23
「……さすがに
「だろうね」
地面にうつぶせになり、ロイはあらい呼吸をくりかえす。
崖をおり、
しかたなく
「あの林にいきましょう。周囲から見えないほうが、安全だわ」
オニールのことばに、ロイはうなずく。
のろのろとからだを起こすと、ルークが背中を向けてこちらにすわる。
「乗りなよ」
「……いい。肩だけ貸して」
さすがにそれは恥ずかしい。ひざに手をつき立ちあがると、ルークはロイのうでを自分の肩をまわし、なかばひきずるように連れて行ってくれた。
草地はやわらかく、ふんわりとした
林の
風で
ルークの助けをかり、緑のじゅうたんに腰をおろす。
アンジェリカがリュックから水筒を、オニールは茶色の包装紙にくるまれたものをロイに渡す。
うけとったロイは、長方形の物体に首をかしげる。
「なにこれ」
ルークはほほえむ。
「
「へえ。おまえらの分は?」
「俺たちはもう食べたから」
ふうん、とロイは携行食を開封する。ブロックタイプのクッキーだ。ほのかに甘いにおいに、空腹をおもいだし、ロイは大口でかじる。
土の味がした。いや、
ロイは水筒の水でながしこむ。
ごきゅり、とのみこみ、涙目でひとこと。
「――まずい!」
ワッと三人が笑う。
いたずらが成功したこどものように、ハイタッチを決めている。
「おまえら、これ全部食べたのか?」
「騎士団の携行食は、栄養バランスが
ルークのことばに、オニールとアンジェリカがうなずく。
ロイは衝撃をうけた。そこまでの覚悟をもって挑んでいるチームメイトをまえに、泣きごとなど言ってられない。
ロイは携行食にかぶりつく。
味わうなど
遠い目をして完食し、水ですべてをながしこむ。
食べるまえよりも疲れ、ぐったりと息をはく。
ルークはロイの肩をねぎらうようにたたく。ロイのとなりにすわり、オニールとアンジェリカを呼ぶ。
四人がそろうと、ルークはカウンターをかかげた。
「いまのうちに、ポイントを確認をしよう。200ポイント超えで、優勝できる計算だ」
「ほんとうか?」
「一年生が85人。最初から
「なるほど」
全員でカウンターを確認する。
光に
ルークはくちをひらく。
「俺は25ポイント。オニールは」
「51」
「私は36です。ロイくんは?」
「俺は6――」
雷が落ちた。
耳をつんざく
ロイは見た。
カウンターの障壁が発動し、傘のように自分たちを守っているのを。
「――敵だ!」
ロイはさけぶ。
これは魔術だ。
すぐさま立ちあがり、敵のすがたを探す。
みすえた正面、大小ふたつの人影が、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
大柄な青年は、
そのとなり。
こもれびが照らす、若草色の髪。両手にはめた黒い手袋。
彼はゆったりと歩をすすめ、じゅうぶんな間合いを取ってとまる。
「やあ、ロイくん。ポイントをもらいにきたよ」
「シャルル・ツヴァイク」
「なにやら、ふくみがあるね。ツヴァイク
ロイは周囲に目をはしらせる。
まえにふたり。ではあとのふたりはどこだ。
「いないよ」
シャルルの声に、ロイは正面をむく。
「姫たちには、お帰りいただいた。こんな
あくしゅ。ポイント
「チームメイトのポイントを奪ったのか」
「人聞きがわるいね。そちらの女性もどう? 僕とあくしゅをすれば、すぐにでも、うつくしい学院に帰還できる」
オニールとアンジェリカはシャルルをにらむ。
シャルルは肩をすくめた。
「イスハーク」
褐色の肌の青年がうごいた。
ロイはおもわず剣をゆびさす。
「なんだよ、それ」
「
「……たしかにな!」
ロイはイスハークに
サバイバルナイフを振りだし、ロックをかけると同時に
イスハークはかるい動作でそれをいなす。
すばやくはなれたロイに、するどい突きがはなたれる。
うごきを見極め、手首をはじく。
ロイも飛びのき、間合いをはかる。
イスハークは、ツッと視線をオニールに向ける。
ロイがオニールのまえへとふみだす一歩、イスハークは逆方向へ駆ける。
しまった、とふりかえる先、金糸の少女がたちすくむ。
「アンジェリカ!」
にげろ、とロイがさけぶより、イスハークの大剣がとどくほうが早い。
暴風がふきあれた。
ごうと聴力をうばう風は、枝をへしおり吹きとばす。
ロイは腕で顔をかばい、目をこじあける。
こんなときでも目立つきらきらの銀髪が、アンジェリカをもちあげ、風とともに跳躍するのがみえた。
「ロイ」
後方の大木に、オニールがいた。
ロイはすぐさま駆けつけ、オニールの手をつかんで走りだした。
まっすぐ駆けて距離をかせぎ、東の丘を登っておりる。ちいさな山にはいり、獣道をたどって、登山道より上の茂みに身をかくす。
「おそらく
「ロイ、手……」
「あっ、ごめん」
指摘され、ロイはパッと手をはなす。
変な空気に、ロイは咳払いをして、緊張感をとりもどす。
「あんなやつ、Sクラスに居たか?」
オニールはためいきをつく。
「ルークが言っていたとおりね。『ロイは他人に興味が無い』」
「他人を気にする
「クラスメイトのフルネームは?」
「……いま覚えている」
ロイはくちをとがらせる。
そんなことまで話すのか、とおもしろくない。
オニールはくすくす笑う。
「イスハークは、いつも一番うしろに座るから」
「物理的に、俺の視界に入らないわけだ」
オニールはすこし笑って、首をかしげた。
「ロイはさっき、何の武器で戦っていたの?」
「サバイバルナイフ」
