第13話 エマ・ルートの入り口⁈
25.野営
「しかしシドル君は強いね。さっきから、気づかないうちに魔獣を何体か、倒しているでしょ?」
エマは地図と、ボクの顔を交互に眺めつつ、そう尋ねてくる。
「殺してはいないよ。ライジングをつかって、驚かして追い払っているだけさ」
「無詠唱でできるの?」
「静電気がバチっというぐらいなら、無詠唱でもできるよ。元々、どんな生物でも帯電していて、それをショートさせるだけなんだから」
簡単ではないけれど、コツさえつかめばできる。ボクが先頭を歩けば、魔獣の接近も感知できるし、こうして先触れで追い払うこともできる。
ただ気になっているのは、ミネルヴァを襲った魔獣の群れもそうだけれど、軍が追い払った、という割には、魔獣の数が多いことだ。それも、ミネルヴァの辿りそうなルートに……。
これもゴドフロア将軍邸での出来事が影響するのか? ミネルヴァの近くのルートに、ボクが宛がわれたのもそうだ。あわよくば、二人とも魔獣の餌食に……とでも考えたのだろうか?
日が昇ってくるころ、川がみえた。ミネルヴァたちが迂回しようと、歩き回った川である。
「あちゃ~。ここも渡れそうにないね」
「大丈夫。あの岩と、岩の間に橋をわたそう。木を二本伐ってかけるんだ。土魔法が得意な人、いるかな?」
木を伐るのは大変だけれど、土魔法をつかって、根から掘り起こしてしまえば簡単だ。杉のような根の浅い木の、若木を二本差し渡すと、立派な橋ができて、難なくわたることができた。
川を越えてしばらく歩いたところで「ここら辺、高い木があって野営できそうだから、ここで休もう」
エマがそういうと、ボクのチームはもう無言で動きだす。枝をくんで、木を伐って渡すと、そこを寝床とする。
二チーム分なのでかなり広い場所が必要だけれど、一度やった工程でもあり、慣れたものだ。
「こうすれば、監視は一人で済む。木に登る魔獣は少ないからね。ただ、こうして毎回、寝床をつくるのは大変だけれど、そのためルートを見極め、短時間ですすむようにしているんだ」
ボクがミネルヴァに説明すると、彼女も嘆息する。
「夜に、地上で一人で見張りをするなんて無理だったのね……。私、何も分かっていなかった……」
「そんなことはないさ。でも、魔獣が多いかどうか、という予想を立てることも重要だ。軍が排除してくれた……と安易に考えてしまったこと。それが今回の失敗だよ。それを見直せばいい」
泣き崩れそうになる彼女を、そういって慰めた。必死で泣くまいとするのは、貴族の矜持だ。でも、今回は死にそうになったことで感情が昂ぶり、声を潜めて背中を震わせていた。
28.ゴール手前
野営訓練、最終日――。
ボクが気になっていたのは、エマとレンを組ませてみたけれど、特に進展をみせなかったことだった。レン・スウェイはどんくさいところがあっても、素直だし、嫌な顔一つみせずに仕事をこなす。ただ、シドルであるボクに警戒することもなく、またエマ・ルートに入りそうになっているボクに、イラつく素振りもない。
もっとも、ゲームの中でもこの野営訓練はエマ・ルートででてきていない。
シドルだから、ここでエマと急接近するのか? やはり主人公とは異なる場面で、女の子と親密になるのかもしれない。
ゴールであるフカシの洞窟が近づいてきた。
「ここでお別れだね。協力したことは内緒にしておいた方がいい」
「ありがとう……。私たちはしばらく時間をつぶしてから、ゴールするわ。一度、ギブアップの狼煙を上げているし……」
ミネルヴァはそういった。
「嫌、むしろ君たちの方が先に到着すべきだ」
「どうして?」
「チームの配置、ルートをみても、元々君に華をもたせるために決められたと考えられるからさ。軍内でも力のある父親への配慮もあったろう。その期待に応えられないと、君がまずい立場になる」
「でも……」
「ボクたちは大丈夫さ。気にせず、ゴールしてくれ」
まだ何か言いたそうだったけれど、ミネルヴァたちを送りだした。そしてボクは、自分のチームに向かって「ごめん。そういうことだから、トップでのゴールは諦めてくれ」
「シドル君らしい決着じゃない。私は構わないよ。結構、楽しかったし」
エマはそういって笑う。
「ほとんどシドル君の力で、ここまで来れたからね」
ドロシーがそういうと、ホセもレンも頷く。
「オレは腹いっぱい、食べながらここまで来れて、満足だよ」
「ボクも、エマさんと星をみながら測量するのは勉強になったからね」
チームのメンバーは、納得してくれたようだ。
「シドル君が女の子にモテるの、分かった気がする」
エマは休憩中、ボクの隣に腰をおろすと、にじり寄ってきて、そう囁いた。
「モテているつもりはないけど……」
「みんな、シドル君の噂をしているよ。でも、時おり部屋にマイアちゃんが訪ねているって話で、警戒しているだけ」
なるほど……。寮なので、部屋を抜けだしたマイアのことを、誰かが後をつけたのだろう。彼女がいる、となれば牽制し合うより、よほど確かな抑止力だ。
「ボクは彼女を一人にしぼるつもりはないけれどね」
エマはくすっと笑う。
「シドル君、悪い貴族になりそうだね。側妾を何人もかかえるつもり?」
「何人も……とは言わないけれど、好きになった子がいれば、側妾にしたいかな」
「ぶっぶー。私に色目をつかっても、そう簡単に靡かないぞ♥」
ボクも苦笑いする。エマは会話のウィットを愉しむタイプで、その中でいい感じにしないといけない。もっとも、こうした押し引きはボクも楽しいと感じるし、そこで選択肢を間違えなければいいだけのことだ。
「エマなら、簡単じゃなくてもチャレンジしたい……かな?」
「怖い、怖い。私はまだ、貴族の側妾になるつもりはありませんよ~っだ」
エマはそういって立ち上がると、お尻の汚れを掃いつつ歩いていった。
でも、ボクとエマが二人きりで話していても、レンは何も感じていないようだ。主人公として転生したとしても、ゲーム通りにふるまう、とは限らない。そもそもボクのように意識があって、転生したという確証もない。
まさか、剣術大会に出ないルートもあるのか……? レンは剣術大会にでたから、主人公だと考えていたけれど、違う可能性も考えはじめていた。
むしろ、レンはアリシア・ルートに入っているから、彼女にご執心なのか? アリシア一択、というゲームの遊び方だってある。
ただゲームという認識があるのなら、エマを意識しないというのも不思議だ。攻略対象と知っているはずなのだから……。
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