23

「……さすがに休憩きゅうけいしたい」

「だろうね」


 地面にうつぶせになり、ロイはあらい呼吸をくりかえす。

 崖をおり、殲滅せんめつしたまではよかったが、登るときのことを考えていなかった。

 しかたなくつんいで傾斜をのぼり、いまにいたる。


「あの林にいきましょう。周囲から見えないほうが、安全だわ」


 オニールのことばに、ロイはうなずく。

 のろのろとからだを起こすと、ルークが背中を向けてこちらにすわる。


「乗りなよ」

「……いい。肩だけ貸して」


 さすがにそれは恥ずかしい。ひざに手をつき立ちあがると、ルークはロイのうでを自分の肩をまわし、なかばひきずるように連れて行ってくれた。




 草地はやわらかく、ふんわりとしたこけおおわれている。

 林の木陰こかげは、火照ほてった頬に、ひんやりときもちいい。

 風でこずえがゆれるたび、苔のひだまりも形をかえる。

 大木たいぼくの根元で、オニールとアンジェリカが手をあげる。

 ルークの助けをかり、緑のじゅうたんに腰をおろす。


 アンジェリカがリュックから水筒を、オニールは茶色の包装紙にくるまれたものをロイに渡す。

 うけとったロイは、長方形の物体に首をかしげる。


「なにこれ」


 ルークはほほえむ。


携行食けいこうしょく。騎士団御用達の逸品いっぴんだ」

「へえ。おまえらの分は?」

「俺たちはもう食べたから」


 ふうん、とロイは携行食を開封する。ブロックタイプのクッキーだ。ほのかに甘いにおいに、空腹をおもいだし、ロイは大口でかじる。


 土の味がした。いや、どろだ。砂を噛むレベルじゃない。ざらりとした舌触したざわり、粘土ねんどのような風味、それをごまかそうとした甘ったるい香料に、ぶちこまれた砂糖が、かたまりで存在している。泥のくせに粉っぽい。苦みや酸味はないのに、本能的に吐き出したい。


 ロイは水筒の水でながしこむ。

 ごきゅり、とのみこみ、涙目でひとこと。


「――まずい!」 


 ワッと三人が笑う。

 いたずらが成功したこどものように、ハイタッチを決めている。

 

「おまえら、これ全部食べたのか?」

「騎士団の携行食は、栄養バランスが完璧かんぺきだ。優勝のために、食べない選択肢はある?」


 ルークのことばに、オニールとアンジェリカがうなずく。


 ロイは衝撃をうけた。そこまでの覚悟をもって挑んでいるチームメイトをまえに、泣きごとなど言ってられない。泥味どろあじが何だ。薬が入っていないぶん、畑味はたけあじジュースよりマシだ。


 ロイは携行食にかぶりつく。

 味わうなど咀嚼そしゃくする回数を極限まで減らし、いっきに飲みこむ。水をはさむとリセットされて、一からまずさにおそわれる。水は最後だ。この経験は、将来にかす。かならずだ。


 遠い目をして完食し、水ですべてをながしこむ。

 食べるまえよりも疲れ、ぐったりと息をはく。


 ルークはロイの肩をねぎらうようにたたく。ロイのとなりにすわり、オニールとアンジェリカを呼ぶ。

 四人がそろうと、ルークはカウンターをかかげた。


「いまのうちに、ポイントを確認をしよう。200ポイント超えで、優勝できる計算だ」

「ほんとうか?」

「一年生が85人。最初から棄権きけんしたのが5人。80人×5ポイントで、全400ポイントだ」

「なるほど」


 全員でカウンターを確認する。

 光にかすと、数字がうかびあがってくる。そのふしぎな機能に、ロイは腕をうごかし、いろんな角度から数字を見やる。


 ルークはくちをひらく。


「俺は25ポイント。オニールは」

「51」

「私は36です。ロイくんは?」

「俺は6――」


 雷が落ちた。

 耳をつんざく轟音ごうおん。地面がゆるがす衝撃に、退避たいひすべきだと、目をこじあける。

 ロイは見た。

 カウンターの障壁が発動し、傘のように自分たちを守っているのを。


「――敵だ!」


 ロイはさけぶ。

 これは魔術だ。

 すぐさま立ちあがり、敵のすがたを探す。

 みすえた正面、大小ふたつの人影が、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

 

