第35話 復帰⁈
69.ミネルヴァ・レイベンス
最強の騎士と、最強の兵士との戦い……。
でも、結果は明らかだった。それは、強さがどう……ではない。相性が悪いのだ。雷撃を得意とするマルティンに対し、土魔法を得意とするダウ爺。土にすべての雷撃を吸収させてしまう。
マルティンの攻撃は一切通じず、ダウ爺の圧勝となった。
ボクはその間、ミネルヴァの下を訪れていた。
「キミがボクを、事件の後で将軍邸に誘ったのはナゼ?」
ミネルヴァは自室にいた。ボクの来訪に気づいていながら、ふり返ろうとしない。その背中に語りかけると、彼女は静かに語りだした。
「父に命じられ、兵士を殺した……。貴族だから、いずれは軍に関わることもある。人を殺すことに躊躇うな、命じられたことをしろ、そう教えられていたから、そうした……。
でも、初めての人を殺す体験は、私にもつらかった……。だから、将軍から私に来て欲しい、といわれた時、正直どうしようかと思った。
アナタがついてきてくれたのなら、私にそれが耐えられるんじゃないか……。そう思った」
なるほど、彼女がみせていた動揺、いつも冷静な彼女からすると、かなり意外な気もしたけれど、そういう事情があったなら納得だ。
「ボクをその犯人に仕立てられたとき、キミは知っていた?」
「まさか……。知っていたら、絶対に止めた。だって、殺したのは私なんだもの。だからあの朝、ひどく驚いた。動揺して、お父さんに尋ねた。きっとお父さんが関わっている、そう思ったから」
ボクも理解していた。ミネルヴァ・ルートでは、ボク……シドルはほとんど主人公の恋愛を邪魔しない。なのに主人公が恋愛を成就させ、ミネルヴァと結ばれるとボクが破滅する。
その理屈がよく分からなかった。でも、こういう事情があったのなら納得する。
それは主人公が……ではなく、ミネルヴァが幸せになる未来とは、シドルが不幸になることと対比だったのだ。
彼女の殺人がバレずに幸せになると、それは罪を着せられたボクが不幸になる、そんな未来――。
ボクは彼女に近づいて、その両肩にそっと手をおく。
ミネルヴァはふり返らず、その肩を震わせて泣いていた。
「私は……貴族だから、貴族としての振る舞いを身に着けないといけない。家を繁栄させ、結婚する相手すら選べない。誰かと付き合うことも赦されない。好きな人を、自ら罪に墜とすようなことをしても、愚痴をつぶやくことさえできない……」
貴族の堅苦しさ……彼女はその中で雁字搦めにされた。高潔さと、時おりボクにみせる弱さとは、彼女の中にある戸惑い、窮屈さ、その裏返しだったのだ。
「ボクは……仮初の貴族だから、貴族の常識とかよく分からない。だからキミを断罪するつもりもないし、擁護する気もない。でも、貴族の世界を変えなきゃいけない、とは考えている。今回、キミは悲劇の中心にいた。そんな悲劇を、今後の若い世代につがせないために、動いてもいいんじゃないか?」
「でも私……」
「ボクも一緒に戦うよ。貴族と、その古い慣習と。将軍邸に向かった、あのときと同じ。……一緒にいくよ」
彼女は泣いていた。ふり返ったけれど、すぐにボクに抱きついてきた。泣き顔をみられないため? それとも……。
ボクは彼女に無理やりキスをした。でも、彼女は拒まなかったし、そうされることをむしろ望んだように、為すがままとなっていた。
70.貴族
ボクは二週間ぶりに、教練所にもどった。
疑いが晴れて、無罪放免となったのだ。ただ、その細かい事情は伝えられていないので、みんなも半信半疑で、戸惑う部分が大きかった。
そんな中で、マイアだけが自分の感情に素直に、泣きじゃくりながら、ボクの胸に飛びこんできた。
「うわ~ん! よかったよぉ~……」
マイアには事前に何も伝えていなかったので、ボクが動いていることを知らなかったのだ。
でも、ボクを処刑場から助けてくれたアリシア、ウェイリングにもそれとなく伝えておいた。そして、もっとも陰ながら動いてくれたのがエマだった。
彼女は商人の娘。その情報網を駆使して、将軍邸襲撃時の軍の動きについて調べてもらったのだ。
また、マルティンとの対決を予想し、ダウ爺も呼んでいた。ボクの頼みに、二つ返事で了解してくれたのは、ダウ爺にとっても軍はやはり居心地が悪く、それを束ねるマルティンに忸怩たる思いがあったからだ。つまり、ダウ爺が軍を辞めたのは、マルティンが軍で実権をにぎった時期と重なる、ということでもあって、すぐに駆けつけてくれた。
ミネルヴァも教練所にもどっているし、誰も欠けていない。それは、マルティンを倒して約束させたからだ。ミネルヴァの呪縛を解け、と……。
そんな中、唯一変わったこともあった。
それは……、ボクが貴族でなくなっていた。
ミデラとレイラ、それにボクとの話し合いがもたれた。
ボクは無実だと分かり、二人と首都にある屋敷で会っていた。
「今回の件は、ボクの失態です。貴族たちの動き、これだけ早い、ということを見抜けなかった。何とか切り抜けましたが、貴族としては失格です」
そう、貴族として処世術を身に着ける、というのは無実だから大丈夫、などと考えるのではなく、裏で罪におとそうとする動きに、どう対処するか? 事前に準備を整えておくか? だ。
ミデラは静かに頷く。
「それを理解していますか? なら、結構」
「でもおばあ様。彼は自らの無実を証明し、また復帰しました。これで万事、うまく収まったのでしょう?」
「いいえ。そういうわけにはいきません。彼には、養子を外れてもらいます」
「え……。ダメです! 絶対にダメ‼」
レイラが祖母に逆らうことなど、これまでなかったことだ。それが必死で、ボクを留まらせようと訴えている。そんなレイラのことを、ボクが押しとどめた。
「時間をおく、ということでしょう?」
「そういうことです。仮にも今、将軍邸襲撃の容疑をかけられたアナタが、セイロン家にいるのはよろしくない」
「では、関係は今のままでいいですね?」
ミデラが頷くと、レイラもホッとした表情を浮かべる。
「キミが毒を盛られていても、口をださなかったのは、それぐらい気づけないと貴族としてやっていけない。そういうお考えでしょう?」
ボクの問いに、ミデラも頷いた。
「それに気づいた。アナタが当家の婿にふさわしいことは、今も変わっていません。一時、養子からは外れますが、孫のことをよろしくお願いします」
そういう事情から、ボクはシドル・セイロンから、シドル・ジョースキンに名を変えて、教練所に復帰したのだった。
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