24

「――ロイ、起きて!」


 からだをゆさぶられ、ロイの意識は浮上ふじょうする。


「すみがくずれてきたの」


 とびおき、オニールの指さすほうを見る。

 土壁の地面は、欠けてヒビが入っている。


「もうすこし持つと思ったが……いこう、オニール」

「ロイ、体調は」

「だいじょうぶ」

 

 頭痛もなく、ひとまず魔力欠乏症はおさまった。

 崖の斜面には、大木の根がさがる場所がある。あれをつたえば、上にあがれそうだ。


「オニール、あそこまで行こう」

「でも、どうやって」

「斜面に、足を乗せられるくぼみをつくる」

「だめよロイ。また幼児病ようじびょうになったら、あなたたどりつけないわ」


 うっ、とロイは言葉につまる。

 オニールの正論と、病名の通称つうしょうによるものだ。

 

 オニールはしばらく考え、顔をあげる。


「私がやるわ。氷の矢を斜面につきたてれば、足場になるとおもうの」

「なるほど。ためしに一本、ここに刺してみて」


 オニールはうなずき、氷の矢をはなつ。

 いきおいよくかべに埋まり、ロイはそのうえに飛びのる。


「うん、だいじょうぶ。たのむ」

「まかせて」


 オニールは笑って、氷の矢を量産する。

 つぎつぎと斜面に刺さる矢は、あっというまに大木までたどりつく。

 陽光にきらめく、氷の道はうつくしい。

 魔術の氷は溶けないので、すべる可能性も低い。


「……歩けるかしら」


 オニールは崖下がけしたをのぞいて、肩をふるわせる。

 落ちたらただごとでは済まない。

 しかしロイのつくった土壁は、いよいよ亀裂きれつがおおきくなり、長居はしていられない。 


がけに体をあずけて、よこあるきで進むんだ」

「やってみる」

「俺はすぐ後ろにいる。あぶなくなったら絶対に支えるから」

「うん」


 そろり、とオニールは一歩をふみだす。

 崖にはらをつけ、右足をすすめる。

 大木たいぼくまでは二十歩ほど。

 すぐに着く、と自分を鼓舞こぶするオニールを、突風がおそう。


「きゃっ」

「だいじょうぶ」


 オニールの背に、ロイは手をあてる。

 そのまま、風がおさまるのを待った。


「もう歩けないわ、ロイ」

「……俺が先のほうがいいか。オニール、もどれる?」


 ロイは土壁をふりかえる。ちょうど亀裂からばっくり割れて、くずれおちていった。


「あー……」


 進退窮しんたいきわまり、ロイは考える。

 すでに足がふるえているオニールに、進めというのはこくだ。

 しかし魔術はいつか消滅する。時が来れば、ふたりしてまっさかさまだ。

 

 ロイは決断する。

 自分がオニールを追い抜き、手を引いてやるしかない。


 ロイはしゃがみ、不要な矢を一本ひきぬく。

 そうして、おびえるひつじのに対するように、話しかける。


「聞いて、オニール。俺がまえに行くから、じっとしていて。なにも心配しなくていいから」


 ね、とほほえむと、オニールはこくりとうなずいた。


 ロイは乗っている矢の、ぎりぎり外側に立つ。

 崖は斜めに湾曲わんきょくしており、まっすぐ跳躍ちょうやくすれば、オニールをとびこせる。

 

 ロイは呼吸をととのえる。

 全身のバネをつかい、おもいきり足場あしばを蹴る。

 片足ずつ着地し、いきおいでがけに激突するところを、右手の矢をつきたて回避かいひする。

 

 ロイの心臓はドクドクと脈打つ。

 成功した。だけどもう二度とやりたくない。

 おおきく呼吸をして息をととのえ、ロイはオニールに笑顔をむける。


「いこう」


 ロイがさしだす左手を、オニールの右手がつかむ。

 そしてふたりでそろそろと、氷の通路をあるいた。




 大木のはしっかりしていた。びっしりとからまる根は、足場あしばにも、手をかける場所にもなる。木登りの要領ようりょうで、容易にうえまで行けそうだ。

 ただ、野山をかけまわっていたロイとはちがい、オニールは生粋きっすいのお嬢様だ。

 ロイはダメもとできいてみる。 


「オニール、木登りの経験は……」

「あるわ」

「あるの!?」

「そ、そりゃ、私だって、子供のときぐらいあるわよ」


 頬をあからめ、オニールがプイッと横をむく。

 元気そうな彼女からは、恐怖の色が消えている。

 いい傾向けいこうだ、とロイはうなずき、木の根をたたく。


「先に登って。落ちそうになったら、俺がささえる」

「わかった」


 オニールは根っこに手をかけ、足をかける。

 さきほどとちがい、つかまる場所はたくさんある。

 身軽にするすると登っていくオニールに、ロイはうなずき、うしろから続く。


 オニールの手が、地面にかかった。

 よじのぼる彼女の足を、ロイは手で押しあげる。

 

