第34話 対決⁈

   67.陥れた者


 ボクが処刑場から逃走して二週間、とっくに国をでて、どこかに逃げたと思われている中で、ボクは現れた。それはとある貴族の屋敷だ。

「アナタですね。ボクを罪に陥れたのは?」

 ボクの前にすわるのは、不意の訪問にもかかわらず、少しも驚いたり、動揺をみせたりしていない、堂々とした態度と、体躯をもつ貴族だ。

「なぜ、そう思う?」

「おかしいと思っていたんですよ。教練所の剣術大会。これは子供たちが初めて体験する、大きなイベントです。国内から多くの親御さんが、この大会で活躍する自分の子供を見に、この首都に集まってくる。もっとも警備をしなければいけないタイミングで、軍が首都にいなかった」

「それは南方で有事が……」

「いいえ。それはデマで、すぐに軍は引き返している。無能な軍が騙された、という可能性も考えましたが、単にそのとき軍がこの首都にいたくなかった。将軍邸襲撃を予め知っていたから……という可能性を考えてみました。すると、驚くほど色々なことに説明がつくんです」

「ほう……」

「保守派と改革派の争い? 担ぎ上げられた将軍と、その将軍を狙う何者か……。この構図で、誰が得をするか?」

「誰だい?」

「この国では、将軍職は三人まで。それが慣例です。そのせいで、将軍になりたいのに、なれない騎士がいる。ゴドフロア将軍の片腕、あなたですよ、マルティン・レイベンスさん」


 ミネルヴァの父親、マルティンは隻眼をニヤッとさせた。

「将軍になりたい騎士……。そんなものは何人もいる」

「確かに。でも、軍内でもその順位、序列は噂されている。将軍に比する力をもつ騎士でないと、将軍になるのは難しい。その筆頭に、常に名が上がるのはアナタです」

「…………」

「アナタは将軍邸襲撃を知っていた……。むしろアナタが仕掛けた、といってもよいでしょう。あわよくば将軍を亡き者とし、最悪でも将軍には危機を感じて引退を早めさせる。そのとき、首都に軍が駐留していたら、軍の幹部であるアナタの責任になるかもしれない。逆にそうした用意周到さが、アナタへの疑惑を向けさせるんですよ」

「ふふふ……。憶測に過ぎるね。キミの話は、全て憶測だ」

「ええ。でも、ボクが犯人というのも憶測……でしょ? 何より、証拠品だったあのコートは軍用です。ボクでは入手経路すら不明。仮にそれを手に入れたとして、ボクがそれを着ていたら、逆に将軍邸の親衛隊に、警戒されるだけでしょう?」

「軍人が犯人……というために準備していたものだったからね」

 マルティンはそういって笑った。

「なぜボクを嵌めたんです? セイロン家の事情があるとしても、不自然です」

「セイロン家は、今は人をだしていないとはいえ、国の創立にかかわった古い家の一つだ。何かコトが起これば、その意向を無視できない。特に、ミデラの智謀には我々も警戒する。彼女が家を伸長するためキミを養子としたように、昨今の軍の動きに介入する動きをみせたら、厄介だと考えた」

「それだけ?」

「……キミに、娘が惹かれていたからだよ」



   68.マルティンとの対峙


「セイロン家の養子であるボクと、ミネルヴァが結婚することは、ほぼないでしょうね。何しろ、ミネルヴァはレイベンス家の跡取りの位置づけだ。ボクがセイロン家をでない限り、彼女とは結婚できない。それが分かっているから、彼女もボクと距離をおく」

「だが、心は動く。キミを取り除くことで、後顧の憂いをなくす」

「なるほど……。ドネルズ家の背後にいたのは、アナタですか?」

「いいや。それはベングリオン家だ。あそこは基盤が小さい。セイロン家の財産を狙っていたから、私ともよく話が合ったよ」

 マルティンが素直に、本音を吐露している。これは悪い兆候だ。なぜなら、ボクにそれを明かす、というのはもう諦めたのか、むしろボクを殺すことに決めたため、と思われたからだ。

「保守派と、改革派の争いというのも、アナタたちが画策したことですね?」

「そうさ。むしろ守旧派、といって欲しいね。古い考えにしがみつき、将軍職が三人という慣例を、見直すつもりもない。だからそこに争いをもちこみ、守旧派を除こうとした」

 ミネルヴァがかつて、父親は保守派でない、ゴドフロア将軍派じゃない、と告げていた所以だ。

「でも、どうしてその争いでミネルヴァが命を狙われるんです?」

「ゴドフロア将軍の配下である私に、何の被害もでなければ、それは怪しいと映るだろう?」

「それで、ミネルヴァが死んだかもしれないんですよ」

「そうなったら、そのときはそれまでだ。妹の子供を養子にとって、レイベンス家は存続できる」


 マルティンは、もっとも貴族らしい貴族なのだ。家を栄えさせるため、権謀術数を駆使する。そのためには、娘の命だって犠牲にするのを厭わない。

「その考えで、将軍邸の襲撃を命じたのですか? ミネルヴァに……」

 ボクの問いに、サッと顔色が変わった。

「将軍邸に入りこめる存在。親衛隊が油断をする存在。そして、水魔法というのは人を操る魔法にも応用できる。水で幕をつくる、もしくは眼球の水晶体に影を映すことだってできる。

 将軍邸を襲撃した後、将軍邸の近くにあるレイベンスの屋敷に寄って、彼女は闘技場にやってきたんだ。アナタの指示した通りに……ね」

「彼女が適任だったからだよ。将軍不在の折、その親衛隊を殺す。それで将軍が辞めてくれれば……それでよかったんだ」

 しかしゴドフロア将軍は辞めなかった。直接将軍を殺さなかったのは、それこそ軍の責任になるからだ。だから護衛を殺し、危機感を煽ったのだろう。

「将軍が辞めず、計算が狂った。その微妙な均衡の中で、セイロン家が入ってくるのを快し、としなかった。だからボクを亡き者とし、娘の未練を断ち切らせ、後顧の憂いを断って未来に希望をつなぐ……。

 やれやれ、こんな自己の欲望に忠実な人を初めてみましたよ。はっきり言って、関わりたくない人だ」

「安心してくれ。もう関わることはないだろう。キミは、私が殺す」

 彼は椅子から立ち上がった。騎士として優秀さ、勇猛さを謳われるマルティンだ。教練所の一生徒であるボクなんて、歯牙にもかけないだろう。

「サンダー・ボルト‼」

 マルティンが剣をふるうと、切っ先から雷撃が放たれた。ボクの静電気なんて、児戯というほどの強力な魔法だ。

 でも、それは床から立ち上がった土の壁によって遮られたる。

「安心してください。ボクだって、アナタに敵うとは思っていない。だから、最強の助っ人を呼んでおきました。むしろ、そのために時間がかかった」

 その場に現れたのは、ダウ爺だった。

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