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 放課後ほうかご

 ロイは乗合馬車で、王立図書館おうりつとしょかんへむかう。

 受付のタルトにあいさつし、ヤマト諸島しょとうへ行きたいことを相談すると、最新の旅行本をすすめられた。


 ロイはまどぎわの閲覧席えつらんせきにすわる。

 旅行本は、カラーの挿絵さしえがおおく、ながめているだけで楽しい。

 強制きょうせいだろうが観光だろうが、ヤマト諸島へ行くのはかわりない。

 どうせだから楽しもう、とロイはうきうきとページをめくる。


 ヤマト諸島は、王都からふねで約30時間。

 王都の港から、直行便ちょっこうびんが出ている。


 ロイは船の情報を、あますとこなく書き写す。

 発着時刻、旅客運賃りょきゃくうんちん、チケットの購入方法、乗り方――。

 

 産業紹介さんぎょうしょうかいに、顔料の製造があった。

 めだつ大文字は『まぼろしの顔料、セレスティア・ブルー!』。


「……まぼろし?」


 ロイは食いつくように文字を目で追う。


――まぼろしの宝石・パライバトルマリンを、粉々にすりつぶして作る顔料。「天上てんじょうあお」との異名いみょうをもつ。近年、パライバトルマリンの産出量の減少から、長らく製造されておらず――。


「うそだろ!?」


 ロイはおもわずたちあがる。

 周囲から咳払いがきこえ、ロイは頭をさげて、あわててすわる。

 これはクロエに、くわしく確認しなければならない。


 ロイは旅行本を通読つうどくし、棚にもどす。

 プリンの材料がはいったショルダーバッグをかつぎ、クロエのアパートにむかった。






「ぬるい」

「だから、もうすこし冷えてからのほうが美味しいって」


 ロイは後片付あとかたづけをしながら苦笑する。

 クロエは不服そうに、それでもプリンを食べつづける。

 ロイがつくったのは全部で五種類。ノーマル、チョコ、サツマイモ、カボチャ、黒ゴマと、見た目にもカラフルだ。

 味にきないためというよりかは、クロエの健康のためだ。

 すこしでいいから、野菜をとってほしい。そんなロイの真心まごころが入っている。


「なにこれ」

「サツマイモプリン! あまくておいしいよ」

「へんなもの入れるな」


 ロイの真心は不要らしい。

 それでもクロエはバクバクとプリンをたいらげていく。


 かたづけを終えたロイは、クロエのそばにイスをもってきてすわる。


「あのさ、クロエ。セレスティア・ブルーは、クサナギ工房にあるのかな」

「は?」

「原料のパライバトルマリンが取れなくて、製造してないらしいけど――」

「ふざけるな!」


 クロエはスプーンを投げつけ、ロイはとっさに腕ではじく。

 その腕をクロエは払う。無防備むぼうびなロイのあたまを、こぶしで殴りつけた。

 

「来るといったのに来ない! だからとりにいけっていってる!」


 わめくクロエに、ロイは頭をおさえながらうめく。

 頭が痛い。だがそれよりも、気にかかることがある。

 ロイは言葉を選んで、くちをひらく。


「いつ届く予定だったの?」

「四月! が金も払った!!」


 ロイはほそく息をはく。

 犬というのは、弁護士だ。つまり可能性の高い順に、1、詐欺さぎ。2、横領おうりょう。3、盗難とうなん。4でようやく納期遅延のうきちえん

 

 しかしこれ以上クロエの癇癪かんしゃくを浴びたくないロイは、希望をこめて、納期遅延の方向で話をすすめる。


「注文書のひかえはある?」

「しらない!」

「クサナギ工房は、いつもはちゃんと届くんだよね。じゃあ心配になる気持ちも、すっごくわかるよ」


 ロイはおだやかにげる。

 クロエは急にたちあがる。乱暴な足取りで、まどぎわの棚にちかづくと、中から紙の束をとりだした。

 床にすわり、バサバサと左右に散らかしていく。

 もしかして注文書の控えを探しているのか、と思っていたら、イライラとたちあがったクロエは、紙の束を蹴飛けとばした。


 ロイはあわててクロエにかけよる。


「このなかにあるんだね! 俺が探すよ、注文書の控え」

「ない!」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。俺、一枚ずつ確認していく作業、好きだから」


 どうどう、と馬をおちつけるように、クロエに言い聞かせる。

 クロエは床をにらみ、ぼそりとつぶやく。


「……おまえだけ行ってもムリだ」

「ん? クサナギ工房? 注文書の控えを持っていくから、だいじょうぶだよ」

「だから、あってもムリ! 俺がいないのに、おまえだけ行っても、くれるはずないだろ!!」


 クロエは地団駄じだんだをふむ。


「えーと、ん? つまり、どういう……?」

「俺は行かない!」

「――クロエ?」

「ぜったい、行かない!!」


 クロエはそばのイーゼルをたおす。

 キャンバスを踏み抜こうとするクロエを、ロイはあわてて羽交はがめにする。

 

