28
「わるいが、俺の
「なぜ!?」
うきうきとやってきたセーラムは、ロイをみてあからさまに肩をおとした。
レスターはわらいながら
そうしてセーラムに
「だって
セーラムの
「おちつけ、ロイ。――ないものは、ないんだ」
セーラムは、きらりと歯をみせて笑う。
ロイもにこりと笑顔をかえす。
「じゃあ
「おまえの
「そういうのいいから。三ヶ月分は前借できるって、まえに言ってただろ。ここで待ってるから、30分以内ね。よーい、スタート」
「いや、じつはなぁ。もう
はっはっは、とセーラムがわらう。
ロイはひたいに
「笑いごとじゃねーよ! 限度額まで
「
「それはいま、どうだっていい! 何に使ったの?
望みをかけて、問いつめる。
しかしセーラムの頬がゆるみ、ロイは嫌な予感がした。
「いやあ、なじみの子がさ。どうしても俺に会いたいって」
「なじみの……子」
「ボトル入れるとすごい喜んでくれて、その笑顔がまた可愛くってさ」
「もしかして、そういう、お店の……」
「『セーラムだーいすき!』なんて言われた日にゃ、男としてはやっぱり、なぁ?」
「――クソ兄貴!!」
ロイはひざから
ついにセーラムから、金は出てこないことが確定した。
「おー、ロイ、だいじょうぶか?」
のんきな声に、ロイはセーラムにつかみかかる。
「だいじょうぶか!? 俺が400万Ðも稼げるわけないじゃん! せっかく
セーラムの胸をこぶしでなぐる。
びくともしない体格がうらめしい。ロイは貧弱な自分に、涙があふれてとまらない。
「セーラムのバカー!」
これは
セーラムはロイをだきしめる。
ロイはセーラムの
「おまえはちいさいな、ロイ」
セーラムが、しみじみとつぶやく。
自分の
「まだ15才だもんな。よくがんばったよ、おまえ」
「過去形で言うな、クソ兄貴」
「おお、ちょっと元気出たか。よかった、よかった」
鼻をすすり、ロイはセーラムから離れる。
「あのさ。デスクペン、ありがとう」
「いちばん安いので、わるいな」
「ううん。すごく使いやすくて、気に入ってる」
ロイはショルダーバッグをかつぎなおす。
「このバッグも。セーラムがくれなかったら、
「麻袋は無いなぁ」
セーラムは
その笑顔に、ロイはあたたかいものを感じる。
セーラムには、すでにたくさん世話になった。これ以上、甘えるわけにはいかない。
「俺、帰るよ。自分でなんとかできないか、がんばってみる」
おおきな手に、わしゃわしゃと髪の毛をかきまぜられる。
その暖かい手を、ロイはそっと払う。
「からまるから、やめてよ」
「そうか」
ここからは、ひとりで何とかしよう。
そうロイが決意したとき、セーラムはポンと手をたたいた。
「そうだ、ロイ。おまえクロエを
「……クロエか」
ロイは
切りっぱなしのどす黒い
記憶のクロエは
幼少期から、ロイはクロエのおもちゃだった。
ロイが3才のとき、クロエは13才。すでにできあがったサイコパスだった。
かすった頬の熱さと痛みは、ある種のトラウマになっている。
「……クロエって、なにしてるひとだっけ」
げんなり問えば、セーラムはあごをさすった。
「
「画家なの!? あー、でもたしかに、虫とか
「あいつの絵、めちゃくちゃ高値で売れるぞ」
「マジで!?」
「おう! こんなちいさい絵が一枚で、俺の借金がチャラになったからな」
セーラムが、指で四角をつくる。
ハンカチ程度のおおきさに、ロイは顔をかがやかせる。
希望から一番遠い存在だったクロエから、こんなにおおきな希望を感じる日がくるなんて。
「セーラムの金銭感覚が死んでる話はどうでもいいから、クロエの住所をおしえてよ!」
「うちの末っ子は
「はやく書いて、はやく!」
ノートとデスクペンを、セーラムにおしつける。
セーラムはわらって、ロイの背中をつくえにする。ロイはデスクペンの軽快な筆記音と、背中にいくばくかのくすぐったさを感じる。
「よーし、書けたぞ」
「字、きったな! 報告書とか、ちゃんと書けてる?」
「まいにち怒られてるぞ! よくわかったな」
読めない文字をセーラムに音読してもらい、ロイは自分がわかるように書き直す。
場所は王都の南。
ここからは、
ロイはノートとデスクペンをショルダーバッグにしまう。
セーラムは、ぽんとロイのあたまに手をおいた。
「何かあれば、いつでも来い。金は無いけどな」
「毎月の
ロイはセーラムに手をふり、来た道を駆けもどる。
ひとりで何とかしようと決めたが、使えるものは何でも使う。
ロイはそう決意しなおし、りっぱな城門をあとにした。
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