20

 九時の鐘がなり、教官たちが魔術競技場まじゅつきょうぎじょうにはいってきた。

 全員の目がそちらに向かう。


「集合!」


 シュワルツの大声が、場内に反響はんきょうする。

 今日も半そでにハーフパンツ。

 筋肉をもりあげながら、おおきな箱をかかえ、ゆかにそっと置いた。


「おはよう、諸君。校内魔術大会がやってきた。『校内』と名がついているが、毎年、孤島ことうに飛ばされるのは知っているな?」


 くすんだ金髪の男子生徒が手をあげる。

 友人にこづかれ、にやにやとくちをひらく。


「知りませーん!」


 ぎゃはは、と笑い声をあげる生徒に、傍観ぼうかんするケネスの、眉間のシワが深くなる。

 

 シュワルツは、いつもどおりに笑ってうなずいた。


「そういう生徒もいようかと、俺がわかりやすいボードをつくってきた!」


 シュワルツが上腕じょうわんにちからをいれると、ボンッと説明ボードがあらわれた。かいてあるのは、『10-17』と、表彰台ひょうしょうだいでよろこぶ人間、そして評価基準だ。

 独特どくとくな魔術に、ロイの左後ろのチームがどよめく。Sクラスの生徒だ。


「まずは大会の概要がいようだ。競技時間は10時から17時。17時の時点じてんで、いちばんポイントの多いチームが優勝だ」


 そして評価基準ひょうかきじゅんをゆびさす。


優勝ゆうしょうチームは、全員S評価。ポイント最多保持者さいたほじしゃは、個人優勝でS評価。その他、ポイント数におうじて評価があたえられる。17時まで残存ざんぞんした者は、A評価以上が確定かくていするから、くれぐれも無理はするな」


 シュワルツは背筋はいきんにちからをいれる。

 つぎの説明ボードがあらわれ、ロイの右後ろのチームが感嘆する。Sクラスの生徒だ。

 説明ボードには、人と腕輪うでわのようなもの。矢印やじるしで結ばれて、みどりのせんでかこんである。


「つぎにカウンターの説明だ。身につけると、からだに障壁しょうへきが張られる。魔術をはじいてくれるかわりに、一ポイントを相手にわたす。だから魔術によるケガはない!」


 シュワルツは高らかにわらい、胸筋きょうきんにちからをいれる。

 つぎのボードには、あくしゅをするふたりの人間が描かれている。

 ロイの真後ろのチームが、討論とうろんをはじめた。Sクラスの生徒だ。


任意にんいのポイント数を、あくしゅで譲渡じょうとできる。ただし、ひとり一回のみだ」

 

 シュワルツは、足元の箱から、ひとつとりだす。

 ふとい腕輪うでわのような形状だ。


「これがカウンター。うでにつけると、17時まで外れない。ポイントがゼロになると、一分以内に転移魔術てんいまじゅつが発動。ここに強制帰還きょうせいきかんだ」


 シュワルツは、緑色にひかる部分をゆびさす。


「ポイント数は、つけている者にしか見えない。だがこの色は指針ししんになる。3ポイント以上はみどり、2ポイントは、1ポイントはあか、ゼロポイントで敗北のしろだ!」


 そしてまたひとしきりわらうと、箱に手をおいた。


「よーし! ひとり一個、とりにこい」


 ダッシュをきめたのは、Sクラスの面々だ。

 カウンターを手にすると、すばやく数人であつまり、原理げんりを解明しようといじくっている。


「これが術式基盤じゅつしききばんか? タイルのようだ」

「なぜ色がかわる。そもそもポイントの概念がいねんをどう定義して、術式におとしこんでいる」

「この透明とうめいなカバーの素材はなんだ。魔獣まじゅうの消化袋か?」

「くそ。カバーはひらくが、基盤が外れない」


 カウンターがいきわたり、シュワルツは声を張る。


「全員、カウンターをうでにつけろ!」


 ロイは左腕にカウンターを通す。

 上腕のあたりで、カチリと音がしてロックされた。

 固い素材だとおもったが、当たりはやわらかく、うごきは阻害そがいされない。

 緑色の基盤を透かせば、「5」と浮かんだ。


「よろしいですか」


 メガネをかけた女子生徒が手をあげた。

 マスタード色のショートヘアは鳥の巣のよう、ロイは記憶のなかから彼女を名をさぐる――メアリ・サンドだ。


「なんだ」

素人質問しろうとしつもんで恐縮ですが、腕につけずに起きる弊害へいがいについて、ご説明ねがいます」


 シュワルツはメアリの言いたいことがわからず、首をかしげる。


「腕につけないと、失格しっかくだぞ」

「失格でも、17時0分までは返却の義務はありませんね」

「あ、ああ」

「ではそれで」


 ぽかんとするシュワルツに、メガネをかけた男子生徒が手をあげる。


「僕も失格でかまわないので、カウンター特殊障壁とくしゅしょうへきの原理解明に集中させてください」


 鼓舞こぶされたように、気弱そうな男子生徒が声を裏返しながらさけぶ。


「そ、そもそも! 構築概念こうちくがいねんのちがいを証明するために、腕につけたまま実験などありえません。特殊術具とくしゅじゅつぐは、法術ほうじゅつの区分である可能性を、否定しきれないというのに」

「君はまだそんなことを言っているのかい? おととし王立魔術研究所が発表した術具概念じゅつぐがいねんの論文を見ていないというならば、僕が懇切丁寧こんせつていねいに解説してあげないこともないがね!」


 みかねたケネスは、魔術オタクの集団にむかう。


「本件は学期内考査がっきないこうさ。正当な理由なき欠席けっせきはみとめられん」

「お言葉ですがケネス教官。本件の主旨しゅしは『魔術への理解・知識を深め、技術の向上にする活動を行うこと』。大会活動に限定する文言もんごんは見当たりません」

「評価者は私だ」

「教官に納得いただける論文ろんぶんの作成に、全力をくします」

「そういう意味ではない」


 ケネスの周囲に、生徒がむらがる。


「教官! 『任意によるポイント譲渡可』という、任意の定義についてどうお考えでしょうか」

「条件づけで発動される転移魔術は、指定軸修正率していじくしゅうせいりつにどのような影響をあたえますか」

「ケネス教官! あなたは毎年、カウンターを見ているのでしょう!」


 生徒たちにとりかこまれ、ケネスはあごをあげる。


「ふん……それほどまでに魔術バカとは。しかたない。開始まで、特別講義だ」


 わあっと生徒たちに歓声があがる。

 ガラス張りの天井から、かれらを祝福するように、光が差しこんだ。




「……では参加者組は、説明をつづけるぞー!」


 シュワルツはケネスたちに背をむけ、いつもどおりに笑う。

 そのきりかえのはやさに、ロイは感心した。 


「ここにリュックがある。中身は四人分の水と携行食けいこうしょくだ。一班、ひとつずつとりにこい」


 ルークが長い足をのんびりうごかしたので、ロイはまかせる。

 カウンターのぼんやりひかる緑が気になり、透明なカバーをめくる。

 さきほど誰かが言っていたように、基盤きばんはしっかりとカバーに張りついている。


「なにやってるの」


 オニールの問いに、ロイは顔をあげる。


「とれないかなって。交換できたら、戦術が増えるだろ」


 もどってきたルークは、リュックを手に苦笑する。


「難しいんじゃないかな。このカウンター、裏をかけないように、年々改良されているらしいよ」 

先人せんじんたちでも思いつかない奇策きさくか……」


 かんがえこんでいると、シュワルツの声が聞こえた。


「チームで手をつなぎ、転移魔術陣の上へ。孤島のどこかに到着するが、手をはなすとはぐれるから気をつけろ!」


 顔をあげると、それぞれの教官のまえで、転移魔術陣が光をはなっていた。 


「Sクラスはケネス教官の魔術陣だ。いこう、ロイ」


 ルークがうながす。

 となりのアンジェリカとオニールも、ロイをみてうなずいた。


 ふとロイは思う。

 このチームで優勝をつかむ。ならば、できることはやるべきだ。


「手をつなぐより、おたがいの手首をつかもう。だれかがいなくならないように」


 ロイの提案に、三人はうなずく。

 男女交互に手首をつかみ、片眉をあげるケネスの魔術陣に入る。

 そして円陣えんじんを組み、ロイは腹から声をだす。


「いくぞー!」

『おー!!』


 魔術陣が発光し、視界と平衡感覚へいこうかんかくがぶれた。

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