エリマキバトをおいしく食べおえたロイは、なぜか院長室に連行れんこうされた。

 気品ある室内は、はりつめた空気で息苦しい。

 ふかふかの絨毯じゅうたんは白、土足どそくでは気がひけた。


 部屋の中央に、ロイは立たされる。

 左となりにキャリーケース、右となりには、ロイを連行してきた男性教官。


 父親ぐらいの年だが、陽気な父とはちがい、気難しい印象だ。

 きっちりと撫でつけられた髪に、眉間に刻まれた深いしわ。

 高級そうなスーツを、一分いちぶすきもなく着こなしている。

 視線にきづいた教官にじろりとにらまれ、ロイはあわてて前をむく。


 重厚なデスクに座るのは、年配の女性だ。

 背後の窓からの光に、シルバーグレイの髪がきらめく。

 ロイの祖母ほどの年齢にみえるが、厳格さが浮きでた顔は、にこりともしない。

 知性がにじむ強い瞳は、他人の胸の奥までも見透かすことができそうだ。


 ロイは暗記した学院案内書を脳内でめくる。


 国立魔術学院院長、マギー・テレーズ。

 テレーズ公爵家こうしゃくけ、現当主の姉。

 ここは母校であり、宗教学の教官、副院長を経て、二年前より現職――。


特待生とくたいせい、ロイ・ファーニエ。なぜこのようなことを?」


 凛とした声音は冷たい。

 やさしい祖母とはちがう人種であることが確定し、ロイはすこしだけ落胆する。


「腹が減っていたからです」 


 正直に答えると、マギーの眉がピクリと動いた。

 ロイはつぎの質問に備え、校則こうそくのページを脳内に表示する。


 男性教官が鼻を鳴らした。


退学たいがくにすべきです」


 え、とロイはとなりを見た。

 紫の瞳には、拒絶と嫌悪がありありと浮かんでいる。

 さげすむように眺められ、その貴族らしい嫌味な態度にロイはある種の感嘆を抱く。

 

「ケネス。まだ一日目ですよ」

「では特待生の称号を剥奪はくだつしましょう」

「困ります」


 ケネスは冷笑する。


「困る? こちらもだ。学院の品位を下げる生徒を、特待生にしておくわけにはいかない」


 ケネスはあごで、ロイの左胸――特待生のバッジを示す。

 ロイはすぐさまマギーに向き直る。


「校則には、狩猟しゅりょうを禁止する事項はありません! 私の故郷では、自給自足が基本でした。生きるための活動が、品位を下げるとおっしゃるなら、一流の貴族である教官方から学ぶ機会をお与えください。今後二度、学院敷地内で狩猟は行わないと、ゆみに誓います。それが今日、私が学んだ教訓です」


 ロイは必死にうったえる。

 いままでの会話から推測するに、特待生制度の権限けんげんは彼女にある。

 ケネスと言いあうより、マギーに訴えるほうが効率的だ。

 右となりからの射殺すような視線は無視して、ロイはマギーをひたすらに見つめる。ケネスがギリリと歯をかみしめ、マギーを見る気配がした。


 ロイとケネス、ふたつの熱苦あつくるしい視線に、マギーはあきれて息をはく。


「たしかに、校則違反ではありませんね」

「では――」

「しかし違反でないから、法に触れないからと、モラルのない行為を正当化するのはいただけません」


 マギーの声のトーンに、ロイの脳は高速で学院案内書をめくる。


 【一般入学 納付金】

 学費 年 2,400万Ðドール

 寮費 年 600万Ðドール

 納入方法 全額一括納入または学期毎分割納入(三回)

 納入期限 学期開始より一ヶ月

      延滞した場合は「学費未納」として学則に基づき除籍


 王都に何のツテもない十五歳が、すぐに稼げる額ではない。

 特待生とりけしで、退学まっしぐら。

 あせるロイに良策は浮かばず、マギーの沙汰さたを待つしかできない。


「――ロイ・ファーニエ。あなたを一学期かぎりの特待生とします」

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