第二章

16

 五月に入った。

 朝晩の寒さはやわらぎ、早朝採取そうちょうさいしゅがはかどる季節。

 しかし今日はあいにくの大雨で、魔術灯まじゅつとうがてらす教室も薄暗い。


 授業がはじまるかねが鳴り、同時にケネスは入室する。

 あいかわらず高級スーツを一分いちぶすきもなく着こなし、最前列のロイをみて眉間にシワを刻む。


「本日は、校内魔術大会こうないまじゅつたいかいのチーム分けをする」


 ケネスは『5/8』と板書ばんしょし、いで1から7までの数字を書く。


「一チームは四人。ひとり一枚くじを引き、自分の番号の下に、名前を書いていけ」


 ケネスは教卓に箱をおき、教室のはしで腕組みをする。


 ロイはたちあがり、教卓へむかう。そのまえを、シャルルが横切る。彼はこちらに目も向けない。

 王立図書館の居眠り事件から、シャルルはそっけない。

 乗合馬車のりあいばしゃで会うことも、教室で話すこともない。

 きっとロイにあきれたのだろう。もともと住む世界がちがうので、自然なかたちに戻っただけともいえるが。


 ロイのくじは「5」。

 黒板にむかうと、ちょうど5の場所にルークが名前を書いていた。

 

「はい」


 笑顔でチョークを渡される。

 となりに名前を書くと、ルークはふわりとほほえんだ。


「やった。ロイだ」

「魔術は下手へただぞ」

「俺も」


 肩をすくめて席にむかう途中、ギッ、といやな音がした。


 周囲はいっせいに黒板をみる。

 黒髪の少女が、折れたチョークをもって、固まっていた。


「どうした、オニール・ガルフコースト」

「いえ。もうしわけありません」

 

 ケネスの問いに、凛とした声音こわねをかえす。

 彼女は5の下に、自分の名前を書いた。

 席にもどる彼女を、なんとはなしにながめる。

 バチリと目があい、なぜかにらまれそっぽをむかれた。


 あれだ。血統主義けっとうしゅぎのお嬢様。

 はいはい男爵家で申し訳ありませんねーと黒板に目をもどすと、金糸の髪の少女がてとてと歩いて、ロイの下に名前を書いた。

 

――アンジェリカ・ブレイデン。


 筆頭公爵家ひっとうこうしゃくけのご令嬢だ、とおもいだすと、彼女とバチリと目があった。

 ロイが逸らすまえに、彼女はにこりとほほえむ。

 その笑顔は、どこかルークに似ている。

 友好的ゆうこうてきな彼女に会釈をすると、アンジェリカはまた笑ってうつくしいカーテシーを返した。


 ほう……と周囲からためいきがもれる。

 そしてロイに突きささる、いくつもの嫉妬しっとの視線。

 あまり自分からは話しかけないでおこう、と決めて、前途多難ぜんとたなんなチーム戦に、ロイはこっそりとためいきをついた。






「入学式の日、野鳥のくびを折ったでしょ」


 ロイはノートから顔を上げた。

 髪の長い少女が、不機嫌そうにロイを見下ろしている。

 雪のような肌に、闇夜をあつめた黒髪が、ほどけるように揺れている。


 放課後の教室は、人がまばらだ。

 復習をしていたロイは、一拍おいて思い当たる。

 あぁ、そんなこともあったな、と。

 

 面倒なにおいに、ロイは後頭部に手をやる。

 茶色のくせ毛は、今日もふわふわとおさまりが悪い。

 こんな日は特に、と窓に目をむける。


 朝からふりつづく雨は、夕方になっても止む気配がない。

 窓にあたっては飛び散り、ながい線を描いて落ちる。

 はりついた雫は、左右の水滴を飲みこみ、ゆっくりと垂れていく。

 雨音に耳を澄ませ、ロイは問う。


「だから?」

「あなたは信用に値しない」


 信用してくれと頼んだ覚えはない。

 名前もあやふやな彼女を見返すと、険をふくんだ紺碧こんぺきの瞳が、強くにらみ返してきた。


 雨音に混じり、遠雷えんらいがとどろく。

 春の嵐が、やってくる。

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