ロイの朝は早い。

 日の出とともに起きだして、身なりをととのえ、散歩する。

 食べられる野草をみながら、西の森にむかって歩く。


 森といっても敷地内、しっかりと手入れがされている。

 木々はてきどに間伐かんばつされて、平らな地面はあるきやすい。

 枝葉を抜けた日差しが、シャワーのようにふりそそぎ、地面をまだらに照らしている。

 すみきった朝の空気を吸いこむと、体がすっきりと目覚めていく。


 しばらくあるくと、やぶがあった。

 高さはロイの身長ほど、幅は四馬身よんばしんほどもある。

 まるい葉っぱのつる植物が、からまりながら繁茂はんもする。


「なんか見たことあるような……」


 つるつるした緑の葉は、ロイのてのひらより大きい。

 なにげなくまくると、そこには黄土色の果実が、いくつもりさがっていた。

 

「キウイだ!」


 たまごぐらいのおおきさに、細かい毛がびっしりと生えている。

 さっそく味見しようと、おりたたみナイフをとりだす――これはアウトドア用のマルチツールなので、ハンティングナイフとは別だ。だから、約束違反ではない。

 おりたためば小指ほどの長さしかなく、ブレードもちいさい。だから細かな作業に向いていて、とても使い勝手がいい。ハンドルの底には、鋭いハサミがついているし、爪やすりの先端はマイナスドライバーにもなっている。

 木製ハンドルはうつくしい焦げ茶色のウォールナット。

 ポケットに忍ばせておけば、なにかのときに役に立つ――べつにかくしているつもりも、やましい気持ちも、これっぽっちもないが。


 宛先不明のいいわけをならべて、ロイはハサミでキウイを収穫する。

 ナイフで皮をむくと、みずみずしい黄緑色があらわれた。


 かぶりつくと、野性味あふれるするどい酸味と、にじみでるような甘みが、口いっぱいにひろがった。

 たっぷりの果汁が、体に染みわたっていく。


「これはジャムにすべきだな」


 そういいながら、またひとつ、もうひとつと食べていく。

 そこかしこにるキウイは、食べても食べても、まったく減らない。

 舌が酸味でしびれてきたころ、ロイはようやく食べるのをやめた。


 グイと口をぬぐい、ポケットから学院の案内図をとりだす。

 現在地を指で押さえ、呼吸をととのえる。


「――構築こうちく、マッピング。指定範囲、指先」


 ロイの眼前に、ちいさな魔術陣があらわれる。

 古代文字にうめつくされた紅茶色の二重円は、魔力とともに濃淡をくりかえす。

 

