21

 転移先は森だった。

 しっかりつないだ手首のおかげで、無事に四人がそろっている。

 いまさらながらに、オニールとアンジェリカの手首のほそさをかんじ、ロイはパッと手をはなす。


「森だから、ロイがリーダーだね」

「まかせろ」


 作戦会議のときに、それぞれ得意なフィールドをあげていた。

 ロイは狩猟しゅりょうで親しんだ、森と山。

 この孤島ことうには、平地や海辺もあり、どこにでるかは運しだい。

 着いた地形により、リーダーを決めることにしていた。


「このリュック、けっこう重いから、俺が持ってるね」

「頼む。あとで変わるわ」


 ルークに手をあげ、ロイは周囲をみわたす。

 ちかくに地面が切れている場所があった。

 大木が何本も生えており、そういう場所はすぐにくずれる危険はすくない。ふといっこが、地面を補強ほきょうする役割をもつからだ。

 ちかづいてみると、がけになっている。

 大木に手をつきのぞきこむと、数メートル下の道を、別チームが歩いているのを見つけた。


「ロイ、きをつけて――」

「下にいる」


 ルークはすぐに口をとじる。

 オニールとアンジェリカを手招てまねきすると、神妙な顔でちかづいてきた。 


「Sクラスじゃないよな」


 ロイは小声でルークに確認する。


「たぶん、Bクラス」


 ルークも小声で返答する。


「どうするの? やるんでしょ?」


 小声のオニールは、表情が固い。

 アンジェリカは、ふわりとほほえんだ。


「はじめての連携魔術れんけいまじゅつ、たのしみですね」


 おもったより好戦的なアンジェリカに、顔をみあわせる。

 アンジェリカは気にせず、小首をかしげてつづけた。


「まず私が、目くらましの光魔術を放って――」


 アンジェリカの言葉を、ロイはひきつぐ。


「俺の土魔術で、やつらの足元をへこませ、体勢をくずす」


 オニールを見ると、彼女はうなずく。


「私が氷魔術で、ほそい矢を量産し――」

「俺が風魔術で、それをぶつける。よし、やってみよう」


 ルークの言葉に、全員がうなずく。

 そうして一斉いっせいに魔術の構築をはじめた。




 ロイの瞳に、できあがっていく術式じゅつしきがうつる。ロイはこの幻想的な感覚が好きだ。使っているのは視覚しかくではない。全身にめぐらされた魔力回路まりょくかいろ――そこからほとばしる魔力が、四肢ししに、脳に、あるいは瞳に作用し、自身の魔力の軌跡きせきを見せるのだという。


 可視化かしかした魔力で、術式を描くのが『構築こうちく』であり、完成にいたってはじめて他者の目にも映るようになる。


 アンジェリカの背後に、金色の魔術陣がうかびあがる。

 ロイはいそいで自分の術式を完成させる。


「――術式展開じゅつしきてんかい!」


 アンジェリカの声に、おくれてロイもつづく。


「術式展開!」


 崖下がけしたから悲鳴がきこえた。

 ロイはすぐさま確認するが、転んでいるのはひとり。すこしずれたらしい。

 オニールは氷の矢を降らせ、ルークはそのスピードを強化させる。

 しかし、ばらばらに逃げ出す獲物えものに、命中率はひくい。

 

 すぐさま次の構築にうつる。

 アンジェリカはちいさな光球を、ボールのように投げつける。

 当たった生徒は自身のカウンターをみて、あたまをかかえた。

 シュッと生徒がえる。あれが強制帰還か、と観察しているひまはない。ロイは東に逃げる生徒の足元あしもとを、土魔術で盛りあげた。

 ころぶ生徒に、オニールの矢が当たる。しばらくして、生徒の姿がかききえた。


「あとふたり!」


 こちらの位置はすでにバレて、むこうからも火球が飛んでくる。

 ルークは風魔術で軌道きどうを反転させ、火球を製作者にぶつけた。

 火球はカウンターの障壁にはじかれる。そうしてその生徒も姿を消した。


「へえ。こういう攻撃も有効なのか」


 ルークはあごに手をあて、うなずく。

 最後のひとりは実験台。連携魔術のタイミングをたしかめながら、おもいきりぶつけていく。

 あわれな男子生徒の姿がかききえ、チームははじめての勝利をつかんだ。




 ルークは枝で、さきほどの戦況図を地面にかく。


「戦闘スピードに、連携れんけいが追いつかなかった感じかな」

「おもったより、バタバタしたな」

「逃げられると、むずかしいです」

「ルークが、相手の攻撃をらしてくれたのは、助かったわ」


 ロイはうでぐみをして、天をあおぐ。


「人間を狩ったことがないから、想定外がおおいな」

けものと逃げ方がちがう?」


 ルークの問いに、ロイは首をかしげる。


「反撃の命中率が、こちらより高いだろ。風上かざかみから攻撃して、ポイントを逆に奪われる可能性は、考えてなかった」

「ルークは、防御ぼうぎょに専念したらどうかしら」


 オニールは提案する。


「わたしたちは攻撃に専念する。役割分担がはっきりしていたほうが、まよわない気がするの」


 アンジェリカはうなずく。


「ひとりずつ倒すのはどうでしょう。地形や方角などを見て、ロイくんがたおしたい相手を転ばせるんです。そこに私とオニールが総攻撃をかけ、いなくなったらまたつぎのひとに――」


 六つの瞳に凝視され、アンジェリカは首をかしげる。

 オニールが咳ばらいをした。


「な、なかなか、容赦ようしゃのない戦術ね」


 アンジェリカはまたたき、ふわりとほほえむ。


「週末に、お兄様に相談にのっていただいたんです。対・魔獣の戦術ですが、お役に立てばうれしいです」


 ロイはうなずく。


「ひとりずつ倒す、というのはとてもいい。次の獲物チームでやってみよう」


 ロイは足で地面の絵を消す。

 全員がたちあがったとき、そばのしげみがガサリとゆれた。

 すぐさま四人は魔術を構築する。

 背のたかい草がおおきくゆれて、くすんだ金髪の男子生徒があらわれた。


「やっとひとに会えた~、ってちょっとまって!」


 両手をあげ、無抵抗をアピールしてくる。

 ルークは小声でロイに問う。


「どうする、リーダー」

わなだろ」

「泳がせてみる?」


 ロイはまよう。数のうえではこちらが有利。しかし裏をかかれないとはかぎらない。常に気を張るのも疲れる。やはりここは、ひとおもいにポイントを奪うのがおたがいのため――。


「俺、ひとりだけ別の場所に飛ばされちゃって。もー、喉カラカラ! おねがい、水わけて!」


 男子生徒は、アンジェリカに両手を合わせる。

 アンジェリカはうなずき、リュックをしょっているルークを見やる。


「アンジェリカ。他人にほどこしている余裕はないんだよ」

「わけるのは、私の水だけ」


 アンジェリカは、ルークにスッと手を出す。

 ルークはためいきをついて、リュックから一本の水筒をとりだした。


 アンジェリカから水筒をうけとり、男子生徒は喉をならす。


「はあー、生き返った! ありがとう、アンジェリカ」 


 男子生徒は下手なウィンクをして、アンジェリカにちかづく。


「俺はディコイ。ディーくんって呼んでね」


 水筒を返すついでにアンジェリカの手をにぎろうとして、サッと避けられていた。

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