25

 合流し、すぐさまポイントを計算する。


「ぜんぶで183ポイント。優勝の射程圏内しゃていけんないではあるね」


 ルークの言葉に、ロイは懐中時計を確認する。


「のこり42分。確実な優勝のためには、あと18ポイント必要だ」

「ここまで、だれにも会わなかったの。だから人をみつけるのに、時間がかかりそう」


 アンジェリカの言葉に、ルークはうなずく。


「もういちど、二手ふたてにわかれよう。俺とアンジェリカは、西をさがす」

「俺とオニールは、東だな」

「あの、できたらなんですけど」


 アンジェリカが手をあげる。


「さいごは、皆で帰りたいなぁって……」


 ちらり、とアンジェリカが皆を見る。

 ロイはうなずく。ルークとオニールも、やわらかい笑顔でうなずいた。


「ルーク、時計は持っているか」

「あるよ」

「念のため、時刻合わせだ」


 ロイはルークと懐中時計をつきあわせる。

 どちらも4時19分。

 時計をしまい、ロイは言う。


「4時50分に、おたがい合図をうちあげよう。中間地点で合流だ」





 

「何ポイント、増えた?」


 ひらけた野原で、ロイはオニールに問う。

 手にするのは、にぎりやすく調整してもらった、氷の矢だ。


「2ポイント。ロイは?」

「1ポイント。やはりカウンターの色は正確だな」


 ふたり組を見つけて急襲きゅうしゅうしたまではいいが、肝心のポイントが少ない。

 おびえる態度から、攻撃型ではなく防御型の魔術タイプだとおもってはいたが。


「逃げ続けていたんだろうな。この時間まで」


 ロイは懐中時計をとりだす。


「4時48分……ここまでか」

「きっと、だいじょうぶよ。残り全てのポイントを、一チームが持っている可能性は低いわ」

「そうだな。オニール、合図あいずを頼めるか」

「まかせて」


 オニールは魔術の構築に入る。

 目をふせ、集中するオニールの、ポニーテールが風にはためく。

 りんとした横顔に、正面から夕陽があたる。

 まるいおでこは光に溶けて、鼻の輪郭りんかくさえも黄金にかがやく。

 斜陽しゃようをすくいあげるように、オニールはてのひらを天にむけた。


「術式展開」


 氷がうちあがる。

 夕焼けをとじこめた氷星こおりぼしは、放射状にちらばる。

 ロイはそれを見つめる。まばたきを忘れ、黄昏たそがれをいろどる氷のかけらを、しっかりと目に焼きつける。


 西の空に光がうちあがる。

 夕闇ゆうやみを照らす光は、落陽らくようよりも、つよくかがやく。


「いこう、オニール」

「ええ」


 ふたりで西にむかって走る。

 夜にちかづく空は群青、太陽は白く発光し、いよいよ熟れて、その輪郭りんかくをぼかしていく。

 森は黒、木々と空の境目さかいめだけが、赤く赤く染まっていく。

 

 そのシルエットを切り裂くように、光の矢がうちあがる。ひたむきに燐光りんこうを放ち、太陽と重なる。

 オニールはすぐさま、氷でこたえる。

 まばゆい夕陽にむかって、ロイとオニールは走る。




「9ポイント、うばえました!」


 手をふるアンジェリカに、ロイはかけよる。


「ごめん! 3ポイントしかとれなかった」


 あやまるロイに、ルークはほほえむ。


「ぜんぶで195ポイント。全力はくしたと思うよ」

「そうよ。私たちのチームは最高よ!」

「オニールは、ずいぶん熱い性格だったんだね」

「あら、ルーク。まだまだ女性を見る目が、育っていないのね」


 苦笑するルークのとなりで、アンジェリカが挙手きょしゅする。

 

