第31話 牢獄暮らし⁈
61.戸惑い
「どういうこと⁈ 何で、シドルが……」
マイアはパニック、一歩手前というほどに取り乱す。
「落ち着いて、マイア。多分、すぐにもどってくるわよ」
エマもそういって慰めるけれど、確信がある話でないことはより強く自覚し、その目をミネルヴァたちが集まる方へと向ける。今、そこでは貴族や主要なメンバーが集まり、対応が話し合われているはずだった。
「軍の動き、胡散臭いね……」
アリシアは鋭い目つきで、そう指摘する。
「え~。じゃあ、濡れ衣ってことぉ?」
ウェイリングはきょとんとしている。彼女はエルフであり、この国の貴族の実状にはほとんど知らない。
「私もお父さんに聞いてみるけれど、多分何も答えてくれないでしょう。高度な政治判断が働いたことは間違いない」
ミネルヴァも、そう応じるしかない。彼女は貴族の代表みたいな見方もされるけれど、勿論すべてを知るわけではない。
「私も、お父様に聞いてみるわ」
ミネルヴァの友人、貴族の娘であるジョアンナ・アレントもそう提案する。今や、貴族の子女は、不審の目でみられているのだ。
「オレは、今回の軍の動きに賛成する」
そう発言したのは、アリシアと剣術大会決勝を戦った貴族の息子、ジーク・ハンマーショルドだ。
「軍が証拠もなく、シドルの身柄を拘束することはないだろう。やはり、何かの証拠があって、彼は逮捕されたんだ」
ゴドフロア将軍邸の襲撃事件は、一部の人間しか知らない。今朝、初めてその話を聞いた者もおり、まだ動揺がみられる。何よりそれは、これから軍で働こう、というジークのような貴族の息子を直撃したことになる。それはショックであり、軍を信じる気持ちに傾いているのだろう。
「ボクも今、バイアスをかけて考えるべきでない、と思う。勿論、友人だし、信じたい気持ちもある。でも、軍が教練所に入ってまで彼を逮捕した、という事実をそう軽視すべきじゃない」
ジークを擁護したのは、オーウェン・ギャド。女性問題でミソをつけているが、その意見にミネルヴァも納得した。
「分かった。父に話を聞いてみる。みんな、軽率な行動は控えてね」
ミネルヴァはそういって、場を鎮めたけれど、そのときは発言せず、納得していない表情を浮かべていたのは、アリシアだった。
62.囚われの身
そのころ、ボクは軍の施設にいた。まさか、未知のゾーンに入って、いきなり拘束されるとは思ってもみなかったけれど、ボクにとってこれは予想された一つのシナリオだった。
ダウ爺の愛弟子と知れたことで、戦闘をすると犠牲が多い、と知れた。そのとき、相手がどうするか? 権力により封じ込めにかかるだろう。この国では、国王より貴族による合意の方が、より強い力をもつ。すなわち、貴族が管理する、力の拠り所たる軍を動かす、とは予想されたことだ。
予想はしていたけれど、こんな早く……とは思っていなかった。軍内には保守派、改革派と別れ、それが足の引っ張り合いをする、と予想していたからだ。
むしろ、保守派とのつながりを疑われるボクに手をだしてくる、ということは改革派? だとすると、ゴドフロア将軍はこの動きに気づいているのだろうか? 彼が承認した? その可能性もある。何しろ、別にボクはゴドフロア将軍の配下でもなく、また直接には何も関係はない。切ろうと思えば、いつでも切れる、手駒ですらない捨て駒だ。
何度か依頼もしたけれど、それは犯罪捜査に必要、という理由で協力してもらっただけなのだ。
ゴドフロア将軍とて、ボクというただの教練所の生徒を、気にかけてくれているわけではない。
今は孤立無援……と改めて思った。
ミネルヴァはそのころ、教練所を抜けだして自宅にもどっていた。
「お父様。教練所には手出しをしないと……」
父であるマルティンは勇壮な体躯をもち、戦いで片目を失っている。隻眼で娘を見返しつつ「それは約束ではない。努力はした。だが、これが最善だと判断された、ということだ」と応じる。
「私一人の力では、みんなを押さえられません」
「今のうちから、人々を導く術を覚えなさい。それは絶対、お前の将来に役立つ」
「そ……、そんなきれいごとでは済みません! 彼は、私たちの世代でも中心にいる存在です。決して表にはでず、裏にまわってみんなを支えてくれていた、そんな役割なのです。だからこそ、みんなの動揺が止まりません」
必死の訴えに、マルティンもじっと自分の娘をみる。
「君も……、彼に頼っていた、ということかな?」
ミネルヴァは一瞬、言葉につまるものの、冷静さをとりもどして「私も……頼っていました」と応じた。
「話には聞いているよ。魔術大会でも、四人で参加したそうだね」
ミネルヴァは下を向く。
「君の想いがどうだろうと、これは貴族の問題だ。貴族は、自らの家を繁栄させるために、あらゆる謀を巡らす。そこに個人の感情はいらない。冷徹に判断することを期待するよ」
マルティンは、自らその冷徹さを示すように、何の感情も示さない隻眼で、ミネルヴァを見つめた。
そのころ、アリシアはウェイリングを自分の部屋へと誘った。
朝から兵士が講堂に入るなど、今日は混乱の最中にあり、授業も行われていないのでサボるのも自由だ。
「私たちで、シドルを助けない?」
アリシアは直球でそう声をかけた。
「どういうことぉ?」
「この国では、貴族がその権力を誇示するため、また利権を得るため、ごちゃごちゃやることが多いの。だから、シドルは標的にされた。彼に無実の罪を着せて、処刑しようとしているのよ」
「え~ッ! ひっど~い‼」
ウェイリングはエルフとの間の交換留学生であり、この国の事情については詳しくない。
「このままだと、シドルは処刑されるでしょう。その前に、私たちが動くの」
「大丈夫なのぉ?」
「私は、教練所に未練はない。父の跡を継いで、冒険者になって他国に渡れば済むからね。あなたも、いざとなればエルフの国にもどればいいでしょ? 勿論、成功するつもりだけれど、私たちなら失敗を恐れずに動けるって話よ」
ウェイリングも小首をかしげて「う~ん……」と考えていたけれど、あまりよい考えは浮かばなかったようで、短絡的な答えに飛びついた。
「分かった。やる! 私もシドルと会えなくなるのは嫌だもん」
そういった後、「ミネルヴァちゃんも誘う?」
アリシアは首を横にふった。
「彼女は貴族、ど真ん中だもん。誘えないわ。それに……」
言葉をにごしたけれど、そのときアリシアの顔には寂しいような、切ない表情が浮かんでいた。
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