第7話 軍内部の対立⁈
13.将軍
「ちょっといい?」
その声にふり返ると、ミネルヴァ・レイベンスが険しい表情を浮かべて立っていた。
「シドル君が大会に参加していなくて、ちょうどよかったよ」
「どういうこと?」
「実は、内密な話だけど、ゴドフロア将軍の屋敷に、賊が入った」
貴族が軍に参加すると騎士になる。騎士はそのまま部隊を任されるが、その騎士をまとめる立場が、将軍だ。この国に今、将軍は三人しかおらず、その一人の屋敷にトラブルがあった、という。
「それは大変だけれど、軍が動いているのでは?」
「実は今、南方に動きがあって、軍の大半はそっちに動いているのよ。残りの兵士はこの剣術大会の護衛として、任務についていてね。そこで、内々に私のところに助力要請がきたってわけ」
なるほど、レイベンス家は彼女の父親が騎士として従軍し、軍事面では頼りにされる家柄だ。シドルのセイロン家は、行政官にも将軍にも人をだしていないため、こうした情報に疎い。
「それは分かったけれど、ボクに声をかけたのは?」
「シドル君にも来て欲しいのよ」
今のところ、教練所でも期待の星、双璧を為すアリシアが大会に参加し、手が放せない以上、ボクも巻きこもうということ。逆にいえば、軍内で処理したくない事情も感じさせるものだった。
ゲームでは登場しなかったイベントだ。むしろ、庶民でふつうの能力として描かれる主人公では、声をかけられることすらないイベントといえるだろう。
ゴドフロア将軍も首都に別邸をもっており、そこに賊が入ったとのことだ。
「ミネルヴァ、よく来てくれたね」
顎鬚をたくわえた、赤と白の服を着ていたらサンタ? と見間違えるほどの恰幅のいい老人が出迎えてくれた。
「こちらだ」
別邸なので、それほど広くはない。いくら将軍といえど、限られた土地を分け合っているだけにこれは仕方ない。でも、屋敷に入ってすぐに、二人の兵士が倒れ、血が広がっているのが見えた。
「もうコト切れている。手練れだった親衛隊が、抵抗する間もなく喉を掻き切られている。恐らく相手は魔剣士だろう」
ボクも驚いたけれど、ミネルヴァもやや蒼い顔をしなが、その死体をじっと見つめて言葉を失っている。仕方なくボクが尋ねた。
「何か盗られたものは?」
「ない……と思う。偶々、お手伝いの女性が兵士が倒れたことに気づき、悲鳴を上げたところ、逃げて行ったらしい」
「相手はみえなかった?」
「恐らく、気配を消す魔法をつかったのだ。その場にいても、十人のうち気づくのは一人いれば、いい方だろう」
とんでもないボッチスキルをもった暗殺者だ。その場にいても気づかれないとは、最強に近い。
「事情は分かりましたが、どうしてボクたちに? 軍で調べればよいのでは?」
「今、バーベル軍には内紛があってな。兵士を動かすわけにもいかず、また教練が長くなると軍と近くなり、信じられる者もおらん。そのとき、ミネルヴァが教練所に入ったことを思い出したのだ。詳細は、彼女の父親が帰ってから調べたいと思っているが、ミネルヴァにも見ておいてもらおうと思ってな」
それで呼ばれたミネルヴァが、ボクを誘った……ということか。彼女の父親はゴドフロア将軍の腹心。いわゆる忠臣であって、また現在の軍部の中では、主流派に位置する。
でも、何でボクを誘った……? 気づくと、ミネルヴァがボクの腕をぎゅっと握り締めている。恐らく、人が残酷に死んでいるのを初めてみて卒倒しそうになり、知らず知らずのうちにそれを拒否するよう、近くにあったものにしがみついている、という感じだ。
「君も、心に留め置いてくれ。今、軍にはこういう事態が起きている。そして、もしかしたらいずれ証言してもらうこともあるだろうから」
14.ミネルヴァの憂悶
ゴドフロア将軍の屋敷をでて、ミネルヴァに「どうしてボクを?」と尋ねる。
「貴族は信用できない。でも、あなたは貴族となったけれど庶民出。しかも、政治的にも、軍事的にもセイロン家は力をもたない。ちょうど都合よかったのよ」
それは何となく分かる。いい意味でも、悪い意味でも、セイロン家は国の中で傍流である。力をもたなかったから、どこも取りこもうとせずに、放置されてきた。ある意味、その立場は稀有だ。
しかし、ここで巻きこまれた以上、ボクも態度を決めないといけない。相手は兵士を殺してでも、ゴドフロア将軍に近づこうとした、犯罪すら厭わぬ何者かだ。
「ごめんなさい。こんなことに巻きこんで……」
そう呟くと、ミネルヴァはがくっと膝が崩れ落ちた。何とかそれを抱き止めたけれど、緊張していたものが急にほどけ、力が抜けてしまったらしい。
「は、恥ずかしいところをみられちゃったね」
「仕方ないよ。人の死をみるなんて、そうはないからね」
「でも、シドル君は平気そう……」
「地元では、野生動物の解体もやっていたからね。あれが人だと思わないようにしていただけさ」
血抜き、解体、肉をばらして売るまで、ダウ爺から教わってボクがやっていた。死んだのが人間だと思わなければ、慣れたものだ。
彼女を公園のベンチにすわらせ、ボクも隣にすわる。
「君も、アリシアと一緒に、剣術大会に参加していると思っていたよ」
話を変えるつもりで、そうふった。アリシアは貴族でないけれど、冒険者というのはこの世界で、貴族からも一目おかれる存在だ。アリシア自身はまだ冒険者ではないけれど、この教練が終わったら、父を継いで冒険者になる、と目されている。同じ貴族である、アリシアの友人のジョアンナが大会にでたように、ミネルヴァも参加すると思っていた。
「父から止められたのよ。教練所にいくことは認めたけれど、剣術大会にはでないようにって」
「聞いていいかい。ナゼ?」
「私が……レイベンス家の跡取り、その相手を迎える立場だから……かな」
怪我をさせたくない、ということか? 確か、ゲームの中の設定でも彼女は跡取りを迎える立場だった。だから、庶民である主人公が婿に入ることでハッピーエンドになるけれど、彼女からすればそれは望んでいなかったはずなのだ。
ミネルヴァが、少しずつ主人公に心を動かされながら、それでも決断できずにいたのも、彼女が力を発揮することを夢見ていたはず。決して庶民を婿にもらい、子に跡を継がすことをよしとしていたわけではない。貴族の出来損ないをもらい、自分で力をふるいたかったのであって、庶民の婿では一世代パスして、権力が子に移ってしまう。子を傀儡として辣腕をふるう母もいるけれど、それは彼女の性格が赦さないのだろう。
憂いを秘めたその横顔をみると、彼女の難しい立場をよく表しているのかもしれなかった。
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