32
ロイは乗合馬車で、
受付のタルトにあいさつし、ヤマト
ロイはまどぎわの
旅行本は、カラーの
どうせだから楽しもう、とロイはうきうきとページをめくる。
ヤマト諸島は、王都から
王都の港から、
ロイは船の情報を、あますとこなく書き写す。
発着時刻、
めだつ大文字は『まぼろしの顔料、セレスティア・ブルー!』。
「……まぼろし?」
ロイは食いつくように文字を目で追う。
――まぼろしの宝石・パライバトルマリンを、粉々にすりつぶして作る顔料。「
「うそだろ!?」
ロイはおもわずたちあがる。
周囲から咳払いがきこえ、ロイは頭をさげて、あわててすわる。
これはクロエに、くわしく確認しなければならない。
ロイは旅行本を
プリンの材料がはいったショルダーバッグをかつぎ、クロエのアパートにむかった。
「ぬるい」
「だから、もうすこし冷えてからのほうが美味しいって」
ロイは
クロエは不服そうに、それでもプリンを食べつづける。
ロイがつくったのは全部で五種類。ノーマル、チョコ、サツマイモ、カボチャ、黒ゴマと、見た目にもカラフルだ。
味に
すこしでいいから、野菜をとってほしい。そんなロイの
「なにこれ」
「サツマイモプリン! あまくておいしいよ」
「へんなもの入れるな」
ロイの真心は不要らしい。
それでもクロエはバクバクとプリンをたいらげていく。
かたづけを終えたロイは、クロエのそばにイスをもってきてすわる。
「あのさ、クロエ。セレスティア・ブルーは、クサナギ工房にあるのかな」
「は?」
「原料のパライバトルマリンが取れなくて、製造してないらしいけど――」
「ふざけるな!」
クロエはスプーンを投げつけ、ロイはとっさに腕ではじく。
その腕をクロエは払う。
「来るといったのに来ない! だからとりにいけっていってる!」
わめくクロエに、ロイは頭をおさえながらうめく。
頭が痛い。だがそれよりも、気にかかることがある。
ロイは言葉を選んで、くちをひらく。
「いつ届く予定だったの?」
「四月!
ロイは
犬というのは、弁護士だ。つまり可能性の高い順に、1、
しかしこれ以上クロエの
「注文書の
「しらない!」
「クサナギ工房は、いつもはちゃんと届くんだよね。じゃあ心配になる気持ちも、すっごくわかるよ」
ロイはおだやかに
クロエは急にたちあがる。乱暴な足取りで、まどぎわの棚にちかづくと、中から紙の束をとりだした。
床にすわり、バサバサと左右に散らかしていく。
もしかして注文書の控えを探しているのか、と思っていたら、イライラとたちあがったクロエは、紙の束を
ロイはあわててクロエにかけよる。
「このなかにあるんだね! 俺が探すよ、注文書の控え」
「ない!」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。俺、一枚ずつ確認していく作業、好きだから」
どうどう、と馬をおちつけるように、クロエに言い聞かせる。
クロエは床をにらみ、ぼそりとつぶやく。
「……おまえだけ行ってもムリだ」
「ん? クサナギ工房? 注文書の控えを持っていくから、だいじょうぶだよ」
「だから、あってもムリ! 俺がいないのに、おまえだけ行っても、くれるはずないだろ!!」
クロエは
「えーと、ん? つまり、どういう……?」
「俺は行かない!」
「――クロエ?」
「ぜったい、行かない!!」
クロエはそばのイーゼルを
キャンバスを踏み抜こうとするクロエを、ロイはあわてて
「まってクロエ! 要らないなら、その絵ちょうだい!」
「燃やす! ぜんぶ燃やす、家ごと!」
「家ごと!?」
あばれるクロエの腰に、ロイはしがみつく。
「はなせ!」
「いてっ、ちょっとまってクロエ、ほら、あの――」
「おまえごと燃やす!!」
クロエの両手から
フーッ、フーッ、と獣のような息づかいのクロエに、ロイは顔をこわばらせる。
左頬のひきつる痛みに、ロイは頬のガーゼを
「ほら見て、クロエ! 二日目の傷だよ!」
クロエの足がぴたりと止まった。
ロイはすばやくイスを窓辺に運び、懐中時計をおいて、さっと
「今日も一時間、ここにすわってるね!」
クロエがちかづいてくる気配がした。
ちらり、と見ると、ガッと傷をつかまれる。
「――いってぇ!!」
「だまれ」
ロイは涙目で手を口にあてる。
傷がひらく痛さに耐えていると、クロエの手がはなれた。
クロエは手についたロイの血をじっとながめ、おもむろにキャンバスにぬりたくる。
倒れたイーゼルをおこし、キャンバスをセットして、スッと目線をあげた。
ロイはすぐさま顔を窓にむける。
ずきずきうずく傷の痛みに、今日も鎮痛剤をもらって帰ろうと決めた。
よごれた窓越しに、ひざしはやわらかい。
しずかに舞うほこりをみつめ、ロイはさきほどのクロエの言葉をかんがえる。
おまえだけ行ってもムリ。
俺はぜったいに行かない。
クロエがいないとセレスティア・ブルーは手に入らないのに、クロエはヤマト諸島に行きたくない。
たぶん、そういうことだ。
クロエに旅行はむりだろうな、とロイは
確信しながら、なんとか彼を動かす方法を熟考する。
王立図書館でみた旅行本。その内容を思い出す。
海。船。
ヤマト諸島には、歴史的建造物が多い。
豊かな自然がおりなす絶景。
かわいい小動物たち。
おいしい料理。季節の花を
表情がくずれそうになり、ロイはあわてて気をひきしめる。
いまできることは、いつだってひとつ。だからモデルに集中する。
絵を描いたあとのクロエは、すこしだけ言葉が通じるようになるから。
「クロエ、一時間五分たった……」
今日もロイはイスからおちる。
しかしクロエは何もいわなかった。
ロイはたちあがり、むくれながらキャンバスにむかっているクロエに頭をさげる。
「俺がすべての手配をする。クロエはなにもしなくていいし、嫌なことがあったら、ぜんぶ俺がなんとかする。だから一緒に来てください! おねがいします!!」
沈黙の室内に、クロエが筆をすべらせる音がひびく。
しばらくして、クロエはサイドテーブルに筆をおく。
指の汚れをいじりながら、ロイを見ずにつげる。
「……ぜったい、文句いうな」
「言わない!」
「甘いやつ、作れ」
「作る! いっぱいおやつ持っていく!」
「レモン水」
「準備する!」
「画材、ぜんぶ持てよ」
「もちろん! 俺、力あるからまかせてよ!」
ロイは両腕をまげて、ちからこぶをつくってみせる。
「おまえ、犬みたい」
フッとクロエが笑った。
そのことがうれしくて、ロイも心から笑顔をうかべる。
「出発、いつ?」
こころなしか、クロエの声がやわらかい。
ロイはにこにことつげる。
「15日の
「ムリ」
スンッとクロエは無表情になる。
ロイはあわてて付け足す。
「前日泊まっていいなら、クロエの朝の準備もぜんぶできるよ!」
「……好きにすれば」
「ありがとう! そうするね」
ロイは冷や汗をぬぐってわらう。
今日も傷の手当てをし、鎮痛剤をもらって、ショルダーバッグをかつぐ。
「クロエ、あしたは何たべたい?」
「ワッフル。……アイスのったやつ」
「りょうかい!」
ロイは笑顔で返事をする。
400万Ðのためだが、ヤマト諸島への旅行は、わくわくするほど楽しみだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます