第30話 善意と悪意と⁈

   59.魔術大会の成功


 魔術大会で、レンは平民出身のみんなと、魔法を披露した。

 彼は主人公たる自覚がないから、それで十分なのだろう。でも、ボクとしては複雑な気持ちだ。

 これで、今後はゲームのシナリオとは異なる領域に入る。つまりボクの知らないことが起こるだろう。もっとも、シドルとして生きるここでは、ゲームとは異なる展開に充ち溢れていた。

 ボクがゲームで遊んでいた頃は、完全に悪役だと思っていたシドルが、実は裏でこんな事情を抱えて、さらに様々なトラブルに巻き込まれていた……なんて思いもしなかった。

 そもそも、ゲームの中に入りこんだところで、すべてを知ることなんてできない。人生はイベントだけではなく、多数の日常があるのだ。

 知らない世界――。でも、頑張って生きていくしかない。ボクはここでシドルとして生きていくしかないのだから……。


 ボクたちは水魔法が得意なミネルヴァ、風魔法が得意なウェイリング、火魔法が得意なアリシア、そして土魔法のボクと、それぞれが得意な魔法を重ねて、アートのようなものをつくった。

 最高評価をうけ、この世代のレベルの高さを見せつけられた。そして一体感も演出できたことはよかった。みんなも喜んでくれ、高評価で終わることができた。

 ただその裏で、とある事態が進行していることを、このときのボクはまだ気づいていない。

 無邪気に魔術大会での成功を喜び、ボクは主人公が攻略対象の女の子たちとの関係を諦めた、バッドエンドは回避された……。そんな安堵感にそのときは充ちていたのだ……。



   60.急転直下


 貴族の集会――。貴族は相互利益のため、時おり集会を開く。それは夜会であったり、パーティーという名に形を変えたりもするけれど、相互の情報交換、人的交流を深めておく。

 それは今後の戦略を考える上でも、重要……。

 そして今、ホットな話題はセイロン家――。

「あの家が力をとりもどすと、大変なことになりそうだ」

「改革派と、保守派……。そのパワーバランスが崩れることは間違いない。特に、あの婿は、保守派とつながっている」

「ミデラは保守派……か?」

「老獪なミデラは、態度をはっきりとさせていないよ。むしろ、次世代に態度を委ねよう、と考えているのかもしれん」

「この国を二分する、というのに、日和見か……相変わらず」

「それがセイロン家を生き残らせてきたんだ。とんだタヌキ……否、化け猫かな。あのババアは……」

「殺すか?」

「今、ミデラを殺したらセイロン家は解体だ。あのレイラという娘を、後継指名もしていない」

「姑息だな……。成人を迎えていないレイラを後継指名し、ミデラが死ねば、後見人がつく。そうなれば、後見人によってセイロン家の資産を解体される……と思っているのだ。

 孫を守るために、孫を後継指名しない……。それで自分が長生きし、孫に子をつくらせ、その曾孫を後継指名するつもりなんだろう。本当に、化け猫のように知恵のまわるババアだよ」

「さすが、グェン・セイロンの妻、といったところか……」

 だが、そう応じつつも男は首を傾げていた。孫のレイラの食事に、毒を混入されていたことを、何であのミデラが気づかなかった?

 それこそ、そこにも何かの策があったのなら、未だあの化け猫の手の平の上……ということも考えられた。

「やはり、奴を消すか……」

 それはセイロン家の婿、シドルのことだ。

「殺すのは難しい。また返り討ちにあって、数名が倒されたら堪らん」

「いい加減、暗殺者は兵士だ、という噂が広がっているからな」

「ならいっそ、罪を着せるか……」

「それがいいだろう。軍が正式に動いた方が、何かとやり易い」

「では私が動こう。キミだと角が立つかもしれん。キミは魔術教練側の動揺を鎮めてくれ」

「分かった。だが、気をつけろよ。彼は頭もキレる。以前、話をしたときにそう感じた。下手に議論をすると、覆されるぞ」

 それで、貴族の夜会は終わった。その男は翌日、ボクの前に現れることとなった。


 ボクはその日の朝、主人公と目するレンと話をしていた。

「魔術大会では、ミネルヴァやアリシアと組まなかったんだね」

 直球で尋ねてみる。すると、レンは顔の前で大きく手をふった。

「と、とんでもない! ボクの魔術では、彼女たちと組むなんてとても無理だよ」

 でも、そうすることで恋愛シミュレーションゲームでは、ルート確定になるんだけれど……。やはり、レンはそういう認識がないようだ。

「でも、ミネルヴァさんとは代表選で親しくなっているし、アリシアさんとは剣術大会以来、よく話をしていたじゃないか? ボクはウェイリングさんとも親しいんじゃないかと思っていたけど……」

「確かに、恐れ多いことに目をかけてもらっているよ。でも、自分が一番、自覚しているんだ。ボク一人の力じゃない。ボクの後押しをしてくれた人がいて、彼女たちと親しくなれたんだ。

「後押し……? 誰が……?」

 そのとき、朝の講堂にどかどかと、兵装をした兵士が数十名、入ってくるのが見えた。それは生徒たちを一瞬にして静寂にさせ、居並ぶ兵士の隊列を割って、騎士らしき豪華な鎧に身をつつむ男がすすみでてきて、辺りを見回すとボクをみつけ、その前に立った。


「シドル・セイロン。キミをゴドフロア将軍邸襲撃犯として、拘束する」

 彼は騎士ベニヤミン・ベングリオン――。彼が兵士を二十数名も引き連れて、朝の魔術教練の教室に入ってきたのだ。

 この世界に警察はなく、軍が警察を代行する。その軍から犯罪を疑われ、容疑者として連行される。これは抵抗しても意味がなく、また言い逃れできるとも思えない、有罪を突き付けられたのと同じだった。

 ただ以前、ミネルヴァの父、マーティン・レイベンスにその件は説明しているはずだ。それを知らない……? むしろ、それとはちがう動きで、ボクに罪を被せようというのか……。

「ま、待って! 教練所では……」

 ミネルヴァが生徒の代表として、抗議しようとするが、それは虚しい抵抗だ。ボクも彼女を制して「無罪を証明してくるよ」と、彼らの後に従うことにした。

 暴れることも可能だけれど、兵士を二十人も相手にするのは厄介だ。それに、逃げたところでどうする?

 セイロン家を背負っているボクが逃げれば、レイラたちにも迷惑がかかるだろう。ここは大人しく従って、そこで無罪を証明することにしたのだ。

 でも、事はそう簡単に運ばないことも、強く感じながら連行されていった。


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