「せっかくなので、あのおかにいきませんか。さいごに、この島を見ておきたいです」


 その提案に、皆でうなずく。

 虫の声がさかんな草むらを越え、みはらしのいい丘まであるく。


 ばったり男子生徒と遭遇そうぐうした。


「おあー!? 術式展開!」


 ロイはとっさに生徒の足元をへこませる。

 生徒はあわてふためきながら転ぶ。ひっくりかえりながら、火球をうってきた。

 ルークの風が軌道をゆがめ、生徒の腹に火球を返す。


『術式展開!』


 オニールとアンジェリカの声がそろう。

 氷の矢と光のたまが、容赦なく生徒をおそう。

 土煙つちけむりが晴れると、そのすがたはどこにもなかった。


「ポイント確認! 増えた数は!?」


 ロイの声に、全員でいっせいにカウンターを光にかざす。


「1ポイント」

「2ポイント」

「2ポイント」

「俺は1ポイント――合計、201ポイントだ」


 四人で空に歓声をあげる。

 

「おい、まだ油断ゆだんは禁物だぞ」

「顔がわらってるわよ、ロイ」

「そういうオニールこそ」


 丘に笑い声がかさなる。

 みわたすかぎり、ほかに人影はない。


「すごい景色です! オニール、こちらに来て」


 アンジェリカはオニールを呼ぶ。

 丘のはしで、ふたりは肩をよせあい、ひろがる自然をながめている。

 黒髪のオニールと、金糸のアンジェリカ。

 おそろいのポニーテールは、おそろいの夕陽色に染まる。

 

 ロイの肩を、ルークがたたいた。


「やったな、ロイ」

「おまえのおかげだ、ルーク」

「何言ってるの、リーダー」


 こぶしをガツンとぶつけあう。

 オニールが駆けよってきて、ルークと視線を交わしてほほえむ。

 やはり仲がいい、とおもっていたら、オニールはロイに目をうつした。


「いま何時?」

「4時58分。……そろそろだな」

「カウントダウンしましょう。ロイ、時計が見えるように、胸につけて」

「こ、こうか?」


 ロイはスポーツウェアの胸ポケットに、時計を固定しようと奮闘ふんとうする。


「貸して」


 手をだすオニールに、ロイは懐中時計をわたす。

 オニールはロイの胸ポケットに、時計を固定する。

 れるほどの距離に、ロイの心臓はドクンと跳ねる。


「アンジェリカ、そろそろよ」


 アンジェリカはうなずき、両手をのばした。


「こんどは手首じゃなくて、手をつなぎましょう」 

「そうだね。それがいい」


 ルークはアンジェリカと手をつなぎ、もう片手をロイにさしだす。


「そのほうがすてきね」


 のこるアンジェリカの手を、オニールがつなぐ。

 オニールは空いた手のひらをロイへとむけた。


 ロイはうなずき、ふたりの手をにぎる。そのあたたかさが、胸につたわる。


「カウントダウンよ! 10,9」

「8、7」

「6、5」


 オニール、アンジェリカ、ルークが数え、ロイにわらいかける。

 ロイは笑顔で、それをひきつぐ。


「4、3、2――」

『ロイに全ポイントを譲渡!!』

「――え?」






 気がつくと、魔術競技場だった。


「俺のカウンター、ちゃんと白になっている。成功してよかった」

「私のも、まっしろ!」

「夕陽が赤くてよかったです。私のカウンターの赤、いつばれるかとひやひやしました」

「しかたないわよ。1ポイント残さないと、アンジェリカだけ先に帰還しちゃうじゃない」


 わいわい話す三人に、ロイはぽかんと問う。


「……どういうこと?」


 オニールはふりむき、にっとわらう。


「先にアンジェリカから、ポイントを譲渡じょうとしてもらったの」

「そして俺とオニールが、ロイとあくしゅをした」


 ロイはあいた口がふさがらない。

 あくしゅ。あれが。やはりあやふやな定義ていぎだ。そんなことより――。


「どうするんだよ、おまえら。失格しっかくだぞ」

「なったところで優勝だから、S評価まちがいなし」

「ええ。うしなうものは、何もないわ」


 ルークとオニールは、まったく気にするようすがない。


「いや、でも……こんなことする必要ないだろ」


 ロイが問えば、三人は顔をみあわせる。


「だって、ねぇ」

「ええ」

「そうですよね」


 うなずき、同時に口をひらく。 


『イスハークに、優勝されたくないから!』


 そうして三人は笑い、ロイをぎゅうぎゅうと押しつぶす。


「おいっ、ちょっと」

「俺らのわがままだから、気にしないで」

「そうですよ。私たちが勝手にやったことです」

「たまたま、あなたのために、なっただけ」

「わかった! わかったから、はなれろよ」


 ついにロイはわらいだす。

 くすぐったくて、あたたかい。


 シャルルに言ったことは、嘘ではなかった。

 ロイは今日、はじめて仲間のありがたさを知った。


「――全員集合! 表彰式ひょうしょうしきをはじめるぞ」

 