 つづいて登ろうとして、ロイは左腕のカウンターに目をやる。

 光にかざすと、シャルルの攻撃で3ポイント減っている。

 ロイはカバーをあけて、基盤きばんにさわる。つめたいかと思ったが、すこしあたたかい。腕のうごきをたしかめ、位置を調整して、カウンターから手を離す。


 ロイは地面に手をかけ、腕のちからで登りきる。

 ひさしぶりの地面によろこぶ間もなく、眼前にやいばがつきつけられた。

  



 両手をあげて、ロイはイスハークの刃がしめすほうへとあるく。

 登山道からはずれた林に、シャルルがまちうけていた。

 となりには、すわりこんだオニール。

 雷の格子こうしが、彼女をぐるりと囲んでいる。


 シャルルは、口元をゆがめてわらう。


「待ちくたびれたよ、ロイくん。――全ポイント、譲渡じょうとしてくれるね」

「渡しちゃだめ。ロイはにげて!」

「うるさいな」


 バチリと雷がはじける。

 オニールは身を縮こませる。障壁が発動して雷をふせぐが、それでもつよい衝撃しょうげきがつたわるのを、ロイは知っている。


「やめろ!」

「なに? 正義の味方ごっこ? やめてよ、子供じゃないんだから」

「全ポイントを譲渡したら、俺のチームメイトに手は出さないと約束しろ」

「何言ってるの? これは魔術大会だよ」

「――薬に買収ばいしゅう。ツヴァイク家、次期当主様じきとうしゅさまが、ハメを外しすぎるのはまずいだろ」


 かみなりの格子がゆれた。

 ロイはつづける。


「わるいがディコイは、おれたちの仲間だ。素直に報酬を受け取るより、強請ゆするほうがもうかると知っているか」


 ロイは盛大せいだいなハッタリをかます。ウソのなかに適当な真実を混ぜ、ルークに指摘された「悪い顔」をしてみせる。

 シャルルはギリリと奥歯をかんだ。


「でたらめをいうな。証拠しょうこはない」

証言しょうげんがある」

低級貴族ていきゅうきぞくの言い分など、だれが信じる!」

「でも、聞いちゃってるんだよな。――スタンレー公爵家のご子息と、ブレイデン公爵家のご令嬢が、ディコイたちの証言を」


 シャルルはロイにつかみかかる。


「ふざけるなよ、きさま」

「これは交渉こうしょうだ、シャルル。ポイントと引き換えに、俺のチームメイトには手をださない。ならば俺も口をつぐむ」

「なにをたくらんでいる。特待生にしがみつくおまえが、そんなにあっさりあきらめるはずないだろ」


 ロイはシャルルをまっすぐみすえる。


評価ひょうかより、大切なものを知っているか」

「……は?」

「俺は今日はじめて、仲間のありがたさを知った。なのに、俺のせいで危険にまきこんだ。だから俺が守る。これが俺なりの責任の取り方だ」 


 ロイの決意を、シャルルは鼻でわらいとばす。


「ばかじゃないの? 他人のために退学たいがくするなんて」

「退学するとは言っていない。おまえの言ったとおり、俺はあきらめがわるい。実際に退学になるまで、俺はぜったいにあきらめない」


 シャルルはロイから手を離す。

 新緑しんりょくの瞳が、憎々しげにロイを見る。


「『全ポイント譲渡』だ」

「それなんだが、ポイント数を言って、譲渡でもいいか?」

「だめだ。数をごまかす気だろ」

「ちがう。俺の獲得かくとくしたポイント数を、おまえにだけは知っておいてほしい。特待生とくたいせいとして、肩をならべられるさいごのチャンスだからな」


 シャルルは舌打ちをし、左手をロイにさしだした。


「わかった。約束は守れよ」

「おたがいにな」


 ロイはシャルルとあくしゅをする。オニールがロイの名をさけぶのが、胸にひびいた。


「――62ポイントをシャルルに譲渡」


 カウンターがすこしだけ熱くなり、おさまる。

 シャルルはつないだ手を引っぱり、ロイのカウンターの色を確認する。


「……白だ」


 シャルルはわらいだす。


失格しっかくおめでとう、ロイくん! ――これで特待生は、僕ひとりだ!」

「よかったな!」


 ガギン、とシャルルの障壁しょうへきが発動する。

 手にするのは氷の矢。地面にあがる前に、服に入れたものだ。


 ロイはシャルルの太ももを斬りあげる。

 喉笛を切り裂き、胴体をる。

 みじろぐシャルルの腕を斬りつけ、背中に三度つきたてる。

 耳をぐと、ひときわおおきな音が鳴る。

 完全防御の障壁に、ロイは淡々と攻撃をくりかえす。


 イスハークは手を出さない。

 当然だ。ロイはわざと縦横無尽に動いている。

 大振りな剣は、近接したふたりの、片方だけを斬れるようにはできていない。