「まってクロエ! 要らないなら、その絵ちょうだい!」

「燃やす! ぜんぶ燃やす、家ごと!」

「家ごと!?」


 あばれるクロエの腰に、ロイはしがみつく。

 

「はなせ!」

「いてっ、ちょっとまってクロエ、ほら、あの――」

「おまえごと燃やす!!」

 

 クロエの両手から黒炎こくえんがあがり、ロイはとっさに飛びのく。あたりに目を走らせ、クロエの気が引けそうなものをさがす。

 フーッ、フーッ、と獣のような息づかいのクロエに、ロイは顔をこわばらせる。

 左頬のひきつる痛みに、ロイは頬のガーゼをがした。


「ほら見て、クロエ! 二日目の傷だよ!」


 クロエの足がぴたりと止まった。

 ロイはすばやくイスを窓辺に運び、懐中時計をおいて、さっとこしかける。


「今日も一時間、ここにすわってるね!」


 背筋せすじをのばし、ロイは窓の白い汚れを、一心いっしんに見つめる。

 クロエがちかづいてくる気配がした。

 ちらり、と見ると、ガッと傷をつかまれる。


「――いってぇ!!」

「だまれ」


 ロイは涙目で手を口にあてる。

 傷がひらく痛さに耐えていると、クロエの手がはなれた。

 クロエは手についたロイの血をじっとながめ、おもむろにキャンバスにぬりたくる。


 倒れたイーゼルをおこし、キャンバスをセットして、スッと目線をあげた。

 ロイはすぐさま顔を窓にむける。

 ずきずきうずく傷の痛みに、今日も鎮痛剤をもらって帰ろうと決めた。




 よごれた窓越しに、ひざしはやわらかい。

 しずかに舞うほこりをみつめ、ロイはさきほどのクロエの言葉をかんがえる。


 おまえだけ行ってもムリ。

 俺はぜったいに行かない。


 クロエがいないとセレスティア・ブルーは手に入らないのに、クロエはヤマト諸島に行きたくない。

 たぶん、そういうことだ。

 

 クロエに旅行はむりだろうな、とロイは確信かくしんする。

 確信しながら、なんとか彼を動かす方法を熟考する。

 王立図書館でみた旅行本。その内容を思い出す。


 海。船。異国いこく

 ヤマト諸島には、歴史的建造物が多い。

 豊かな自然がおりなす絶景。

 地域性ちいきせいに富んだ祭り。

 かわいい小動物たち。

 おいしい料理。季節の花をした甘味。


 表情がくずれそうになり、ロイはあわてて気をひきしめる。

 いまできることは、いつだってひとつ。だからモデルに集中する。

 絵を描いたあとのクロエは、すこしだけ言葉が通じるようになるから。




「クロエ、一時間五分たった……」


 今日もロイはイスからおちる。

 しかしクロエは何もいわなかった。


 ロイはたちあがり、むくれながらキャンバスにむかっているクロエに頭をさげる。


「俺がすべての手配をする。クロエはなにもしなくていいし、嫌なことがあったら、ぜんぶ俺がなんとかする。だから一緒に来てください! おねがいします!!」


 沈黙の室内に、クロエが筆をすべらせる音がひびく。

 しばらくして、クロエはサイドテーブルに筆をおく。

 指の汚れをいじりながら、ロイを見ずにつげる。 


「……ぜったい、文句いうな」

「言わない!」

「甘いやつ、作れ」

「作る! いっぱいおやつ持っていく!」

「レモン水」

「準備する!」

「画材、ぜんぶ持てよ」

「もちろん! 俺、力あるからまかせてよ!」


 ロイは両腕をまげて、ちからこぶをつくってみせる。


「おまえ、犬みたい」


 フッとクロエが笑った。

 そのことがうれしくて、ロイも心から笑顔をうかべる。


「出発、いつ?」


 こころなしか、クロエの声がやわらかい。

 ロイはにこにことつげる。


「15日の月の曜日ルーナ。朝9時に出発して――」

「ムリ」


 スンッとクロエは無表情になる。

 ロイはあわてて付け足す。


「前日泊まっていいなら、クロエの朝の準備もぜんぶできるよ!」

「……好きにすれば」

「ありがとう! そうするね」


 ロイは冷や汗をぬぐってわらう。

 今日も傷の手当てをし、鎮痛剤をもらって、ショルダーバッグをかつぐ。


「クロエ、あしたは何たべたい?」

「ワッフル。……アイスのったやつ」

「りょうかい!」


 ロイは笑顔で返事をする。

 400万Ðのためだが、ヤマト諸島への旅行は、わくわくするほど楽しみだった。

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