 大柄な青年は、すきのない歩き方。

 褐色かっしょくの肌にくれないの髪をもつ、異国の顔立ちだ。


 そのとなり。

 こもれびが照らす、若草色の髪。両手にはめた黒い手袋。

 彼はゆったりと歩をすすめ、じゅうぶんな間合いを取ってとまる。


「やあ、ロイくん。ポイントをもらいにきたよ」

「シャルル・ツヴァイク」

「なにやら、ふくみがあるね。ツヴァイク侯爵家こうしゃくけに、個人的なうらみでも?」

 

 ロイは周囲に目をはしらせる。

 まえにふたり。ではあとのふたりはどこだ。


「いないよ」


 シャルルの声に、ロイは正面をむく。


「姫たちには、お帰りいただいた。こんな劣悪れつあくな環境、女性にはふさわしくない。いまごろ、アフタヌーンティーを楽しんでいるんじゃないかな。あくしゅ・・・・をして、穏便にお別れしたよ」


 あくしゅ。ポイント譲渡じょうとの方法だ。「任意にんい」の定義のあやふやさに、ロイは苦いものを感じる。


「チームメイトのポイントを奪ったのか」

「人聞きがわるいね。そちらの女性もどう? 僕とあくしゅをすれば、すぐにでも、うつくしい学院に帰還できる」


 オニールとアンジェリカはシャルルをにらむ。

 シャルルは肩をすくめた。


「イスハーク」


 褐色の肌の青年がうごいた。ふところから出した短剣が、すぐさま大振りの剣にける。

 ロイはおもわず剣をゆびさす。


「なんだよ、それ」

家宝かほうです。規定違反ではありません」

「……たしかにな!」


 ロイはイスハークに特攻とっこうする。

 サバイバルナイフを振りだし、ロックをかけると同時にりかかる。

 イスハークはかるい動作でそれをいなす。

 すばやくはなれたロイに、するどい突きがはなたれる。

 うごきを見極め、手首をはじく。ふところにはいり喉笛のどぶえをねらえば、イスハークは瞬時に退しりぞいた。

 ロイも飛びのき、間合いをはかる。


 イスハークは、ツッと視線をオニールに向ける。

 ロイがオニールのまえへとふみだす一歩、イスハークは逆方向へ駆ける。


 しまった、とふりかえる先、金糸の少女がたちすくむ。


「アンジェリカ!」


 にげろ、とロイがさけぶより、イスハークの大剣がとどくほうが早い。

 碧眼へきがんをみひらくアンジェリカ。障壁しょうへきは、真剣をふせげない。


 暴風がふきあれた。

 ごうと聴力をうばう風は、枝をへしおり吹きとばす。

 

 ロイは腕で顔をかばい、目をこじあける。

 こんなときでも目立つきらきらの銀髪が、アンジェリカをもちあげ、風とともに跳躍するのがみえた。


「ロイ」


 後方の大木に、オニールがいた。

 ロイはすぐさま駆けつけ、オニールの手をつかんで走りだした。


 

 

 まっすぐ駆けて距離をかせぎ、東の丘を登っておりる。ちいさな山にはいり、獣道をたどって、登山道より上の茂みに身をかくす。


「おそらくけただろ」

「ロイ、手……」

「あっ、ごめん」


 指摘され、ロイはパッと手をはなす。

 変な空気に、ロイは咳払いをして、緊張感をとりもどす。

 

