第3話 ボクは注目の的⁈

   5.立ち位置


 ボクの教練所行きが決まると、ダウ爺から「これからは、自分の好きに生きろ」と言われた。短い言葉だけれど、育てた恩とか、そういうことは気にするな、と言いたかったようだ。

 返せないほどの恩義があり、その言葉通りにするつもりはないけれど、今は教練をうけるのが先、とそのまま家を出てきた。

 エイリンも、結婚をのぞんでボクと関係していたわけではない。小さな町で、近い歳の子がボクだけだったから、デートなどもせず、エッチばかりしていた。町をでるときも、帰ってきたら結婚を……という話もなく、彼女もあっさりとボクを見送ってくれた。

 レイラと婚約する。それを妨げる問題は、ボクの側には存在しない。これは彼女がいう通り、ボクにメリットが大きいもので断る理由がなかった。いきなり結婚をしなかったのは、教練所に既婚で入学する……なんて、いくら結婚に年齢制限のないこの世界としてもやり過ぎ、と思ったからだ。

 ただそれと同時に、セイロン家に養子に入った。近親婚が禁止されておらず、ミデラの養子に入ったボクがレイラと結婚しても、特に支障はない。それ以上に、セイロン家の体面をつける方が優先された。跡継ぎである男がいる、という形を早くとりたかったからだ。

 これで、晴れてゲームのサブキャラ、シドル・セイロンが誕生したのだった。


 シドルは主人公と真逆のキャラ。注意すべきは、主人公がハッピーエンドになるとシドルはバッドエンド。その逆も然り。つまり引き立て役として、結果に落差をだす役割、ということだ。

 かといって、乙女ゲームの悪役令嬢のように、積極的に主人公の恋路を邪魔する、という立ち位置でもない。元々がモテ系、主人公がオトそうという女の子から恋心を寄せられ、結果として邪魔をする……という立場である。

 問題は、誰が主人公か? ゲームでは数名しか登場人物がいないし、自分が操る主人公の視点で物語は動くから、分かり易かった。

 でも、シドル目線で物語をみると、めだたず一般的なキャラとして描かれる主人公は、まったく見分けがつかない。名前とて、モブにもすべて名前があるため、そこから判断するのは不可能だ。

 女の子に言い寄る者を見極めて……とも考えたけれど、それこそ攻略対象は五人。その全員を見張るのは困難だし、何より、攻略対象の女の子は魅力的として描かれており、決して主人公だけが言い寄るわけではない。そもそも、本当にゲーム通りの展開になるのか?

 すでに、ボクはゲームでは知らない展開となり、あたふたしているのだ。

 とにかく、これがゲームの中なら、主人公が幸せになると、ボクが不幸になってしまうのが未来だ。それは絶対に回避したかった。自分が幸せになる未来をめざして、ボクも頑張るしかなかった。




   6.最高難度の攻略対象


 このバーベル国の事情について少し説明しておくと、大陸の大半を支配する大国だけれど、バーベル以外の三つの国が軍事同盟をむすび、対立している。なので安泰というわけではなく、こうして徴兵制を布き、齢十二になるとそこから五年、軍事教練をうける。

 ふつうの生徒は教練が終わると家にもどり、予備役となる。常時従軍するのは貴族の子弟がなる騎士と、優秀さをみとめられた庶民出の幹部、後は専業となる兵士のみである。

 適性検査で、貴族から声をかけられるのは、この幹部候補生だ。有能な新入生と、貴族がつながりをもつ。実子の能力不足、そもそも男子の跡取りがいない、といった事情から、軍事面で力を発揮したいと考える貴族が、有望な新入生を養子とすることもあった。

 ただ、養子といっても後を継ぐことはできない。庶民出はあくまで分家、それでも貴族からの後ろ盾と、資金援助をうけられるメリットが大きく、これはウィンウィンの関係である。

 ボクも養子で、セイロン家を継ぐのはあくまでレイラとの間の子。こればかりは国のしきたりで、仕方ない。

 ただその分、ボクには自由が赦された。レイラが他の女の子とボクが関係するのを自由、としたのもそうだ。分家となった者が夫人を何人もとうと、愛人を囲おうと、関係ない。貴族の家を栄えさせるよう努めることが、ボクに課された使命ということだった。


 ボクは魔術教練をうけることになった。魔法はこの世界でも強力で、大きな戦力となる。だから魔術教練をうける者がエリート。女の子でも、適性をみとめられるのも魔力をつかえる者だ。

「よろしく、シドル君」

 そう声をかけてきたのは、ミネルヴァ・レイベンス――。教練所の中では珍しい、貴族の女の子だ。

 珍しい……というのは、貴族だと、わざわざ戦争に参加するかもしれない教練所に女の子を通わせず、一般教養だけ学ばせていればよいからだ。貴族なら、いくらでも裏技をつかって教練を回避でき、それでも通う彼女は、よほど自信があるのか、それとも……というところだ。

 そして、彼女が最難関の攻略対象でもある。

 庶民である主人公が、貴族の娘と結婚することで立身出世する。それが最高のハッピーエンドであり、そのためミネルヴァは最上級の美貌、グラフィックが与えられていて、見目麗しい容姿をする。

 主人公からすると、庶民を少し小ばかにした感じもあり、ツンの部分がめだったけれど、同じ貴族であるシドルに対しては、どうやら対等に接してくれるようだ。それはそれで寂しい気もするけれど、今はにこやかに「よろしく、ミネルヴァさん」と対しておく。

「キミ、注目の的よ。何しろ、あのセイロン家の跡取りだからね」

「どういうこと?」

「あの広大な領地を、ミデラ小母様が一人で維持してきた。それも驚愕だけれど、少しでも血縁のある貴族たちが、鵜の目鷹の目で狙ってきた。それをミデラ小母様が、ガンとして撥ねつけてきたのよ。それが、いきなり庶民を養子にしたんだもの。驚きもするわ」

 レイベンス家はセイロン家と血縁関係になく、他人事だ。もっとも、レイベンス家もセイロン家に匹敵する名家、その動向には興味津々、といったところだろう。

「これから色々とあると思うよ。大変なことが……」

 若い女の子が、ゴシップを好むように笑顔でミネルヴァはそう言った。シドルの背景や、事情なんてゲームで描かれるはずがない。イケメンで、貴族のお坊ちゃんで、何の苦労もなく女の子にモテて……というキャラが強調されていた。シドルはシドルで、大変な事情を抱えている。そう思うのと同時に、主人公とはまたちがった攻略法も必要なのだと、ミネルヴァをみて改めて考えさせられたのだった。



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