8
「ねえ、君。よかったら、一緒にカフェテリアに行かない?」
午前の授業が終わり、教科書を片付けていたロイは、肩をつつかれる。
ふりかえると、空色の髪の男子生徒が、笑顔を浮かべていた。
「ぼくはウィリアム・ウィルソン。ウィルソン
「ロイ・ファーニエ」
「ファーニエ? どこにあるの?」
「王都から西の方角にある高原地帯だ」
ふうん、とウィリアムはそっけなくあいづちをうつ。
毛先をいじりながら、つくえによりかかる。
「それにしても、ケネス教官の授業は、配慮が足りないよね。早すぎるうえに、わかりにくい。国内最高峰の学院っていうから楽しみにしていたのに、職員のレベルもこんなものかってかんじ」
「そうか? けっこうおもしろいぞ」
「……君って変わってるね。やっぱり
ほかの特待生を知らないので、ロイはなにも答えない。
ウィリアムは、焦れたように口をひらく。
「ウィルソン伯爵家が雇っている家庭教師は、とても優秀でね。本当に頭のいい人間は、相手に伝わるように心を砕く重要性を理解している。ロイもそう思わない?」
「はあ」
「ところでファーニエ家は伯爵? それとも
「
「えっ、男爵家なのにSクラスなの!?」
ウィリアムの大声は、教室にのこっていた生徒たちの視線を集めた。
ウィリアムはわざとらしく手を口にあて、目をほそめて体を引く。
「どうりで話が合わないと思った! ごめんね、男爵家の人間に、伯爵家のぼくが話しかけちゃって。ぼくは全然、身分とか気にしないから、
教室がざわめく。
「なあに?」
「あの特待生、男爵家ですって」
「だからみすぼらし……つましい
「失礼だよ。
ロイはショルダーバッグをもち、ウィリアムをふりかえる。
なぜか彼は
「わるいが、行くところがある」
「あ……ああ」
ウィリアムの
「あなたはとてもきれいだ」
ロイはうっとりと話しかける。
ずっと会いたくてたまらなかった。
ロイの気持ちなどしらない彼女は、ふしぎそうに小首をかしげる。
前髪が風になびく。そのうつくしい頬に、そっと指をのばす。
「ふれてもいい? ……くすぐったい? ほんとうにかわいいね」
張りのある肌はなめらかで、ロイはおもわず喉をならす。
すこしずつ距離を縮め、その愛らしい顔に、そっと頬を寄せる。
彼女はまるい瞳でロイをみつめ――ブルルッとおおきく鼻を鳴らした。
「――そいつ、
一輪車を押しながら、
「だいじょうぶ! もう噛まれてる!」
左腕を
ショルダーバッグからニンジンをとりだすと、
ひたいから鼻まで
おさわりは別料金らしい。
「あぁー、たのしい!」
昨日マルシェで買ったニンジンは、五十本で800Ð。それを馬にやりながら、ロイも一本、生のままかじる。
ニンジンは甘みがあり新鮮だ。
ポリポリと
中央の通路は、とてもひろい。馬をつれた厩務員どうしが、もんだいなくすれ違っている。
たかい天井には、円形の
ずらりとならぶ高窓からは、きもちのいい風と光がはいってくる。
ロイはとなりの馬房に顔をだし、掃除する厩務員に声をかける。
「なぜワラじゃないの?」
「ワラは高い。それに手間だ」
厩務員は、よごれたウッドチップをシャベルですくい、通路の一輪車にのせる。
馬の尿がかかったウッドチップは、茶色いので
「たしかにワラは、汚れがわかりづらいよね。雨がつづくと
厩務員は、意外そうに片眉をあげた。
「ぼっちゃんが馬小屋の掃除か?」
「馬がいたら、世話したいだろ」
厩務員はにやりとわらう。
「ここには馬連れで入学したご令息もいらっしゃるが、世話はすべて俺らまかせだ。な、シーナ」
そういって、ロイがかまっていた馬をなでる。
彼のたくましい左上腕に、
「シーナというのか。きれいなあなたに、ぴったりの名前だ」
厩務員が吹きだす。
「牝馬を口説くな」
「だって見てよ、このうつくしい毛並み」
「おまえがいばるな。――俺はバルザック。ここの厩務員になって十二年だ」
「ロイ・ファーニエ。ここに入学して二日。よろしくね、シーナ」
よびかけると、シーナの耳がロイの方にむく。
こちらに注意を向けている
愛らしさにデレデレするロイに、バルザックは問う
「それで? ロイはニンジンやりにきただけか?」
ロイはちらりとバルザックを見上げる。
ロイの瞳に期待の色をみつけて、バルザックは肩をすくめた。
「ほう。うまいな、あの生徒」
二階の教職員室から、シュワルツは馬場をながめる。
食後のコーヒーをすすりながら、行儀悪く
重い筋肉に、
おだやかな昼休み、馬場で男子生徒が乗馬をしている。
別段、めずらしいことはない。
シュワルツがおや、とおもったのは、彼が乗騎している馬だ。
栗毛で、
そのうちに、生徒は馬の歩法を変えていく。
ぶれない上半身と、主導権をにぎる
「どうしたんですか~?」
まのびした声で、精霊学教師のスーザンが、窓をのぞきこむ。
「あら~、あの馬、リビですよ。よく乗りこなしていますねぇ」
気難しく強情な性格で、気に入らない生徒はぜったいに乗せないことで有名だ。
しかし男子生徒は、リビの歩幅までコントロールしはじめる。
ちょこちょことした駆足は、リビがおどっているよう、生徒の紅茶色の髪もふわふわ揺れる。
「うわ~、たのしそうですねぇ。あ、ケネス教官。おもしろいものが見られますよ」
スーザンは、とおりかかったケネスを
ケネスはいぶかしげに窓にちかづき、眉間にシワをきざんでつぶやく。
「……
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