 シュワルツの大声に、ロイはびくりと肩をゆらす。

 ルークはふしぎそうに小首をかしげた。


「どうしたの、ロイ」

「いまさらだけど、本当に優勝できるのか? ポイント計算がまちがってて、もし二位とかだったら、失格になったオニールとルークの評価が!」


 ルークはあきれた。


「あの強気のロイは、どこに行ったの? お散歩中?」

狩猟本能しゅりょうほんのうが、オフになったんじゃないですか」

「やっぱり森にいないとダメなのよ」


 シュワルツは、おおきくせきばらいをした。


「えー、諸君。まずは一日、おつかれさま。うまく魔術を筋肉にのせられた者も、筋肉不足で挫折ざせつを味わった者も、そのすべてをかてにして、筋肉とともに成長していってほしい」


 わかるような、わからないような前置きだ。


「それでは、表彰をはじめる。チーム優勝――201ポイント獲得、Sクラス5班!」


 ワッと場がもりあがる。

 ロイはおろおろとさけぶ。


「5班!? 5班って誰!?」

「俺らだよ、ロイ! 5の下に名前を書いただろ!」


 ルークに背中をたたかれる。


「アンジェリカ・ブレイデン。ルーク・スタンレー。オニール・ガルフコースト。そして、ロイ・ファーニエ。壇上だんじょうへあがれ!」

「ほら、行くわよ、ロイ!」


 オニールに手を引かれ、ルークに背中をおされ、アンジェリカの先導についていく。

 ロイは足元がふわふわして、実感がない。


 壇上にのぼると、シュワルツは笑顔でむかえる。

 となりの台座には、よっつの王冠おうかん


「アンジェリカ・ブレイデン。優勝、おめでとう」

「光栄です」


 アンジェリカはうつくしいカーテシーでこたえる。

 好意的なざわめきのなか、シュワルツはアンジェリカに王冠をかぶせる。


「ルーク・スタンレー。優勝、おめでとう」

うけたまわります」


 洗練された貴族の礼で、ルークはほほえむ。

 黄色い声があがるなか、シュワルツはルークに王冠をかぶせた。


「オニール・ガルフコースト。優勝、おめでとう」

「名誉にぞんじます」


 優雅なカーテシーに、周囲から感嘆のためいきがもれる。

 シュワルツは笑顔で、オニールに王冠をかぶせた。


「ロイ・ファーニエ」


 ここまできたら、まちがいない。

 ロイはまっすぐ顔をあげ、シュワルツへとむかう。


「ありがとうございます」


 親にたたきこまれた、貴族の礼をとる。ロイが唯一できる、貴族らしい動作だ。

 ほう、とシュワルツが声をもらした。


「優勝、おめでとう」

 

 あたまに王冠がのせられる。

 その重さに、誇らしい気持ちでいっぱいになる。


「ではつぎに、個人優勝者を発表する」 


 シュワルツの言葉に、ロイは一歩を引いた。

 その背をルークが押し、アンジェリカが押し、オニールが押した。

 よろけて足をふみだすロイの、右腕をシュワルツがつかむ。


「200ポイント獲得、ロイ・ファーニエ!」


 シュワルツはロイの右腕をあげる。

 されるがまま、ロイは壇上から、万雷ばんらいの拍手を聞いた。


「おめでとう!」


 シュワルツから、トロフィーを授与される。

 またたきながらそれを受け取ると、わっと三人が抱きついてきた。


「やったな、ロイ!」

「おめでとうございます!」

「あなたが一番よ! ほこりなさい!」


 ルーク、アンジェリカ、そしてオニール。

 歓喜するチームメイトに、ロイはようやく実感する。

 あふれんばかりの喜びに、笑顔でトロフィーをつきあげる。

 拍手と歓声のなか、四人でいつまでもわらっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る