19

 魔術大会まじゅつたいかいがやってきた。

 日の出とともに目覚めたロイは、しっかりと朝食をる。

 スポーツウェアに着替え、ポケットに懐中時計とサバイバルナイフを仕込む――ポケットに入るものに限り、持ち込みは自由だ。


 集合は、午前九時に魔術競技場まじゅつきょうぎじょう

 八時半にロイが着いたときには、すでに大勢の生徒がいた。

 

 はじめて見る顔は、AクラスかBクラスの生徒だ。

 一クラス三十人前後なので、全部で約九十人。

 黒いスポーツウェアは、ぽつぽつと固まっている。


 ロイは呼吸をととのえながらあるく。

 緊張感のある空気は、狩猟前のよう、しずかな闘志とうしが燃えている。

 どこでも目立つきらっきらの銀髪をめざせば、ルークはふだんどおりに手をあげた。


「おはよう、ロイ。今日はよろしく」

「おはよう、ルーク。こちらこそ」


 こちらも手をあげ、そのままハイタッチを決める。

 気合は充分。

 

 しばらくして、オニールとアンジェリカが入ってきた。

 ロイはほそく息をはき、顔をあげてふたりへむかう。


 ロイに気づき、ふたりが足をとめる。

 ロイは一直線にオニールのもとへ行き、いきおいよく頭をさげた。


「オニール。昨日は悪かった。本当にごめん」


 相手がうろたえる気配がしたが、ロイはそのままの体勢でまつ。


「……わかったわ」


 つぶやくような声がした。

 ロイはからだを起こし、ふたりをまっすぐみつめる。


「いっしょにがんばろう」


 ロイはかるく笑む。

 ルークがやってきて、ロイのかたに腕をかけた。


「おはよう、ふたりとも。今日はまた一段とかわいいね」


 ロイはおもわずルークを見やる。


「気の抜けるあいさつはやめろ」

「え? だって俺、ふたりが髪をむすんでいるところ、はじめて見たんだもん」


 ルークにいわれ、あらためてふたりを見る。

 高い位置で結んだおそろいのポニーテールは、名前のとおり馬のしっぽのようだ。


「たしかにかわいいな」


 さらりと発言したロイに、ルークはあぜんとする。

 そんなルークにフッと笑い、ロイは彼のうでをはらいおとす。


 シャルルが入ってくるのが見えた。

 ロイはひとりでシャルルのもとにむかう。


「おはよう、シャルル」

「ロイくん」

「おなじ特待生とくたいせいとして、今日は正々堂々と戦おう」


 ロイは右手をさしだす。

 シャルルはそれを一瞥いちべつし、スッとロイとすれちがう。


「甘いこと言うんだね」


 ロイはふりむき、シャルルの背に告げる。


「――どちらかというと、苦かったな」

 

 シャルルの足がとまる。

 しかしそれは一瞬のこと、彼はふりかえらずに歩いていった。


 ロイは目を細める。

 ゆさぶりは成功だ。

 そのうえ真実をぶち当てたらしい――これは使える。


「ロイ、悪い顔してる」

「おっと」


 ルークと目配せをし、ふたり同時に口角をあげた。


 


