11
「ロイくん! 一緒にカフェテリアに行かない?」
昼休み、
ふりかえると、教室の一番うしろのテーブルに、数人の生徒が集まっている。そのなかにウィリアムの嫌そうな顔を見つけ、ロイは首を横にふる。
「用事があるから」
「じゃあ、それが終わったら参加してよ」
シャルルはボードゲームをかかげ、ロイに笑いかける。
「『シンドラ』、ぜったいロイくん得意でしょ! でも僕も強いから、負けないよ」
「悪いけど、それ知らないから」
「えっ、そうなの? 家に無かった?」
ふしぎそうなシャルルに、ウィリアムは美しい色彩のタイルをかかげて
「男爵家には、無いんじゃないですか?」
「あー……じゃあ僕が教えるよ。ロイくんなら、すぐに――」
「いい。ありがとう」
シャルルの言葉をさえぎり、背をむける。
これ以上、
「おなじ特待生でも、シャルルくんとは大違いだね」
きこえよがしの言葉に、それは俺がいちばん思っている、とロイは胸中で同意した。
放課後の乗合馬車。
今日もシャルルは小銭を忘れ、ロイが立て替えた。
「ほんとうにごめん! ぜったいにあとで返すから!」
ガタゴトとのどかな馬車の中、黒い手袋をはめた両手を合わせ、シャルルは頭を下げる。
若草色の髪は、陽光をやわらかく弾いて、さらりとゆれる。
困って後頭部に手をやるロイは、いつものくせ毛の感触に、シャルルとの差異を見せつけられた気がして、あわててその考えを追いはらう。
「わかったから、頭あげろよ」
「僕、いつも周りに助けてもらってばかりで。特待生になれたのだって、なにかの間違いかも……」
「一年生は、ふたりだけ」
え、とシャルルが顔をあげる。
ロイは左胸の特待生バッジを示す。
「自信もてよ。周りに助けてもらえるのも才能だ」
「ロイくんみたいに?」
「だからあれは、からかわれているだけだって」
ふたりで会話をしているうちに、乗合馬車は王都に着いた。
今日もヤジを打ち返しながら、晴天のマルシェをあるく。
「まって、ロイくん! あれって、もしや……」
いきなりシャルルに服をつかまれ、ロイは強制的に立ち止まる。
シャルルが指差すのは、ジューススタンドだ。
いろとりどりの果物が、華やかに並んでいる。
「フレッシュジュースの屋台だな」
「そうじゃなくて」
シャルルはロイの服をつかんだまま、じっと店をみつめる。
客が指差す果物を、女性店員がこぶりな
彼女が手をかざすと、魔術陣が現れた。レモンのような黄色の二重円に、古代文字がおどる。ながめるうちに魔術陣は消え失せた。
女性は樽からカップにジュースを注ぎ、客に渡してウィンクした。
「やっぱり
シャルルは目をかがやかせ、屋台にかけよる。
「これはどういう原理ですか?」
「あら、かわいいお客さん。買ってくれたら、教えてあげるわ」
「ください!」
シャルルは財布から一万Ð札を出す。
店員はくすりと笑ってうけとり、果物をゆびさす。
「どれにする?」
「果物によって、術具の反応はちがうんですか?」
「ためしてみれば?」
ロイはおもわず割り入る。
「シャルル、カモにされているぞ」
「だいじょうぶ。これは、課題研究の実験だから。――リンゴからおねがいします」
ゆるぎない瞳のシャルルに、ロイは天をあおぐ。これは止めてもきかないやつだ。
店員が術具を使用するたび、シャルルははしゃぎながらノートに書き留めていく。
「つぎはオレンジとパイナップル、キウイとバナナの反応も見たいです!」
「はあい、まいどあり」
「ちょっとロイくん、できたの持ってて」
次から次へと、フレッシュジュースを渡される。
「――シャルル、もう無理だって!」
ロイのさけびに、シャルルはようやくふりかえる。
ロイがかかえるジュースは四つ。五つ目を手にしたシャルルは、ロイとジュースを見比べ、現状を理解すると同時にへらりと笑う。
「ロイくん、飲むの手伝ってね」
広場のベンチにすわり、ロイはパイナップルジュースを飲む。
果実そのままの甘味が、濃い香りとともに舌にひろがる。酸味がすくなくさっぱりしていて、スッとからだにしみこんでいく。
「めちゃくちゃおいしい……」
「だね!」
リンゴのフレッシュジュースを味わうシャルルは、満足そうな笑顔だ。
「そうだ。おつりで小銭ができたから、乗車賃を返すよ」
「これでいい」
ロイはパイナップルジュースをかかげる。
一杯500Ðのフレッシュジュースは、ロイにとっては贅沢だ。シャルルに貸した300Ðで飲めたと考えれば、悪くはない。
しかしシャルルは、不服そうに口をとがらせる。
「だってこれ、僕のわがままじゃん」
「ジュースに罪はない」
「借りは作りたくない派なんだけど」
「俺もだ」
しばらくにらみあい、同時に笑いだす。
今日の風は肌寒いが、日向のベンチでは気にならなかった。
「じゃあ優しいロイくんに、ラストのジュースを
「まって。二杯でけっこうきつい」
「罪のないジュースを見捨てるつもり? 僕の二杯目のカップを見なよ」
シャルルは、半分以上残ったオレンジジュースを見せつける。
「僕の方が小柄だからしかたないよね」
「……あまり変わらなくないか?」
「じゃあその差分をよこしなよ!」
「ことわる!」
身長の話になると、おたがいムキになってしまうぐらいの体格だ。
ふと遠くを見たシャルルは、目をみひらき指を差す。
「あっ! ロイくん、あれなに!?」
「どれ?」
「あの黒いの! ……もしかして、ネコ?」
「あれは……ネコだとおもって近づいたら、ゴミでがっかりするやつじゃないか」
「…………たしかに、ぜんぜん動かないね」
うなずき、ロイはふりかえる。
シャルルはうつむき、ラストのジュースを見ている。
ロイの視線にきづくと、あわてて顔をあげ、ラストのジュースを笑顔でぐいぐい押し付けてきた。
しかたなくロイはうけとる。うけとったはいいが。
「シャルル。なんかこのジュース、
「キウイかな」
「本当は?」
「菜っぱとセロリ」
「なんで!?」
「ロイくんの健康増進に役立ちたくて」
「本当は?」
「野菜のときの術具反応が見たかったんだもん!」
ロイはためいきをつき、ジュースをみやる。
こころなしか、ドロドロしている。
じっくり味わう系ではないことを察し、ロイは一気に喉に流しこむ。
野菜畑が見えた。
ふりそそぐ太陽、濃緑の菜っぱが、畑でゆれている。
土のにおい、おひさまのにおい、独特なセロリの香りが、それらを包括してなお主張する。
おおきく喉がなる。へばりつくエグみ、ぬける青臭さ、
飲み干した直後にむせかえり、おおきく咳きこむロイの手に、シャルルはそっとオレンジジュースをにぎらせる。
半分以上残ったそれを一気飲みして、ようやくロイは息をついた。
「ジュースも飲んだことだし、いこっか、ロイくん」
かろやかに立ちあがるシャルルとはうらはらに、ロイはよろよろと立ち上がる。結局、三杯半も飲まされた。
「
「そう? 自信ついちゃうなぁ」
「飲みすぎたからか、なんか寒いな」
「夕方から雨らしいよ。はやく行こ! のんびりしてたら
真剣な顔で言うシャルルに、ロイもうなずく。
王立図書館に入り、ふたりでトイレに直行した。
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