7
ロイの朝は早い。
日の出とともに起きだして、身なりをととのえ、散歩する。
食べられる野草を
森といっても敷地内、しっかりと手入れがされている。
木々はてきどに
枝葉を抜けた日差しが、シャワーのようにふりそそぎ、地面をまだらに照らしている。
すみきった朝の空気を吸いこむと、体がすっきりと目覚めていく。
しばらくあるくと、
高さはロイの身長ほど、幅は
まるい葉っぱのつる植物が、からまりながら
「なんか見たことあるような……」
つるつるした緑の葉は、ロイのてのひらより大きい。
なにげなく
「キウイだ!」
たまごぐらいのおおきさに、細かい毛がびっしりと生えている。
さっそく味見しようと、おりたたみナイフをとりだす――これはアウトドア用のマルチツールなので、ハンティングナイフとは別だ。だから、約束違反ではない。
おりたためば小指ほどの長さしかなく、ブレードもちいさい。だから細かな作業に向いていて、とても使い勝手がいい。ハンドルの底には、鋭いハサミがついているし、爪やすりの先端はマイナスドライバーにもなっている。
木製ハンドルはうつくしい焦げ茶色のウォールナット。
ポケットに忍ばせておけば、なにかのときに役に立つ――べつに
宛先不明のいいわけをならべて、ロイはハサミでキウイを収穫する。
ナイフで皮をむくと、みずみずしい黄緑色があらわれた。
かぶりつくと、野性味あふれるするどい酸味と、にじみでるような甘みが、口いっぱいにひろがった。
たっぷりの果汁が、体に染みわたっていく。
「これはジャムにすべきだな」
そういいながら、またひとつ、もうひとつと食べていく。
そこかしこに
舌が酸味でしびれてきたころ、ロイはようやく食べるのをやめた。
グイと口をぬぐい、ポケットから学院の案内図をとりだす。
現在地を指で押さえ、呼吸をととのえる。
「――
ロイの眼前に、ちいさな魔術陣があらわれる。
古代文字にうめつくされた紅茶色の二重円は、魔力とともに濃淡をくりかえす。
「
スッと魔術陣が消失した。指をどけると、ちいさな赤点がついている。
いつもどおり成功したことより、赤点が増えたことに頬がゆるむ。
これを地道につづけていけば、ロイ専用の「おやつマップ・学院版」が完成する。
ロイは収穫用のメッシュ袋をとりだし、ハサミでキウイを収穫していく。
「採取は天の気分まかせだからなぁ」
そう都合よく食材を獲得できるとはかぎらない。
だから金を使わないことではなく、増やす方法を考えなければ。
「王都で仕事をさがしてみるか」
考えながら収穫していたら、メッシュ袋からキウイがあふれだしていた。
しかたなく二枚目をとりだし、こぼれた分をいれていく。
「よし、おわり!」
両手にキウイの袋をもって、ロイは寮まで全速力ではしる。
一時間目がはじまるまえに、ジャムを完成させるために。
授業は八時半からはじまる。
ぎりぎり教室に飛びこんだロイは、あいている最前列にすわる。
「それでは、
それを聞いて、ロイはショルダーバッグから魔術学の教科書をとりだす。
Sクラスの
だから何の授業がはじまるか、とっさにはわからない。
今日こそは時間割を書き写そうと、ロイは掲示板をちらりとみてから授業に集中していく。
ケネスの教え方はわかりやすい。
それが座学六科目にもおよぶのだから、彼の能力の高さに感心するばかりだ。
「――であるからして、
ケネスの
しゃべりながら書き、教科書はほとんど見ない。
教室内に、生徒たちのすさまじい筆記音が満ちる。
皆が手にするのは、
二年前に、スタンレー公爵領で発明された、
卓上での利用に特化しており、羽ペンとちがって単体で文字が書ける。
インクがはいった「リフィル」と呼ばれるちいさな筒を、
羽ペンよりはるかに持ちやすい胴軸は、
ペン先は金、ちいさな文字を書いても黒つぶれしにくいので、ノートが節約できていい。
しかしとってもお値段が高い。
価格はペン先の良し悪しではなく、胴軸の素材で決まる。
王都に住む兄に、入学祝として送ってもらったが「これしか手がでなかった」との手紙つきで、木製のデスクペンが同封されていた。
石製や
そのうえリフィルも一個1,000Ðするので、これでどれだけもつのか、ロイはびくびくしながらノートをとっている。
授業中はしかたなくデスクペンを使用するが、それ以外はもっぱら羽ペンだ。
ペン先が劣化したら、マルチツールのナイフで削り直せばいいし、インクもビン入りならば高くはない。
デスクペンはたしかに書きやすい。
昨年度、王立騎士団で全面的に採用されたと聞く。指定学用品になっているということは、いまのうちから慣れておけということだ。学院を卒業すれば、たいていが王城で働くのだから。
ついにケネスは
右半分に書きながら左半分を消し、つぎは左に書きながら右を消す。
ロイは必死でついていく。
耳で聞き、目で教科書を追い、黒板の文字だけではなくケネスの言葉も書きまくる。限界まで五感と脳をつかう感じがたまらない。どんどん楽しくなっていく。
鐘が鳴る。
ケネスはピタリと手をとめた。
「ではここまで。……これだけしか進まないとは。すこしていねいにやりすぎたか」
おそろしいひとりごとを残して、ケネスはさっさと退室した。
ロイはおおきく息をはく。
学ぶことが楽しい。わかることが楽しい。
心地よい疲労感に、つぎの授業がたのしみだ。
「二限目は数学か」
休憩は十分間。
いまのうちに時間割表を書き写そうと、ノートの最終頁をひらき、
左の縦枠に1から5の数字を書く。
授業は午前に四コマ、午後に一コマ。四十五分間の授業のあとに、十分の休憩がはいる。
つぎに、平日の曜日を書き入れる。
――
そして教科欄。数学に国語、社会、体育、古代語に経営学――。
魔術学は毎日あるし、風曜日など二コマつづきだ。
数えてみると、一年生は全部で十一教科あった。
S評価への険しさをあらためて確認したところで、休憩終わりの
バッグから数学の教科書を出したと同時に、教材を手にしたケネスが入室する。最前列のロイを見て、眉間にシワが三本増えた。
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