17

「作戦会議? 俺も入れてよ」


 ルークが笑顔で割り入ってくる。

 険悪な空気に気づかないはずはないのに、彼はにこにことロイのとなりにすわる。


「本番まであと七日なのか。初動が大切だよね。――アンジェリカもおいでよ!」


 ルークは手をあげ、金糸の少女を呼ぶ。

 

「ケネス教官が言ってたね。『魔術学の教科書にある概要がいようを、各自確認しておくように!』」


 下手なケネスのマネに、ちかよってきたアンジェリカがくすくす笑う。


「似てた?」


 アンジェリカは笑顔で、首を横にふる。


「ざんねん。で、何ページだっけ、ロイ」

「……76」

「さっすが! やっぱり心強いな」


 ルークはにこにこと教科書をまくる。


「――何のつもりですか」


 黒髪の少女は、固い声をだす。


「自己紹介がまだだったたね。俺はルーク。君は?」

「……オニール」

「座りなよ、オニール。チーム戦は、全員の協力が必要だ。俺はS評価――優勝をめざしているんだけど、オニールは?」

「私も……そうですけど」

「じゃあなおさら作戦のすりあわせが肝心かんじんだ。気が乗らないなら、聞いているだけでいいよ。気づいたことを言ってくれれば、俺はすごーく助かるけど」


 そういって、ルークはにこりと笑う。

 オニールはしぶしぶ、空いた席に腰かける。

 そのとなりに、アンジェリカがふわりと座る。

 オニールは一瞬ハッと顔をあげ、また顔をふせた。


 ルークは教科書をひらき、机のうえに置いた。


「76ページ……『あそんでみよう』」

「は?」

「だって書いてある。『チームで協力! ポイント奪取だっしゅのデスゲーム!』」


 四人で教科書をのぞきこむ。

 

 特製とくせいカウンターを腕につけ、ひとり5ポイントを持ってスタート。

 ・相手に魔術を当てれば1ポイント奪取。

 ・一度のみ、任意でポイントを譲渡可じょうとか

 ・ポイントゼロで、強制帰還きょうせいきかん

 ・終了時点で、総合ポイントの高いチームが優勝。


「カウンターは3ポイント以上は緑、2ポイントで黄色、1ポイントで赤に光る。つまり、赤は狙われるわけだ」

「ポイントゼロで、カウンターは敗北の白色に。一分以内に帰還の魔術陣まじゅつじんが発動……」


 ルークの言葉を、アンジェリカがひきつぐ。

 んだ声音も、真剣な横顔もうつくしい。

 芸術品のような彼女に感嘆していると、オニールはギッとロイをにらむ。


「女性をジロジロみないでよ、いやらしい!」

「べつにみとれてねーし!」

「アンジェリカ、この男には気をつけなさい」

「はいはい、男爵家だからな」

「あなた……! 私を侮辱ぶじょくする気!?」

「どっちがだよ!」


 ぎりぎりとにらみあい、同時にそっぽをむく。

 ロイはショルダーバックを持ち、席をたつ。


「ロイ」


 ルークのよびかけに、ロイはイライラとふりむく。


「作戦もなにもねーだろ。自分で自分を守る。それだけだ」


 言い捨て、教室をさる。

 ルークの引きとめる声がきこえたが、無視をした。






「ロイ、ぐうぜんだね!」


 風呂あがり、首にタオルをかけて廊下を歩いていたら、背後からガシリとうでをつかまれた。

 ふりむくと、今日一日で見慣れた銀髪。


「……なに?」

「俺のへやであそぼう!」


 ルークはにこにこと微笑みながら、ロイの腕を引っぱる――その力強さ。


「え、ちょ――」

「そうだねー! 楽しみだねー!」


 あっというまにへやに引きずりこまれる。

 抗議こうぎしようとしたロイは、室内の雰囲気に目をみはる。


 黒を基調とした部屋は大人っぽい。

 家具や調度品が、センスよく置かれている。

 シングルソファは高級感のあるブラックレザー。

 そばのカフェテーブルは白く、メリハリがついている。

 