「あんなやつ、Sクラスに居たか?」


 オニールはためいきをつく。


「ルークが言っていたとおりね。『ロイは他人に興味が無い』」

「他人を気にする余裕よゆうがないだけだ」

「クラスメイトのフルネームは?」

「……いま覚えている」


 ロイはくちをとがらせる。

 そんなことまで話すのか、とおもしろくない。

 オニールはくすくす笑う。


「イスハークは、いつも一番うしろに座るから」

「物理的に、俺の視界に入らないわけだ」


 オニールはすこし笑って、首をかしげた。


「ロイはさっき、何の武器で戦っていたの?」

「サバイバルナイフ」


 てのひらに乗るナイフをみせると、オニールはまたたく。


「魔術じゃないと、当ててもポイントは奪えないわよ」

「悪い。おまえにつくってもらった氷ナイフ、どこかに落としたみたいだ」


 オニールは納得したようにうなずく。


「魔力を具現化ぐげんかしたものは、時間がたてば消えるでしょ」

「そうなのか」

「ロイの土壁つちかべはちがうの?」

「あれは、地形を変えているだけだから」

だけ・・って……」


 魔術の練習をしたあとは、地面をならせといつも怒られていた。

 めんどくさいうえに、すこしのへこみは、風雨でそのうち元にもどる。

 わざわざ均す意味がわからない、非効率的だ、と初等部しょとうぶの先生といつもケンカしていたのがなつかしい。


 そんなことを話していたら、オニールはあきれたようにためいきをついた。


「あなたって、すごいのかすごくないのか、わからないわ」

「すごかったら、こんなに苦戦していないだろ」


 ロイは苦笑し、懐中時計を確認する。

 時刻は2時01分。


「のこり三時間。優勝のために、あと30ポイントはほしいな」

獲物チームを探しましょう。アンジェリカたちとも、合流しないと」

「ああ。この時間まで残っているチームは、手ごわいだろう。気をひきしめて――」


 ぎらり、と茂みから、にぶいかがやきが現れた。


「オニール!!」


 ロイはオニールをつきとばし、彼女を背にかばう。

 なぎはらわれた草むらから、イスハークがぬっとあらわれた。

 ロイはすぐさま構築にはいる。ポイントを奪うためではなく、逃げるすきをつくるため。


「俺がくいとめる。うしろに走れ」

「――ロイ」


 足をふみだしたオニールが止まる。

 背後に目をやると、シャルルがにやにやとした笑みで、立ちふさがっていた。

 ロイはオニールにささやく。


「シャルルは連撃れんげきには向かない。うけて一撃だ。ひるまず走れ」

「わかった」


 背中合わせで呼吸をととのえる。

 ロイとオニールは同時に顔をあげ、全力であいてにつっこむ。


「術式展開!」


 大地を削る魔術は、つぶてをふりまき、相手の視界をうばう。

 イスハークは冷静にしりぞき、遠くまで後退する。

 

「――ああ!」


 オニールの悲鳴に、ロイはふりむく。

 シャルルはオニールのポニーテールをつかみ、むりやりにひきよせる。


「やめろ!」


 ロイはシャルルに突進とっしんする。

 サバイバルナイフの刃を出し、シャルルにせまる。

 あいだを落雷がはばむ。

 ゆれる地面、障壁ごしに伝わる圧力は、ロイのからだを押さえつける。


 オニールはキッとシャルルをにらむ。

 ひじをシャルルの頬に入れ、ひるんだ彼を平手で打つ。

 そしてとどめの一撃。


「シャルルくん、さいってー!」

「な……!?」


 シャルルはかたまる。そのわきをオニールはすり抜ける。


「あっ、ちょ」


 動揺するシャルルのとなりを、ロイはすり抜けて走る。


「――くそ! イスハーク!」


 ロイはオニールとやぶを走る。

 せまるイスハークの足音に、ロイは土壁つちかべを発動させる。

 はしりながら構築した土壁は、腰のたかさ。ひょいと越えられ、悔しさに歯噛はがみするも、こりずに構築をくりかえす。

 藪をつっきり、ひらけた地面をはしる。

 

