第15話 騎士レイベンス⁈
29.レイベンス家
野営訓練は、ミネルヴァたちがトップでゴールし、幕を閉じた。それは軍内で力のある父親にとって、鼻も高いだろう。もっとも、娘にあまり活躍して欲しくないようなので、それは軍内で忖度が働いた結果、彼女をトップでゴールさせられた、という意味でしかない。
ただそのことで、ボクは呼び出しをうけた。
レイベンス家――。首都にある別邸なので広くはないけれど、そこに一人の男性が待っていた。
マルティン・レイベンス。騎士として、兵士を率いて前線へと赴く指揮官でもあって、その勇壮な体躯からも個人の戦闘力も高そうだ。片目は戦場での怪我で失い、顔半分を覆うマスクをしている。ミネルヴァの父親だ。
「魔術教練、若手有望株……といったところか」
「ボクにそんな期待感はありませんよ。ただ、庶民出で入学後、いきなりセイロン家の養子として貴族になった……。だから注目されるだけです」
「謙遜だな。軍を通して、私には報告が入っている。君がゴドフロア将軍の屋敷に行ったことも……」
やはりその件だったか……。ミネルヴァに腕をつかまれた件でない分、ちょっとだけ安心した。
「犯人がみつかったんですか?」
「いいや。でも、君は知っているかもしれない、と思ってね」
ボクも眉を顰める。「どういうことです?」
「教練所の、今年の新入生の中に犯人がいるかもしれない、ということだよ」
「……まだ十二歳ですよ?」
「年齢は関係ない。幼少期から、殺人兵器として鍛えられていればね」
「では、あの殺された親衛隊の兵士は、子供だからと油断した?」
「二人が一斉に倒されることはあり得ない。存在を隠す魔法をつかっても、対人魔法だから、複数に一度にかけることは不可能だ。子供と思って油断させ、一人の注意が逸れた隙に存在を消す魔法をかけ、一人を倒して、すかさずもう一人を倒した。我々はそう睨んでいる」
教練所の制服をきた新入生が近づいても、恐らく警備の兵士もすぐに咎め立てをすることはないだろう。
「その有力容疑者は……君だよ」
「……なるほど、その通りですね。魔術教練で、優秀な生徒が疑わしいのですから、ボクはその条件を満たしている」
「驚かないようだね」
「自覚はありますからね。実力がありながら、なぜ剣術大会に出なかったのか? それが将軍邸を襲撃するため、である可能性もあります」
「みとめる、ということかな?」
「でも生憎と、ボクではありません。それはお嬢さんが証言してくれますよ」
「どういうことだい?」
「仮に将軍邸を襲撃したとすると、あまりに戻りが早い。あれだけ兵士に出血をさせたら、返り血を浴びていないはずがない。仮にコートなどで全身を覆っていたとしても、それを脱いで捨て、会場にもどったとすると、どこかに痕跡が残っているはずでしょ?」
「ふふふ……。なるほど、頭の良い子供のようだ」
「自分であったら……とシミュレートしただけですよ。会場にいた生徒がそれをするには、もどって来られない、という前提で考えないといけない。大会で監視の目がゆるくなっている、といっても、街中に血のついたものがあったら、すぐにバレる。あれだけの出血を伴う殺し方をしたら、会場にもどろうという考えは初めからなかったはずです」
「確かに、その通りだよ。血は、街中でみつかっていない。将軍邸から、血をつけずにもどれるのは、教練所の寮かもしれない……と推測した」
「事件後、すぐに会場にいたボクは、容疑者から外れますか?」
「そうなるね。そうでないと、ここに呼ばないよ」
そう穏やかな声音で言った後、声を潜めて「ボクとしては、君を逮捕したいぐらいなんだけど……」
娘に近づく悪い虫、とでも思われたようだった。
30.ミネルヴァの憂悶
ゴドフロア将軍邸の事件に、積極的に首をつっこむ気はない。何しろ、ボクは巻きこまれただけで、軍内部の権力闘争に関わって、ボクが得することはない。しかも、ミネルヴァの父親に目をつけられてしまったのは、マイナスだ。
さすがに、事件の捜査中なので、ミネルヴァのことは話にでなかったけれど、どうしてミネルヴァがボクを連れていったか? 聞きたかっただろう。逆に、おくびにも出さなかったことで、父親がどれほどそれを聞きたかったのか? 伝わろうというものだ。
「君のお父さんと会ったよ」
「えッ⁈」
「ゴドフロア将軍の件だよ」
「あぁ……」
何の安堵か? ミネルヴァも微妙な表情をしている。
「お父さんに聞いていないと思うから、予め教えておくよ。軍は、教練所の新入生を疑っている」
「えッ⁉」
「驚くことはない。最近、首都で大きな人の移動があった。それが新入生だよ。もし殺人兵器として特訓された子供がいたら、容易だって話だ」
意外だったのか、ミネルヴァも言葉を失っている。
「心配しなくていい。今のところ、ボクたちが事件現場をみたことまでは相手も知らないようだ」
「なぜ?」
「野獣訓練でも、ボクのルートに魔獣は多くなかったからね。ただ、君のところだけ魔獣が多かったのは、偶然ではないかもしれない。それは父親のマルティンがゴドフロア将軍派で、君を害すれば脅しになる、と考えた者の仕業かもしれない」
「私が狙われている……?」
ミネルヴァはそう呟くと、急に恐怖したように身震いしてみせた。
「あくまで可能性だよ。ただ、もし軍内にゴドフロア将軍に敵対する者が入りこんでいるとすれば、君をその魔獣の多い場所に配することも可能だった、という話さ。注意すべきは、今はまだ彼らもコトを荒立てるつもりはないようだ。でも、そうした裏工作が上手くいかない場合、ゴドフロア将軍の屋敷に侵入した賊のように、いつでも強硬策に打って出る可能性もある」
ミネルヴァもふと気づいて「もしかして、シドル君も……」
自分が巻きこんだ、という意識に苛まれたのかもしれない。
「ボクに気をつかう必要ない。危なくなったら、逃げだすつもりだからね。でも、君のように逃げられない立場の人は、自分の身を守る術を確保しておかないと、大変なことになるよ」
ボクが余裕をもてるのは、これがゲームの中の世界だとしたら、シドルが途中でリタイアする、というルートはないからだ。今のところ、主人公が誰かは確定していないけれど、ストーリーを丁寧になぞっていることは間違いなく、シドルとて物語の終盤まででてくる。
ただ不安もあった。何しろストーリーを本当になぞっているのか? ミネルヴァ・ルートでは、主人公のハッピーエンドで、なぜシドルは不幸になるのか? それが心をザワつかせた。
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