「ほんとうに俺とおなじ部屋?」

「あたりまえじゃん。はい、これ」


 水色の箱をわたされ、反射的にうけとる。


「パティスリー・バンフィールドの、ワッフルケーキ。もらったんだけど、甘いもの苦手で。よかったら食べてくれない?」


 ロイの脳裏のうりに、王都で見たミント色の壁がよみがえる。

 ショーウィンドウに描かれたネコ、きらびやかにならぶスイーツ、金の台座のワッフルケーキは八個で8,000Ð――。


「いいのか!?」

「もちろん。そのかわり、一戦、手合わせねがいます」


 ルークはボードゲームをかかげる。

 既視感きしかんに首をかしげると、ルークは月の瞳を細めて笑う。


「ロイ、ぜったい得意でしょ」


 そのセリフで、以前シャルルに誘われたことを思いだす。

 

「わるい。『シンドラ』は知らない」

「知ってるじゃん」

「名前だけ」

「じゃ、やりながら覚えて。これがプレイヤーボードで」

「ええ……」

「こっちが装飾そうしょくタイルね」


 ルークはカフェテーブルに布袋をひっくりかえす。

 澄んだ音とともに、うつくしい色彩のタイルがでてきた。きれいな真四角ましかくの、手のひらサイズ。まるで光をとおさない宝石のよう、そのつややかさにロイは見惚みほれる。


「……きれいだな」

「でしょ? 全部で五色。赤・青・緑・黄・白だ」


 ふうん、といったロイに、ルークは笑って説明をつづける。

 ルークの教え方はわかりやすい。

 実際にプレイしながら、そのつど必要な情報を与えてくれる。

 

「ロイ……初戦にしては、すごいね」

「こてんぱんじゃねーか! おまえが初心者相手でも手加減てかげんしない性格ってことはわかったわ」

「え? 手加減いる?」

「いらん! もう一戦だ」


 ぎゃーぎゃーいいながら、ボードゲームにのめりこんでいく。

 こんな風に誰かと遊んだのは初めてだ。

 ぜったい得意だ、と言われたゲームが、得意になるかはわからないが、確かにハマりそうだ、とロイは思った。


 八時の鐘の音に、ロイは顔をあげる。


「もうそんな時間!?」

「熱中しちゃったね」

「悪い、帰る。となりだけど」

「うん、気をつけて。となりだけど」


 ほほえむルークに、ロイは水色の箱をかかげる。


「これ、ありがとな」

「こちらこそ。ああ、そうだ」


 ルークはシンドラを手早くまとめると、ロイがもつ箱のうえに置いた。

 ロイがくちをひらくまえに、ルークは月の瞳を細めて笑う。


「貸してあげる。俺に勝てるようになったら、返してね」

「……上等ッ!」


 頬をひきつらせたロイに、ルークはわらいだす。

 ロイは半分あきれながら、自室のカギをあける。

 とびらをくぐろうとしたとき、ルークがロイの名をよんだ。


「なに?」

「明日、オニールとはなしてよ。じゃ、おやすみ」


 パタン、とルークのとびらが閉まる。

 茫然ぼうぜんとするロイは、箱のうえのシンドラが落ちそうになり、あわてて自室にはいる。

 つくえにおき、息をはいて、ロイはしみじみとつぶやく。


「あいつ、ほんとうにイイ性格してるな」 






 次の日の放課後、ロイはオニールにちかづく。


「よお。ちょっとつらかせよ」

「は? いや」

「あっそ。じゃあな」


 相手が拒否きょひするならしかたない。

 約束は果たしたとばかりに背をむけると、ルークにがしりと両肩をつかまれた。


「なんでそんなケンカ腰なの」

「あっちだろ」

「まあまあまあまあ」


 強い力でひきずられ、オニールの向かいに座らされる。

 オニールはツンと顔をそむけ、イスから立ちあがる。

 アンジェリカがとてとてと歩いてきて、オニールに腕をからめて微笑んだ。


「一回だけ。ね?」

「……アンジェリカがそういうなら」


 しぶしぶ着席するオニール。

 ロイは天井を見やり、息をはいた。


「で? 作戦会議をすりゃいいの?」

「あのね、ロイ。ふたりのあいだには誤解があると思うんだ。だから、まず相手を知ることからはじめよう」

「相手を知る?」


 ルークはうなずき、オニールに向き直る。


「ねえ、オニール。どうしてそんなにロイを嫌うの?」

「信用にあたいしないから」

「それだと、俺も当てはまるよね。ロイと同じ日数しか、過ごしてないんだから。……なにかあった?」


 ルークの問いに、オニールは言いよどむ。

 ロイはおおきなため息をつき、なげやりに言いはなつ。


「トリだろ。エリマキバト」

「トリ?」

「俺がお嬢様の目につく場所で、トリのくびを折ったのが気に喰わないんだとさ」

「――あなたね! 悪気はないわけ!?」

「ないね」


 ルークは苦笑する。


「よくわからないんだけど……ロイはなぜトリのくびを折ったの?」

「食べるためだ。踊り食いの趣味はない」

「食べる、ですって!?」

「俺の故郷ではふつうだ」

「なんて野蛮やばんな……!」


 故郷をバカにされ、ロイはムッとする。


「じゃああんたは肉も魚も食べないのか? カフェテリアの『真鯛とツブガイのソテー』や『エビとホタテのクネル』、『仔牛のロースト ソーストリュフ』を!」


 ついあこがれのメニュー名をならべてしまった。


 オニールはいぶかしげにロイをみる。

 その無垢むくな意識を、ロイはわらう。


「魚も牛も、だれかがめてバラしたものだ。それを野蛮だとさげすむ口で、よくもまあお上品に味わえるものだ」


 オニールはギッとロイをにらむ。


「それは……食べるために育てられた家畜かちくと、飛んでいる野鳥を殺すのはちがうわ」 

「どこがちがう。どちらも命には変わりない」

「正当化しないで!」

「どっちが」

「はい、そこまで」


 ルークの手が、ロイとオニールのあいだに入る。


「どちらの意見もわかるけど、論点がずれているよ」


 ルークは、オニールの方を向く。 


「オニール。相手の文化は尊重しよう。オニールだって、ガルフコースト領を悪く言われたくはないよね」


 オニールはしぶしぶうなずく。

 ルークはほほえみ、次いでロイの方をむいた。 


「ロイ。俺がいきなり目の前で人を殺したら嫌じゃない?」

「は?」

「殺すべき理由があって、その理由にロイが納得できたとしても、『俺の見えないところでやってくれ』とか思わない?」

「……思う」


 ルークはうなずく。


「どちらが正しい、間違っているじゃなくて、全員にとって利のある着地点を見つけよう。とりあえずロイは、人目ひとめがある場所での狩猟を、避けることはできる?」

「……学院敷地内で狩猟は行わないと、すでに弓に誓った」

「そっか。オニールはそれで納得できる?」


 こくり、とオニールはうなずく。

 ルークはうれしそうに微笑んだ。


「よし! じゃあいまから作戦会議だ。まずは皆の属性を教えてくれる? 俺は風だから、サポート向きなんだけど――」


 いきなり話し始めるルークに、ロイは待ったをかける。


「あのさ。こういう空気だし、せめて明日とか」

「関係ないよね。あと六日むいかしかないんだから」


 ルークは月の瞳を細めて笑う。


「てきとうにいどんで優勝できるほど、Sクラスは甘くない。俺はこれ以上、時間をムダにしたくないんだけど?」


 その笑顔の迫力はくりょくに、ロイとオニールはそろって首をたてにふった。

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