「ロイ!」


 先を行くオニールが止まった。がけだ。

 ロイは木の棒をひろう。

 木刀のようにかまえるが、そもそも剣技は得意じゃない。

 なんとかすきをつくって、オニールを逃がさなければ。


 ロイのひたいから汗が流れる。

 対峙たいじするイスハークは、息のひとつも切らしていない。

 体力勝負にもちこまれると、ロイは圧倒的に不利だ。

 それでも、とふみこんだとき、広範囲に雷が落ちた。


 ドンッとつきあげる地響きにまざり、オニールのちいさな声が聞こえた。

 ふりかえり、ロイは目をみひらく。

 オニールの立つ地面が、衝撃で割れていく。彼女のからだがゆっくりかしぎ、ほそい腕がのばされる。ロイはとびだし、その手首をつかむ。


「――っ!」

 

 重力が消えた。ちゅうにほおりだされている。

 ロイは必死にオニールをひきよせ、さけぶ。


「――術式展開!!」


 ドンッとがけから土壁が生えた。オニールの頭をかかえ、受け身をとりながらころがる。

 回転がとまり、ロイは腕のなかを見る。


「だいじょうぶか、オニール!」

「……うん。死ぬかと」


 オニールはあえぐように呼吸をし、ロイをみた。


「ロイは、だいじょうぶ?」

「ああ。俺はなんとも――」


 ぐわりとロイの視界がゆれた。

 頭から血の気がひいて、脂汗あぶらあせがふきでる。

 喉元からせりあがってくるものに、手で口をおさえてふちまで這うように動く。


「ロイ!?」

「まって、吐く――」


 宣言どおり、崖の下に吐瀉としゃする。

 さきほど食べた携行食も、水分もすべて吐き出し、さらに胃液を吐いてようやくおちつく。


 ふらふらとたちあがると、オニールがロイの腕をつかんで引いた。


「こっち」


 がけを背に、座らされる。


「頭を打ったの? それとも背中?」


 心配そうなオニールに、ロイはげんなりと告げる。


「……どうせ吐くなら、たべなきゃよかった」

「そういう問題?」


 オニールはちいさく息をはく。

 キッと顔をあげ、ロイをまっすぐにみつめた。


「ロイ。学院に帰還しなさい。すぐに病院に行くの」


 ロイは苦笑し、その場に横になる。


「やすめばなおる」

「いいえ。頭を強打したあとの嘔吐おうとは、脳出血の可能性があると聞いたことがあるわ」 

「いや、ちがうんだ」

「なにがちがうの! 優勝より、命のほうが大切でしょ!」

「オニール、話を――」

「あなたのポイントは私が引き継ぐ。ぜったいに優勝してみせるから、私を信じて」


 オニールは身をのりだして力説する。

 おおいかぶさってくる彼女に、ロイはくちをぱくぱくさせながら後退する。

 これは健全な距離ではない。だって何かいいにおいがする。しかも体勢が、いろいろとよろしくない。そのうえ彼女は、なぜまたがろうとしている。さすがにこれ以上は――。


 ロイの動揺も知らず、オニールはさらにつめよる。

 ついにロイは両手をあげて、さけぶように白状はくじょうする。


「これ――魔力欠乏症まりょくけつぼうしょうだから!」


 魔力欠乏症。その名のとおり、魔力が欠乏する症状であり、おもに自分の魔力量を把握はあくできずに、はしゃぎつづけた幼児がかかる。


 オニールはスッと身をひき、ロイから視線をそらした。


「あー……ほら、ロイは私を助けるために魔力欠乏症になったじゃない。だから、名誉めいよの魔力欠乏症というか……私しか知らないから大丈夫! ロイが魔力欠乏症になったこと、誰にも言わないから――」

「もういいから、寝かして!」


 寝ると治ることから「幼児病ようじびょう」との別名をもつ。そんな注釈ちゅうしゃくまで思い出したロイは、赤い顔でふてくされながら、ぎゅっと目をつぶった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る