 よろけたシャルルは尻もちをつく。

 目をみひらき、しかしすぐに醜悪に笑む。


「しょせん無駄むだなあがき! いまにでも強制帰還して――」


 うるさい口にやじりをつきたてる。

 ヒュッとシャルルの喉がなった。


 つんいでにげるシャルルに、ロイは馬乗りになる。

 腕をおさえつけ、指をいっぽんずつ潰していく。


 ロイがとびのけば、シャルルはにげる。

 それを執拗しつように追い、攻撃することをくりかえす。 


 ロイはおおよそ、シャルルの全身を切り刻んだ。

 すべて障壁にはばまれたが、ある種の達成感に、笑みがこぼれる。


 シャルルは足をもつれさせてころぶ。そこで気づいた。おのれのカウンターが、赤く光っていることに。


 シャルルは混乱こんらんする。

 追い詰められた現実。目の前にずっと、武器をもったロイがいることに。


「何だおまえは! なぜ強制帰還きょうせいきかんが発動しない!?」

「もしかして、知らない?」


 ロイはカウンターのカバーをまくり、白いタイルをとりだす。

 あらわれたのは、緑の光。


「教えてあげようか、シンドラ」


 ロイはタイルをシャルルに投げる。

 こしをおとし、からだのバネをつかって、シャルルの喉を一閃いっせんした。

 ガキン、と障壁がさいごの音をたてる。

 

「うそだ……こんなの、みとめな――」


 泣き言を残して、シャルルのすがたはかききえた。


「ロイ!」

  

 オニールが駆けよってくる。

 雷の格子が、消滅しているのはわかっていた。

 なぜならロイは、シャルルの精神力を削ることに、尽力じんりょくしたからだ。


「すごいわ、ロイ! いつ、あんな細工さいくを」

「地面に上がるまえだ。嫌な予感がしたから、念のため入れておいた。このタイルが、光をとおさない素材でよかったよ」

 

 ロイは白いタイルをひろう。

 ポケットにしまって、イスハークにむきなおる。

 彼は大剣を手に、たちつくしていた。

 

「さて、イスハーク。俺のポイントをやるから、チームメイトに手出ししないと約束してくれ」

「ロイ!」


 ロイはオニールに目をやり、手のひらで制する。

 オニールはくちをつぐんで、うつむいた。


 イスハークは、ロイとオニールを交互こうごにみやり、またロイをみる。


「……なぜ」

「理由か? そうだな~。おまえに剣技けんぎでかなわない。体力もかなわない。それから」


 ロイはイスハークにわらう。


「おまえは約束を守る人間だ」

「……そんな根拠こんきょは」

「剣を合わせればわかる。おまえもそうだろ」


 イスハークは目をふせる。大剣を縮めて、ふところにしまった。


「わかった。約束しよう」

「たすかる。俺は動かないから、存分ぞんぶんに魔術を当ててくれ」


 イスハークは手のひらをロイにむけ、つぶやきながら魔術を構築していく。

 

「術式展開」


 氷のつぶてがロイをおそう。

 障壁にはじかれ、バチバチとあられのような音をたてる。


 ロイはいだ瞳で、イスハークの攻撃を見ていた。

 堅実けんじつで、効率的な魔力の使い方だ。

 どうして彼がシャルルに従うのかはわからないが、権力絡けんりょくがらみであることは想像がついた。


 ぴたりとイスハークの攻撃がむ。彼はロイから視線をらした。


「……俺は魔力が低い。魔力欠乏症まりょくけつぼうしょうには、なりたくない」


 イスハークは身をひるがえす。

 彼の背中が林に消えたところで、ロイはめていた息を吐いた。


「あせった……本気でぜんぶとられるかと思った」

「ロイ!」


 オニールがかけよってくる。

 緑に光るカウンターを見せると、彼女はホッと息をはいた。


「どうしてイスハークは、とちゅうでめたのかしら」

恩返おんがえしだろ。あいつ、義理堅そうだからな」

「恩返し?」


 ロイは肩をすくめる。

 シャルルとイスハークの関係を、憶測おくそくでべらべら話すものではない。

 主人の泣き顔にすっきりしたとか、イスハークが思っていようがいまいが。


 かわりにロイは、彼の言葉を借りる。


「『魔力欠乏症には、なりたくない』だそうだ」


 オニールは吹きだす。

 ロイはぐるりと首をむける。


「笑うなよ」

「ごめんなさ……だって……」


 楽しそうなオニールに、ロイもつられて笑いだす。

 木漏こものむこうから、ルークとアンジェリカが、手をあげて走ってきた。

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