3
ロイは固まる。
一学期かぎりの特待生。それでは、卒業できない。
ケネスが笑う気配がしたが、どうでもいい。
どうせ一ヶ月後には退学だ。二度と彼とは会うことすらない――。
ただし、とマギーがつづける
「成績、品格、授業態度に加え、あらゆる分野での評価いかんで、継続を許可しましょう」
ロイは目をみひらく。
「それは、つまり」
「二学期以降も特待生でいたければ、存分に励みなさい」
「はい!」
「――おまちください」
ケネスは
「それではあまりに
「ええ。たしかにそうですね」
マギーのあいづちに、ケネスは不敵な笑みをうかべる。
「学期内考査で、すべてS評価を獲得する。特待生たるもの、それぐらいの意識はもってもらわねば」
またあの嫌な目をむけられ、ロイは首をかしげる。
会ったばかりの人間に、ここまで嫌われる理由がわからない。
「もしかして、俺が食べたのは先生のペットですか」
「“
ケネスは尊大にあごをあげる。
マギーは
「よろしいでしょう。――ロイ・ファーニエ。特待生とは、他者の模範になる生徒。本来ならば、その称号を
「
ロイは左手を胸に、頭をさげる。
敬意をあらわす、貴族の礼だ。
狩猟のほかに唯一、親からたたきこまれたそれは、なかなかに優美だと自負している。
「ようこそ、国立魔術学院へ」
どうやら、合格点をいただけたらしい。
「入学式は13時から。それまでに、荷物を寮へ」
「はい」
ロイはキャリーケースをもちあげる。
年季の入った車輪では、ふかふかの
左ももに密着させ、足のうごきにあわせて運ぶ。
「ケネス、手を貸してあげなさい」
「――は?」
「けっこうです!」
ロイはあわててふりかえる。
おおぶりな動作でバランスをくずし、立て直そうとしてキャリーケースから手が離れた。
「あ」
にぶい音がして、キャリーケースが床におちた。
衝撃で留め具が外れ、左右にぱっくり口がひらく。
弧をえがき、
陽光をにぶく
ロイはすぐさまナイフを手にとり、目線と水平に
欠けは無く、C字にくぼむガットフックも無事だ。
ふかふかの床に感謝していると、ケネスがふるえる指をつきつけた。
「な、なんだそれは!」
「
「院長! やはりこいつは危険です。いまからでも退学にすべきだ」
ケネスは声をうわずらせる。
マギーは手を額にあて、一呼吸おいてからロイをみた。
「危険物の持ち込みは禁止です。これらは即刻処分なさい」
「ハンティングナイフは危険物ではありません。狩猟に
「不要です。今後二度、学院敷地内で狩猟は行わないと、さきほど弓に誓ったのだから」
ロイは口を開きかけて、とじる。
手のなかのスキナーナイフは、使いなれた
それでも、これ以上食い下がるのは心証が悪い。
「すべて実家に送ります」
「では、今日中に手配を。宅配の受付は、事務局で行っています」
「……わかりました」
王都の
ちらばるナイフをひろい、ナイフロールケースにもどす。焦げ茶のケースは、耐久性の高いレザー製。ならぶポケットにナイフを収納し、くるくる巻いて持ち運べるのが便利だ。
はずれた留め具とともに、
本体の口が閉まらないので、固定のための
フックがついた三角形の金属と、
キャリーケースに巻こうとして、マギーから制止がとんだ。
「なんですか、それは」
「
「……特待生として、良識ある行動を」
どうやらこれも実家行きらしい。
うなだれるロイに、ケネスはこれみよがしなため息をつく。
「いくら最下のBクラスとはいえ、なじめるとは思えませんな」
ケネスの言葉に、ロイはクラス表を確認していないことを思い出す。
手間が
「彼はBクラスではありません」
「……なるほど。男爵家とはいえ、仮にも特待生。中間のAクラスが落としどころでしょうな」
不服そうなケネスに、マギーはためいきをつく。
「いいえ。彼はSクラスです」
「Sクラス!? この
「ケネス。我が校のクラス階級は成績順。感情で決めるものではありません」
「お言葉ですが院長。Sクラスは高爵位の生徒が集まる最上学級。なにかあれば、責任問題ですぞ!」
「心配にはおよびません。Sクラスの担当官は、経験豊富で
「はあ……それでしたら……」
いぶかしげなケネスの様子を、ロイは意外に思う。
いままでの態度から、彼はなにかしらの役職――それもかなり高い地位についているはずだ。
学院の教員はすべて
それなのに、思い当たる教員がいないのか、しきりに首をかしげている。
マギーはデスクで指を組み、まっすぐとふたりを見つめた。
「あなたのことです。ケネス教官」
ロイはぽかんと口をあける。
おもわずとなりを見ると、あっけにとられたケネスと目があい、あわててそらした。
「おまちください! 副院長でもあり、教育責任者でもある私が、なぜいまさら一年の担任など」
「今年はブレイデン公爵家のご令嬢、スタンレー公爵家のご令息をはじめとし、名家の血筋にあたる生徒が数多く入学しました。あなた以上の適任はありません」
ケネスはうなる。
しばらく思案し、いまいましげに咳ばらいをした。
「学院のためならば、しかたありませんな」
「ではケネス。Sクラス担当官として、まずは生徒に手を貸してやりなさい」
マギーはそう言い、ロイの壊れたキャリーケースに目をやる。
再度断ろうとするロイより早く、ケネスがキャリーケースに手をかける。
視線で命じられ、ロイは反対側に手をかけ、ふたりで持ちあげた。
「重い。他になにを隠し持っている」
「ペコリーノ・ロマーノですかね」
「なんだそれは」
「羊乳チーズです。塩の代わりになるほど塩気が強い種類で、ガツンとくるコクと塩味は、一口たべればやみつきですよ。おすそわけしましょうか?」
ケネスは顔をしかめる。
「結構だ。……チーズが重いわけなかろう」
ロイはすこしだけムッとする。嘘だと決めつけている口調より、大好きな羊乳チーズを断られたことに腹が立った。食べたらぜったい
しかし母から「あなたは
「ホールで持ってきたので、五キロですね」
「五キロ!? バカかおまえ!」
「残念ながらSクラスです」
「それはこちらのセリフだ!」
ふたりでギャーギャーさわいでいると、マギーが扉へむかった。
親切に扉をあけたかと思うと、彼女はそこによりかかり、腕組みをしてふたりを見つめる。
無言の圧力。
ロイとケネスは、同時に口をとじる。
速やかに廊下に出ると、マギーは出来のいい生徒を
「相手に歩み寄る努力を、絶やすことのないように」
院長室の扉がしまると、ケネスはすぐに手を離す。
予想していたロイは、すでにキャリーケースをかかえこんでいた。
ケネスは渋面を作り、ハンカチで手をふく。
「さっさと山に帰れ、野猿」
「卒業するまで帰りません。たった三年間です、教官」
「おまえが譲歩しろ! ……男爵家ふぜいが」
ケネスは吐きすて、ロイに背をむけ歩きだす。
爵位とプライドの高さを表すような、洗練された動作だ。
ロイはひとり納得する。
動き方まで正反対なら、気が合わないのも無理はない。
「まあ、なんとかなるだろ」
楽観的にうなずいて、脳内に学院マップを表示する。
事務局までの最短ルートをはじきだし、ロイは素直にキャリーケースをかかえて歩いた。
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