない。

 濃厚なたまごの風味に、ケチャップソースの酸味がほどよくまざる。


 つけあわせのサラダはカプレーゼ。

 トマトとモッツアレラチーズのスライスがかさなり、フレッシュバジルの緑がきわだつ。

 とろりとしたオリーブオイルごと口にはこぶ。

 冷えたトマトはさっぱりとして、モッツアレラチーズのモチモチとした食感と、ミルクの香りが鼻にぬける。


 口のなかがしあわせだ。

 あっというまに食べつくす。

 すぐにローズマリーがおかわりを持ってきてくれた。

 さきほどのばいの量に、ロイは目をかがやかせる。

 それもきれいに食べおえ、スープをのみほし、ロイは元気に合掌がっしょうする。


「ごちそうさまでした!」

「いい食べっぷり。作りがいがあるわ」

「だって、すっごくおいしかったから」

「あら、ありがと。でもね、料理はオレガノの方が上手よ」

「え!?」


 ロイはきらきらとした瞳でオレガノを見つめる。

 オレガノは居心地いごこちが悪そうに身じろぎをする。

 ローズマリーは声をあげて笑った。


「ねえ、ロイ。あなた、ここでバイトしない?」

「え?」

「ローズマリー」


 オレガノが制する。

 ローズマリーは、オレガノをねめつける。


「まえの人がやめてから、もう二か月よ。そろそろ私も限界だわ」

「しかし」

「ロイなら馬の世話もできるし、いいじゃない」

「……」


 オレガノはむっつりと腕を組む。

 その様子に、ロイはあわてて口をひらく。


「あの、とっても嬉しいお誘いなんですが」

「だめ?」

「だめ、というか」

「時給は800Ðだけど、昼と夜のまかないつきよ」

「本当ですか!? あ、いや、でも」


 ちらりとオレガノを見やる。

 彼の意思を無視して進めるのは、と困惑こんわくするロイに、オレガノが問う。


「希望勤務時間は?」

ノームソルの9時から5時までしか働けませんが、一から学ぶ気持ちを忘れずに、即戦力になれるようにがんばりたいと考えています」


 バイトをしまくっていたクセで、しっかり自己アピールをしてしまった。


 オレガノはゆっくりと首を縦にうごかす。

 ローズマリーを見ると、笑顔でうなずかれた。どうやら合格らしい。


「休日だけでも助かるわ! いつから入れる?」


 明日から、といいかけ、ロイは思い直す。


「25日に課題研究発表があるので、それが終わってからでもいいですか」

「もちろん」

「ありがとうございます! よろしくおねがいします!」


 馬とふれあいながら、ごはんまで出る職場。

 こんなしあわせな環境はない。

 ふたりに頭を下げながら、ロイは決意する。

 それまでにぜったい、労働ろうどうの許可を学院からもぎとってやる、と。






「来ちゃった」


 院長室のとびらのまえで、ロイは表情をひきしめる。

 両開きのとびらは深い飴色あめいろ、見事な細工がほどこされ、上品に艶めく。

 ゴンゴンゴン、といきおいのままノックをすると、中から応答おうとうがあった。


「失礼します!」


 室内にはいると、デスクにすわっていた人物が顔をあげる。

 アポなし訪問にもかかわらず、マギーは書類を置いて手をくむ。


「どうしました、ロイ・ファーニエ」

「いきなりすみません。労働の許可をいただきたく、訪問しました」

「労働? 学生の本分ほんぶんは勉強です」

「経済的にきびしく、食費をかせぐために働く必要があります」


 マギーは眉をひそめる。

 

「ご実家からの援助えんじょは?」

「ありません。手持ちは約9万Ð。故郷でバイトをして貯めた金です。ここのカフェテリアは一食2,500Ð。一日三食だと、一ヶ月でなくなりますね」


 つい、カフェテリアの高さを愚痴ぐちってしまった。


「しかしあなたは特待生。学業をおろそかにし、称号が剥奪はくだつされれば、学費を支払わなければならないのですよ」

「ええ、ですから、S評価をとれなかった時点で退学します。どのみち、金が尽きれば餓死がしなので」


 しれっとげれば、マギーの深いためいきが聞こえた。

 こちらは常にがけっぷち。生きるか死ぬかの戦いなのだ。


「わかりました。とくべつに許可しましょう」

「ありがとうございます!」

「ですが、門限の融通ゆうづうはききません。かならず午後八時までに帰寮するように」


 ロイはにっこりと笑い、マギーに貴族の礼をとる。


「それはもちろん――きもめいじております」

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