15

「――以上、ご清聴せいちょうありがとうございました」


 発表を終え、ロイは周囲の面々めんめんを見渡す。

 首をかしげる者、むずかしい顔で黙りこむもの、いぶかしげに見てくる者――反応はよくない。


 ひやり、と背筋せすじが冷えた。

 画用紙を持つ手がふるえる。

 

 わかりにくかったのか、説明が不十分ふじゅうぶんだったのか、しゃべりが下手だったのか、馬の絵をいたことがよくなかったのか――。


 そしてロイは直観ちょっかんする。

 あ、これS評価とれないやつ。

 

 最前線で手があがる。

 ロイは動揺をかくしきれないまま、手で示して発言をうながす。

 彼は立ちあがり、開口一番に言いはなつ。


「で? ロイは誰に向けてしゃべっとったんや?」


 ドッとLemaireルメールに活気がもどる。

 丸メガネの店主――ラぺは、自分の発言がウケたことに満足顔だ。


「それ思った~! これだけ調べてこんな改善方法みつけました~っていうのはわかったけど、あたしに関係ないし~」


 ジューススタンドの店員――ジェラートは、今日も露出度ろしゅつどの高い服で、ロイはあまりそちらを見られない。


「一方的に話すだけじゃなぁ!」


 丸鶏屋まるどりやの店主――コークスは、トリ足タトゥーが見えるように腕をくむ。


 わいわいとさわぐ面子めんつに、ロイはがっくりと肩をおとす。


「そんなにだめだった?」


 タルトはロイから渡されたノートに目を落とす。

 そこに書かれた評価基準ひょうかきじゅんに照らしあわせて、小首をかしげた。


「内容はよかったですよ。思考力、情報収集力、判断力はS相当。しかし聞き手への配慮はいりょが足りませんね」


 ロイはためいきをつく。


「発表なんて、はじめてだよ」

「ではなおさら、練習が出来てよかったですね」


 タルトの言葉に、ロイはうなずく。

 課題研究発表、本番四日前のデビルの曜日。

 ローズマリーから、Lemaireルメールで練習をしたらどうかと提案された。

 二つ返事で飛びついたが、正直こんなに緊張きんちょうするとは思わなかった。


 ロイはタルトのとなりにすわり、テーブルにつっぷす。


「この一週間、けっこうがんばったのに……」

「とはいえ、このままでは表現力はB判定です」


 ロイはうなって考える。

 表現力や聞き手への配慮――抽象的ちゅうしょうてきすぎてわからない。


 タルトは、ロイにグラスをさしだす。

 ありがたくうけとり、のどをうるおす。


「めちゃくちゃおいしい……」


 体にしみわたるフレッシュジュース。

 ロイの言葉に、ジェラートがふりかえる。


「でしょ? 疲れにく配合よ。ロイのことを考えて作ったんだから」

「……俺のため?」


 ロイはからだを起こす。


「やだ、なあに? あたしにれちゃった?」


 くすくす笑うジェラートに、ロイはあわてて手をふる。


「そうじゃなくて――ねぇ、ラぺ。いつも何を思って、野菜を売ってる?」

「せやなぁ。端正たんせいこめた野菜が、お客さんの元気になればええなって」

「じゃあコークスは?」

「食ったやつがしあわせになるトリを焼くのが、俺のしごとだ」

「ローズマリーさんは?」


 ローズマリーはとおくを見るように、目をほそめた。


「そうねぇ。お客様の笑顔のためかしら。ただ寝具しんぐを提供するだけじゃなく、どうせならくつろいでもらいたいじゃない」


 ロイはまたたく。皆の言葉をかみしめ、顔をあげる。


「相手の立場で考える……そうか」


 ロイは画用紙をならべ、つぎつぎとペンで修正していく。

 背後でのどんちゃん騒ぎを聞きながら、タルトに語彙ごいの確認をしていく。


 ラぺがさしだすニンジンをかじり、コークスがぶらさげてくる丸鶏にかぶりつき、ジェラートから口にバナナをつっこまれながら、ロイは手を動かす。

 

「……できた」

「おつかれさま。では、もう一度やりましょうか」

「い、いまから?」


 正直、もうへとへとだ。

 タルトはまたたき、テーブルに出ているロイの懐中時計に目をやる。


「5時22分」

「やらせていただきます!」


 指笛ゆびぶえがとび、拍手がなる。

 ロイは修正だらけの画用紙を手に、最後の練習発表にいどむ。


 聞き手は石ではない。おなじ人間だ。しかも部外者ではなく、参加者だ。

 相手の反応を見ながら、その時々でいちばん伝わる可能性かのうせいが高い方法を、選択しながらやっていく。

 熱がこもる。相手がおなじ熱を返してくれる。緊張しかなかった舞台が、たのしくてしょうがない。


「――以上です! ご清聴、ありがとうございました!」


 心から頭をさげる。

 割れんばかりの拍手が、ロイをつつんだ。

 

「よかったやん! おもしろかったわ」

「なかなかに、考えさせられたわよ」  

「あの短時間で、よく直したな」

「これで表現力も、文句なしのS評価です」


 ロイは頬を上気じょうきさせてわらう。

 

「皆のおかげだ。ほんとうにありがとう!」


 安堵で息をはくロイの耳に、ラぺの声がとどく。


「――でもなぁ」

「え?」


 ラぺはけわしい顔で、あごに手をあてる。

 ロイは冷水をかけられたよう、高揚こうようしていた気分が一気にひいていく。

 

「あれだよね」

「おう」


 ジェラートとコークスの顔も暗い。

 ロイは呼吸が浅くなる。

 すがるようにタルトをみると、彼は悲しそうにロイのかたに手をおき、画用紙をゆびさす。


「なぜ死にかけのブタを描いたんですか?」

「――馬!!」


 ロイのさけびがLemaireルメールにひびいた。






 ケネスは驚愕きょうがくした。

 今日のために読みこんだ自書じしょ、『教員のための研究指導 ~評価制度と算出方法の解説~』と照らしあわせてみても、まさかの事態をみとめざるをえない。

 そんなはずは、と躍起やっきになって指をわせるうちに、その発表は終わりをつげる。


「――ご清聴、ありがとうございました!」


 とどろくような拍手に、ケネスは歯をくいしばる。

 何事かとAクラスの担当官がのぞきにくる。その事態にケネスの意地が折れた。

 三十年を超える教師生活のなかで、私情で評価を曲げたことなど一度もない。

 国内最高峰こくないさいこうほうの教育機関、国立魔術学院・教育責任者のプライドとして、ケネスは厳正げんせいかつ公平に評価をくだす。






『ロイ・ファーニエ 課題研究発表 S評価』

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