てのひらに乗るナイフをみせると、オニールはまたたく。
「魔術じゃないと、当ててもポイントは奪えないわよ」
「悪い。おまえにつくってもらった氷ナイフ、どこかに落としたみたいだ」
オニールは納得したようにうなずく。
「魔力を
「そうなのか」
「ロイの
「あれは、地形を変えているだけだから」
「
魔術の練習をしたあとは、地面を
めんどくさいうえに、すこしのへこみは、風雨でそのうち元にもどる。
わざわざ均す意味がわからない、非効率的だ、と
そんなことを話していたら、オニールはあきれたようにためいきをついた。
「あなたって、すごいのかすごくないのか、わからないわ」
「すごかったら、こんなに苦戦していないだろ」
ロイは苦笑し、懐中時計を確認する。
時刻は2時01分。
「のこり三時間。優勝のために、あと30ポイントはほしいな」
「
「ああ。この時間まで残っているチームは、手ごわいだろう。気をひきしめて――」
ぎらり、と茂みから、にぶいかがやきが現れた。
「オニール!!」
ロイはオニールをつきとばし、彼女を背にかばう。
なぎはらわれた草むらから、イスハークがぬっとあらわれた。
ロイはすぐさま構築にはいる。ポイントを奪うためではなく、逃げる
「俺がくいとめる。うしろに走れ」
「――ロイ」
足をふみだしたオニールが止まる。
背後に目をやると、シャルルがにやにやとした笑みで、立ちふさがっていた。
ロイはオニールにささやく。
「シャルルは
「わかった」
背中合わせで呼吸をととのえる。
ロイとオニールは同時に顔をあげ、全力であいてにつっこむ。
「術式展開!」
大地を削る魔術は、つぶてをふりまき、相手の視界をうばう。
イスハークは冷静にしりぞき、遠くまで後退する。
「――ああ!」
オニールの悲鳴に、ロイはふりむく。
シャルルはオニールのポニーテールをつかみ、むりやりにひきよせる。
「やめろ!」
ロイはシャルルに
サバイバルナイフの刃を出し、シャルルにせまる。
あいだを落雷がはばむ。
ゆれる地面、障壁ごしに伝わる圧力は、ロイのからだを押さえつける。
オニールはキッとシャルルをにらむ。
ひじをシャルルの頬に入れ、ひるんだ彼を平手で打つ。
そしてとどめの一撃。
「シャルルくん、さいってー!」
「な……!?」
シャルルはかたまる。そのわきをオニールはすり抜ける。
「あっ、ちょ」
動揺するシャルルのとなりを、ロイはすり抜けて走る。
「――くそ! イスハーク!」
ロイはオニールと
せまるイスハークの足音に、ロイは
はしりながら構築した土壁は、腰のたかさ。ひょいと越えられ、悔しさに
藪をつっきり、ひらけた地面をはしる。
「ロイ!」
先を行くオニールが止まった。
ロイは木の棒をひろう。
木刀のようにかまえるが、そもそも剣技は得意じゃない。
なんとか
ロイのひたいから汗が流れる。
体力勝負にもちこまれると、ロイは圧倒的に不利だ。
それでも、とふみこんだとき、広範囲に雷が落ちた。
ドンッとつきあげる地響きにまざり、オニールのちいさな声が聞こえた。
ふりかえり、ロイは目をみひらく。
オニールの立つ地面が、衝撃で割れていく。彼女のからだがゆっくり
「――っ!」
重力が消えた。
ロイは必死にオニールをひきよせ、さけぶ。
「――術式展開!!」
ドンッと
回転がとまり、ロイは腕のなかを見る。
「だいじょうぶか、オニール!」
「……うん。死ぬかと」
オニールはあえぐように呼吸をし、ロイをみた。
「ロイは、だいじょうぶ?」
「ああ。俺はなんとも――」
ぐわりとロイの視界がゆれた。
頭から血の気がひいて、
喉元からせりあがってくるものに、手で口をおさえて
「ロイ!?」
「まって、吐く――」
宣言どおり、崖の下に
さきほど食べた携行食も、水分もすべて吐き出し、さらに胃液を吐いてようやくおちつく。
ふらふらとたちあがると、オニールがロイの腕をつかんで引いた。
「こっち」
「頭を打ったの? それとも背中?」
心配そうなオニールに、ロイはげんなりと告げる。
「……どうせ吐くなら、たべなきゃよかった」
「そういう問題?」
オニールはちいさく息をはく。
キッと顔をあげ、ロイをまっすぐにみつめた。
「ロイ。学院に帰還しなさい。すぐに病院に行くの」
ロイは苦笑し、その場に横になる。
「やすめばなおる」
「いいえ。頭を強打したあとの
「いや、ちがうんだ」
「なにがちがうの! 優勝より、命のほうが大切でしょ!」
「オニール、話を――」
「あなたのポイントは私が引き継ぐ。ぜったいに優勝してみせるから、私を信じて」
オニールは身をのりだして力説する。
おおいかぶさってくる彼女に、ロイはくちをぱくぱくさせながら後退する。
これは健全な距離ではない。だって何かいいにおいがする。しかも体勢が、いろいろとよろしくない。そのうえ彼女は、なぜまたがろうとしている。さすがにこれ以上は――。
ロイの動揺も知らず、オニールはさらにつめよる。
ついにロイは両手をあげて、さけぶように
「これ――
魔力欠乏症。その名のとおり、魔力が欠乏する症状であり、おもに自分の魔力量を
オニールはスッと身をひき、ロイから視線をそらした。
「あー……ほら、ロイは私を助けるために魔力欠乏症になったじゃない。だから、
「もういいから、寝かして!」
寝ると治ることから「
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