第2話 ボクはサブキャラ⁈

   3.アプローチ


 ボクも改めて考えた。シドルは貴族の出身。ボクはダウ爺の息子として登録されており、貴族ではない。

 だから、主人公を邪魔する嫌味なシドルではないはずだ。そうなると、同姓同名のモブ……? 紛らわしいけれど、サブキャラとして確立された『シドル』とは、別人のはず……だ。

 ただ受付嬢から、こう声をかけられた。

「バーネルハウト教授から、あなたにお話があるそうです」

 白髪交じりの顎鬚の豊かな、背の高い老人が立っていた。ここは軍事施設であるけれど、仕立ての良いスーツ姿で、目つきも柔和だ。

 彼につれられ、部屋に入る。どうやらそこは、世界史? 地理? の準備室か何かのようで、バーベル国のあるロディウス大陸が中央に描かれた、大きな絵が飾られていた。

「君は、貴族になる気はあるかね?」

「……え?」

「驚くのも無理はないが、検査をうけたとき、会場に観客がいただろう。そこで優秀な新入生を、貴族の家に迎え入れる風習があるのですよ」

 ゲームの中では、そんなイベントはなかった。むしろ、主人公は魔法の適性が低いという設定だったので、スカウトにかからず、そのイベントがスキップされた? そしてシドルは優秀な生徒として貴族にスカウトされ、貴族の身分として、ゲームの中に登場する……。

 本編に行く前に、早くも分岐がはじまったようだった。


 ボクに興味をもった貴族は、セイロン家という。ゲームの中で、シドルが出身としていた家だ。

 ボクと会ったのは、白髪頭の高齢の女性である。

 柔和な笑みを浮かべ「素晴らしい成績でした」

 セイロン家は旧家であり、領地も多くて豊かだとされていた。ただ、当主を彼女が務めるように、彼女の息子は早くに亡くなり、政治的、軍事的な意味での力は著しく衰えている、とされた。

 だからこそシドルが期待の星で、次期当主として傲岸不遜にふるまえる、との設定である。

「あなたに我が孫と婚姻し、セイロン家を継いで欲しいと考えています」

「孫……? お嬢さんですか? こんな会ったこともない男との結婚を、了承しているのですか?」

「えぇ。むしろ、誰かよい方がいたらすぐにでも結婚したい、と申しています」

「事情を……お話いただけますか?」

「実は、孫は病弱なのです。それで、早く結婚をして相続問題を解決したい、というのが希望なのです」

 この世界では『養子』という制度もあるけれど、相手は貴族であることが条件だ。つまり貴族の息子、もしくは娘を『養子』としなければならない。ただ、そうなるとこの祖母、それに病弱な孫が亡くなると、相手の貴族にセイロン家を乗っ取られる、コントロールされる懸念が付きまとう。

 それならいっそ、庶民との婚姻によって、セイロン家の血筋を何とかのこす方向にしたい……ということのようだった。




   4.貴族の娘


 ミデラ・セイロンに連れられ、ボクはセイロン家へと向かう。恐らく、この魔法適性の成績がよかったシドルとのコンタクトをとるために、セイロン家はかなり無理をしたのだろう。

 教練所にお金を積み、成績優秀な生徒とのコンタクトをつける。どんなスポーツでもドラフト、スカウトがあるものでは、人為的な力によって正当な選抜などできるものではない。事情が切迫していたセイロン家は、今年の新入生にかけていたはずで、断りにくかった……という事情もあるけれど、そこまでの決意を秘めた孫と会ってみたくなった。

 どの貴族も首都に別邸をもち、本当の屋敷は領地にある。ここはその別邸、江戸時代の藩邸のようなものだ。それほど大きくないが、一部の側近、護衛がいる。調度品などは豪華だ。

「レイラ。シドル・ジュード様が来てくださいましたよ」

 布団に横たわっていた少女は、ゆっくりと体を起こす。金髪の少女で、ほっそりとしているのは、闘病の影響だろう。年齢はボクとほぼ同じ、でも大人びてみえるのは幼い子に特有の、顔に丸みを感じない影響か、それとも貴族の跡取りとしての自覚をもち、病弱ながらその精神力の強さをもつせいか……。

「初めまして……。こんな姿でごめんなさい。今日は体調があまり優れず……」

 恐らく、領地にいた彼女がここまでの遠出をしてきたのは、教練所に通う者との結婚を考えた場合、ここにいた方が何かと都合よいから、だろう。その長旅のせいで、体調を崩したのだ。

「二人きりでお話をさせてもらえませんか?」

 ミデラにお願いすると、それほど広くない、ベッドがあるだけの病室のような部屋で、彼女と二人きりになった。


「本当に、ボクと結婚するつもりかい?」

「そうすれば、あなたも貴族になれますよ。悪い取引ではない、と思いますが……」

「結婚は取引でするものかい? 君はいいのか? こんな好きでもない、初めて会った男と……」

「あなたとは初めて会いましたが、好きになるよう努力します。しかし、私は貴族の娘。個人の好き、嫌いが優先することはありません。あくまで家を繁栄させることが大切……」

 なるほど、彼女にとって好き、嫌いという感情より、家をのこすための最善策として、魔法に長けた庶民の息子を婿に迎え入れ、子を生すことで優秀な血筋を遺そう、という気持ちの方が強いのかもしれない。

「申し訳ありませんが、あなたのことは調べさせてもらいました。地元で、良い仲の方がいることも……。でも、それでも構いません。愛人はいくらいても、側妾をこの屋敷に住まわせてもよい。だけど、これだけは約束して下さい。私との行為を通じて子を生すこと、跡継ぎをのこすことを優先して欲しい。そしてこのセイロン家を守って欲しい」


 ボクが地元で、エイリンとエッチをしていたことも、彼女は知っていた。むしろ、だからボクに白羽の矢を立てたのかもしれない。この歳で、子づくりに前向きな者はそれほど多くない。それはテクニック、という点でも……。

 ボクとなら、すぐにでも子づくりに励める。十代前半で妊娠、出産はかなり負担が大きい。病弱とされる彼女が、それに耐えられるかどうかも不明だ。

 でも彼女はそれに挑もうとしている。十代後半まで、生きていられるかどうかが不明な以上、今それをするのが自らの使命だと考えているのだ。

 重い……。ゲームでは、ただセイロン家の跡取りとだけの設定だったけれど、こんな重い宿命を背負っていたのか……。彼はどちらかといえば陽キャで、常に女の子に周りを囲まれ……という主人公とは対極の存在として描かれていたけれど、女遊びもその反動だったか……。

 断る、という選択肢もある。でも、ゲームシナリオ上、セイロン家の跡取りとしてのシドルしか知らないボクが、ちがうルートで行動することは危険に過ぎる。ボクはその申し出を受けることにした。









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