第8話 ボクは狙われている⁈
15.決勝戦
でも、シドルによるミネルヴァ・ルートの攻略は、ほとんど無理スジということが分かった。
何しろ、セイロン家の跡継ぎになることが確約されたシドルと、ミネルヴァがそういう関係になることは彼女のプライドからもするはずがないからだ。つまり跡継ぎにならない男と、彼女は関係しない……。
それならそうで、異なるアプローチもある。彼女にとって、シドルというのは頼りになる存在、ということが分かった。それは庶民出で、しかも色のついていないセイロン家の跡取りであり、気兼ねすることがない点が大きいはずだ。ゴドフロア将軍の別邸に、一緒に向かったのもそういうことだろう。ならば、彼女に近づく主人公を見定めるために、彼女とお近づきになっておくのが有用だ。
そういえば、確かにミネルヴァ・ルートを主人公が攻略するとき、シドルはあまり出番がなかった。攻略のしにくさはあくまで彼女の性格、プライドという理由だったからだ。
ただ、主人公がハッピーエンドになると、シドルは貴族の立場を剥奪され、庶民に墜とされる未来が待つ。なにがどうしてそうなったか? 特に説明はなかったが、何等か彼女との関係の変化が、シドルを不幸にさせることは間違いないので、注意も必要かもしれなかった。
剣術大会にもどってきた。
順調に勝ち進んでいるのは、アリシアである。冒険者の父に鍛えられた彼女は、やはり一流の剣技をもっている。ただそれだけではなく、バロルの魔眼という魔法をつかう。
ゲームでは、彼女は数秒先のことを見抜く、として会話の先を予想され「そう言うと思った」といわれ、言葉が響かず、苦労した記憶がある。
彼女も別にその魔法を隠すつもりはないようだけれど、この剣術大会では、それをつかわずとも勝利を重ねているようだ。
12歳ぐらいの庶民では、彼女の相手にならないし、貴族とて親から剣術を習っていても、才能がちがう。才能と努力を両方兼ね備えた、やはりアリシアが優勝候補筆頭というところだ。
準決勝の一つは、アリシアとオーウェンである。貴族のオーウェンは剣術も学んでいるので、剣術大会を勝ち進んだのだろう。
「行くわよ!」
「よし、来い!」
いざ好敵手……と思っていたら、オーウェンはあっさりと敗北した。道場剣術が、実戦に通用しないようなものだ。
レンも、ジョアンナも早々に敗れたらしい。主人公候補として、注目していたレンの戦いぶりをみられなかったのは残念だけれど、同じ魔術教練をうけるのだから、いずれ見る機会もあろう。
決勝はアリシアと、ジークの魔術教練同士の対決となった。元々、貴族であるジークも、剣技については父親から習っていたはずだ。それに、雄偉な体躯も引き継いでいて、貴族の跡取りとして申し分ない。
アリシアの剣は、よく言えば天衣無縫、悪く言えば適当――。感性で動くタイプであり、それをバロルの魔眼で補うことにより、無敵の剣となるのだ。
逆に、ジークは豪放にみえて繊細。貴族らしい道場剣術でもあるが、オーウェンのようなひ弱な体格と異なり、打ち負けることがない。
アリシアはその長い手足をつかい、力で押すタイプではなく、攻撃を受け流すようにかわし、一方でその流れの中で攻撃をかける。それは型などではなく、戦いの中で見出す新たな戦い方――。逆に言えば、冒険者としてそれは必須の能力ということも言えた。
時間をかけると、動きの多いアリシアの方が不利。でも、そんな愚を犯すはずもない。バロルの魔眼――。ジークが打ちかかると、アリシアはぎりぎりでそれをかわして、その剣で胴を薙ぎ払った。木刀に打ち据えられ、ジークが片膝をつき、勝負は決していた。
16.襲撃
でもその勝負が決する少し前、会場ですわってみていたボクが、ふと背後に気配を感じた。身をひねって背後を見ようとした、そのとき右を向くか、左を向くか、その違いが明暗を分けた。
腹に感じた引きつれ……。それは、背後から刺し貫いた短剣が、ボクの服をひっぱった結果だ。
左を向いたけれど、もし右を向いていたら剣が腹を貫いていただろう。しかし何者かがボクを殺そうとした?
相手を確認しようとしたときには、すでに逃げだし、背中しか見えない。コートのフードを頭からかぶり、人混みにまぎれる。ボクも走りだしたけれど、そのときアリシアの勝利が確定し、観客が立ち上がって歓声を上げた。
その大声と、人が立ち上がってしまったことで、その人物を見逃してしまう。
短剣によって切り裂かれた制服とともに、ボクは茫然としていた。
命が狙われた……?
確かに、ゴドフロア将軍の屋敷で陰謀に巻き込まれたのだ。そんなボクを殺そうとする輩がいても、不思議ではない。
でも、早すぎやしないか……? 屋敷から後をつけられていた? それとも、別の理由があるのか?
急にセイロン家の跡取りになったボクを恨み、殺してセイロン家を乗っ取ろう、という輩だっているはずだ。
しかしこの剣術大会にまぎれ、命を狙うか……? 会場だって、かなりの人目があるのに……。やはりゴドフロア将軍を狙い、屋敷まで忍びこんで親衛隊を殺した連中の仕業か……。
いずれにしろ、ボクも誰かの標的になったことは、間違いなさそうだった。
ゲームの中で、シドルは飄々として明るく、楽天家というイメージしかなかった。いいところの貴族の生まれで平々凡々と生きてきて、そういう部分が女の子には魅力として映る……。
しかし実は、山に捨てられた過去をもち、貴族になれたのも偶然。こうして事件に巻きこまれ、命まで狙われる。
大変な人生を歩んでいた……。それは、魔力に秀でた注目の新入生として、色々と頼られることから発している。主人公は平凡な庶民の出。恋愛ごとにかまけるのが精いっぱいで、女の子と関わるぐらいしかすることがなかったのだ。
貴族であるシドルには、貴族としての務めがあり、その関係性の中でこうして面倒なことが起きる。
この教練所は軍の運営する組織だ。その軍内で、主流派であるゴドフロア将軍に敵対する勢力があり、亀裂が入っている。それは間違いなく、教練所にも影響する事態となろう。いずれにしても、それを見て見ぬふりもできずに、巻きこまれざるを得ないのかもいれない。
それが新入生の中でも、注目を集めるシドルなら尚のこと。そしてミネルヴァに協力すれば、ゴドフロア将軍側としてボクも認識されることになる。否応なく災厄がふりかかってくる立場に、ボクは立たざるを得なくなりそうだった。
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