 さかのぼること三日前。

 デビルの夜、ロイはシンドラを持って、ルークの部屋をおとずれた。

 果敢かかんに再戦をいどむも、結果は惨敗ざんぱい

 圧倒的なちからの差に、ロイは天井をあおぐ。


「くっそー! とちゅういけると思ったのに」

「うん、やばかった。だいぶ強くなったね、ロイ。――ところでさ」


 シンドラを片付けながら、ルークはなにげなく問う。


「ロイはどこまで残酷ざんこくになれる?」


 ロイは気負きおわずこたえる。


「ルークの予想よりは」


 そっか、とルークがいい、デスクからぶあつい手帳てちょうをとりだした。

 色とりどりの付箋ふせんが、上下左右についている。

 魔術大会の戦略か、と背筋せすじをのばすロイに、ルークは手帳をひらきながら問う。


「シャルルの弱み、おしえてよ」

「よわみ」

「彼がダントツに油断ゆだんならない。チームのくじも取り替えてたし」

「それ、ケネス教官にバレずにやったのか!?」


 ルークはひとさしゆびを口にあてる。

 ロイは手を口にあて、うなずく。


「ケネス教官はきづいていたよ。だから、くじのとりかえは違反じゃない」

「まさか」 

「教官は『ひとり一枚くじを引き、自分の番号・・・・・の下に、名前を書いていけ』と言った。引いたくじの番号、じゃなくてね」

「……あの一瞬で、シャルルはそれに気づいたのか。たしかに油断ならないな」


 深刻につげると、ルークはあっさり笑う。


「なに言ってるの。そんなの、ケネス教官が教えたに決まってるじゃん」

「は?」

「たしかに意外だけど、彼も人の子なんだよ」

「ちょっとまて。何のはなしだ」


 かみあわない会話にルークをみれば、彼はぽかんとロイを見やる。


「うそ……ロイはそこまで他人に興味が無い? シャルルと友達だよね?」

「いまも友達かは知らないが」

「そうじゃなくて。――シャルル・ツヴァイクは、ケネス・ツヴァイクのおいだ」


 こんどはロイがぽかんとする番だった。


「シャルル・ツヴァイク?」

「あー、そこからか。もしかしてクラスメイトのフルネームをごぞんじない」

「ない」

「たった27人なのに、おぼえる気がない、と」

「書くな書くな」


 ルークが手帳に筆記するのを、てのひらで邪魔する。

 ついでに中身をのぞこうとして、ひょいと遠ざけられる。


「で? シャルルの弱みは?」


 真剣しんけんな月の瞳に、ロイも真剣に考える。

 小柄な体格、術具じゅつぐに目がない、謙遜けんそんはするが卑屈ではない――どれも見ていればわかること。

 ロイの目線からしか気づかないことといえば、カフェテリアに誘われたとき、場の空気に無頓着むとんちゃくだったところか。


「ルークとおなじで空気がよめない」

「読んだうえで無視しているに決まってるでしょ。ほかは?」

「うーん……」


 ロイは熟考じゅっこうするが、まったくなにも出てこない。

 頭をひねり、首をひねり、困ってルークを見ると、彼は苦笑した。


「そう簡単にすきは見せないか。じゃあさ、シャルルとはなさなくなった理由は?」

「国立図書館で、俺が居眠いねむりをしたから」

「居眠り? ロイが?」


 ルークに聞きなおされ、ロイははたと気づく。

 そういえば、なぜ居眠りをしたのだろう。眠気ねむけを自覚した記憶すらないというのに。


「ロイ?」

「――ちょっとまて」


 ルークの問いを手でせいし、考える。

 どうしてシャルルは、眠っているロイを放置した。ロイが門限にまにあわないことが、シャルルの利益につながるのか。門限破もんげんやぶりで、評価一ランク降格。特待生剥奪。そして退学。きっとそれは、シャルル・ツヴァイクではなく、ケネス・ツヴァイクの利益。


 ケネスが黒幕くろまくなら、積極的に攻めるはずだ。

 相手を眠らせる、いちばん簡単な方法は――。


「あー、なんかわかったかも」


 野菜畑味のジュースを思いだし、ロイは顔をしかめる。

 あの感じたことのない苦みは、きっと薬だ。


「だいじょうぶ? ロイがいやなら、俺がやるけど」


 めずらしく気づかわしげなルークに、ロイはくつくつとわらう。


「――まさか。やっと理解した。ケネス教官のかかげる『魔術は精神力』の意味を」

「なんだ、乗り気か」

「精神をけずるほうに重点をおく。そうだろ、ルーク」


 にやりと告げると、ルークは月の瞳を細めて笑った。

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