術式展開じゅつしきてんかい


 スッと魔術陣が消失した。指をどけると、ちいさな赤点がついている。

 いつもどおり成功したことより、赤点が増えたことに頬がゆるむ。

 これを地道につづけていけば、ロイ専用の「おやつマップ・学院版」が完成する。

 ロイは収穫用のメッシュ袋をとりだし、ハサミでキウイを収穫していく。


「採取は天の気分まかせだからなぁ」


 そう都合よく食材を獲得できるとはかぎらない。

 だから金を使わないことではなく、増やす方法を考えなければ。


「王都で仕事をさがしてみるか」


 学則がくそくに労働の禁止事項はないが、いちど院長に確認してからのほうが安全かもしれない。


 考えながら収穫していたら、メッシュ袋からキウイがあふれだしていた。

 しかたなく二枚目をとりだし、こぼれた分をいれていく。


「よし、おわり!」


 両手にキウイの袋をもって、ロイは寮まで全速力ではしる。

 一時間目がはじまるまえに、ジャムを完成させるために。






 授業は八時半からはじまる。

 ぎりぎり教室に飛びこんだロイは、あいている最前列にすわる。

 かねと同時にケネスが入室してきて、ロイをみて眉間のシワを二本増やす。


「それでは、魔術学まじゅつがくの授業をおこなう」


 それを聞いて、ロイはショルダーバッグから魔術学の教科書をとりだす。

 Sクラスの座学ざがくは、ほとんどケネスが担当する。

 だから何の授業がはじまるか、とっさにはわからない。

 今日こそは時間割を書き写そうと、ロイは掲示板をちらりとみてから授業に集中していく。


 ケネスの教え方はわかりやすい。

 それが座学六科目にもおよぶのだから、彼の能力の高さに感心するばかりだ。


「――であるからして、魔力粒子まりょくりゅうしは自然界の産物であり――」


 ケネスの板書ばんしょの速さが、尋常ではない。

 しゃべりながら書き、教科書はほとんど見ない。

 教室内に、生徒たちのすさまじい筆記音が満ちる。


 皆が手にするのは、指定学用品していがくようひん「デスクペン」。

 二年前に、スタンレー公爵領で発明された、画期的かっきてきな筆記用具だ。

 卓上での利用に特化しており、羽ペンとちがって単体で文字が書ける。

 インクがはいった「リフィル」と呼ばれるちいさな筒を、胴軸どうじくに入れるので、長時間の筆記が可能だ。インクビンが不要なら、たおす危険もない。


 羽ペンよりはるかに持ちやすい胴軸は、尾軸おじくにかけてシュッとすぼまる。

 ペン先は金、ちいさな文字を書いても黒つぶれしにくいので、ノートが節約できていい。


 しかしとってもお値段が高い。

 価格はペン先の良し悪しではなく、胴軸の素材で決まる。

 王都に住む兄に、入学祝として送ってもらったが「これしか手がでなかった」との手紙つきで、木製のデスクペンが同封されていた。

 石製や牛角製ぎゅうかくせいなどは数十万Ðもするらしい。

 そのうえリフィルも一個1,000Ðするので、これでどれだけもつのか、ロイはびくびくしながらノートをとっている。


 授業中はしかたなくデスクペンを使用するが、それ以外はもっぱら羽ペンだ。

 ペン先が劣化したら、マルチツールのナイフで削り直せばいいし、インクもビン入りならば高くはない。


 デスクペンはたしかに書きやすい。

 昨年度、王立騎士団で全面的に採用されたと聞く。指定学用品になっているということは、いまのうちから慣れておけということだ。学院を卒業すれば、たいていが王城で働くのだから。


 ついにケネスは無詠唱魔術むえいしょうまじゅつで、黒板消しをあやつりながら板書ばんしょしはじめた。

 右半分に書きながら左半分を消し、つぎは左に書きながら右を消す。


 ロイは必死でついていく。

 耳で聞き、目で教科書を追い、黒板の文字だけではなくケネスの言葉も書きまくる。限界まで五感と脳をつかう感じがたまらない。どんどん楽しくなっていく。


 鐘が鳴る。

 ケネスはピタリと手をとめた。


「ではここまで。……これだけしか進まないとは。すこしていねいにやりすぎたか」


 おそろしいひとりごとを残して、ケネスはさっさと退室した。


 ロイはおおきく息をはく。

 学ぶことが楽しい。わかることが楽しい。

 心地よい疲労感に、つぎの授業がたのしみだ。


「二限目は数学か」


 休憩は十分間。

 いまのうちに時間割表を書き写そうと、ノートの最終頁をひらき、枠線わくせんをひいていく。


 左の縦枠に1から5の数字を書く。

 授業は午前に四コマ、午後に一コマ。四十五分間の授業のあとに、十分の休憩がはいる。

 つぎに、平日の曜日を書き入れる。

――ルーナサラマンダーウィンディーネシルフデビルっと。ノームソルはやすみだな。

 そして教科欄。数学に国語、社会、体育、古代語に経営学――。

 魔術学は毎日あるし、風曜日など二コマつづきだ。

 数えてみると、一年生は全部で十一教科あった。


 S評価への険しさをあらためて確認したところで、休憩終わりのかねがなる。

 バッグから数学の教科書を出したと同時に、教材を手にしたケネスが入室する。最前列のロイを見て、眉間にシワが三本増えた。

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