第9話 可愛げのある女の子⁈

   17.レイラの状態


 セイロン家にやってきた。普段は寮におり、今日は久しぶりにレイラと会うことができるのだ。

「ごめんなさい。しばらく体調がすぐれず、中々お会いできませんでした」

 レイラは弱弱しく微笑む。体調がよくなった、と聞いてきたのだけれど、逆にこれまでどれぐらい体調が悪かったのか? と心配になるぐらい、今も弱っているようにみえる。

「どんな病気なの?」

「医者にもよく分からないようです。肺に問題がある、と言われたことがあります」

 このゲームは中世の欧州を舞台にしているけれど、変なところで現代の知識、機械も含めて会話に雑じる。そういう曖昧なバランスなので、医術もどれぐらいすすでいるか? 不明な部分も多い。

 むしろストーリー上、病気という話は一切でてこなかったので、そこは遅れているのかもしれない。携帯電話など、会話にでてきたものは特殊な設定であり、軍内ではそれを使用している、との設定もあるが、それ以外はやはり中世、暗黒時代の欧州を基盤とするのだから……。

「ボクが診ていいかい?」

「えぇ……でも、これがウィルス性のものの場合、感染させてしまう可能性も……」

 ウィルスという言葉がでてくるのも、設定のおかしさだ。ウィルスなどの微細なものは近代の発見であって、中世の顕微鏡すらない時代では未発見で、あり得ない言葉なのだから。


 でも、ボクは「大丈夫。感染性の病気だったら、この屋敷にいる使用人たちの方がよほど危ないよ」と笑って応じ、彼女に近づく。ベッドにすわったまま、ボクもベッドに腰かけて、彼女の目を覗きこむ。充血しているような感じではない。口を開けさせても、扁桃腺が腫れている感じではなく、喉のリンパ腺も大丈夫そうだ。

 肺がやられていると、血色が悪くなって顔色が蒼く、チアノーゼのような症状がでるはずだ。

 そういうものでもない。ボクも医師ではないので、正確な判断はしかねるけれど、病気の断片はみつけられない。もっとも、内臓系の病気ならボクに判断のしようがないし、沈黙の臓器といわれるものだってある。病気になっても、ほとんど症状が現れないケースだってあるのだ。

 でも、そう考えた時、一つ不思議なことがあった。

「レイラは自分が長生きできない、と思っているだろ? それは医師からそう言われたのかい?」

「…………? お医者さんに言われた気がしますけど、その記憶は曖昧なので、もしかしたら自分で考えたのかもしれません」

 なぜ、こんなことを聞いたのか? 自分でも説明できない。でも、この答が後々、ボクを助けることにもなるのだ。




   18.失言?


 主人公候補と見定めたレン・スウェイだけれど、ボクは声をかけるかどうかを悩んでいた。ボクがこちらに来たように、主人公とて元の世界からこちらに転生してきた者であるのかもしれない。

 そして、ゲームの内容を知って、こちらに来たのならシドルという貴族が、如何に嫌な奴か? 骨の髄まで沁み込んでいるだろう。

 ボクだって、もし自分がシドルでなければ「シドルだけは嫌!」と言っているところで、学園にくるまで自分がシドルだとすら考えておらず、渋々シドルを受け入れたぐらいだ。

 当然、相手も警戒しているだろうし、むしろ敵意をみせてくるかもしれない。何かのイベントで、自然に話しかける機会があれば、そのときに声をかけてみたいとは思っている。それまでは観察し、レンが恋愛にむけて動くかどうか? それを注視する方向とした。

「君は登録しなかったんだね」

 アリシアから、そう恨み節を言われる。

「ボクは剣の腕に自信はないよ」

「嘘よ。同世代の子と……いいえ、父ちゃんに紹介してもらった冒険者の中でも、あなたほどの実力者は数えるほどしかいなかったわ」

「それはどうも……。お父さんを『父ちゃん』っていうんだ……?」

 それを指摘されると、アリシアも真っ赤になって「そ、それは……。その話、誰にもしないでよ!」

 怖い目になって、そう念押しされる。ボクも笑って頷きながら「ボクの剣は、見様見真似。人と戦ったことなんてないんだ。強いていうなら、野生動物の狩りをするときぐらいしか、つかったことがない」


 嘘だった。山賊を撃退するときでも剣をつかったし、魔獣とだって戦った経験がある。でも嘘をついたのは、実力があると思われたくないのだ。

「隠しておくつもり?」

 アリシアにじとっと睨まれた。自分は明け透けなのに、秘密を抱えようとするボクを卑下する目だ。

「隠すつもりはないよ。ボクより、ミネルヴァさんの方を誘った方がよかったんじゃないか?」

 ミネルヴァも、剣の腕では注目を集めるけれど、彼女は父親に止められ、出場していない。もっとも、父親も騎士として活躍し、家柄もよいなど、耳目を集めるなら彼女の方が適任、と思ったまでで、話を逸らしたかったわけではない。

「早々に断られたわ。私は庶民出身で、剣技にも長けているあなたのような人に、剣術大会で名を挙げて欲しかったのよ」

「なぜ?」

「私の父親だって、どこの何某ではない。冒険者になって、実力で名を挙げることができたけれど、そうじゃなければただの平民。でも強いんだ、ということをあなたにも示して欲しいのよ」

「それは、貴族に対して?」

「そう。今は貴族が威張り過ぎていて、軍を率いて強さを見せつけるけれど、庶民だって……と思ってね」

 これを貴族に聞かれたら、大変なことになる。何しろ、身分制度はかなり強いのがこの世界だ。庶民が貴族を批判でもしようものなら、下手をすれば極刑すらあり得る事態だ。


「今の話、内緒ね」

 アリシアも語り過ぎたと思ったのか、そういってイタズラっぽく笑みを浮かべた。でも、目は笑っていない。それはもし口外すれば……と思わせる鋭さだ。

 でも、彼女はバロルの魔眼をもつ。会話すら「そういうと思った」がゲーム内では口癖だったように、会話の先読みもできるはずだ。

 今日は『父ちゃん』と言ってみたり、随分と失言が多い……。それぐらい気を許している、ということか?

 貴族とは言っても、庶民出の養子であるボク。冒険者も、貴族と庶民との中間ぐらいの曖昧な位置づけなので、そうした親近感もあるのかもしれない。シドル視点でのアリシアは、ちょっとツンであるけれど、可愛げのある女の子に映る。主人公によるアリシア・ルートとは、また違った対応が必要なのかもしれなかった。









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