第32話 死刑判決⁈

   63.法廷


 その日、ボクのいる牢獄に現れたのは、ロン・バーナムと、ボリス・ピョートロフという貴族だ。

 セイロン家と血脈上、繋がりがあり、もしセイロン家の後継がいなくなると、その遺産相続、もしくは家を継承すると主張できる立場だ。表向き、この来訪は両家がボクに真実を確かめる、というものだけれど、冒頭からセイロン家の資産の話をしはじめた。

「領地の半分をゆずる……という書面に同意してくれれば、罪一等を減じるよう話をしてもよい」

「誰に話をするんです?」

「貴族ですよ。特に、今回はゴドフロア将軍への敵対、という話でもあり、彼に赦しを請えば、減刑ということも可能でしょう」

「でも、バーナム家もピョートロフ家も、ゴドフロア将軍とは接点ないですよね?」

 二人とも痛いところをつかれ、困惑した表情を浮かべる。両家とも政治、即ち行政官の家系であり、軍事からは遠い。将軍職にあるゴドフロア将軍とは、接点も薄いはずだった。

「生憎と、頼りにならないものに頼る気は、ボクにはありません。それに、ただの平民出の婚約者。無理に助けずとも、切り捨てるのがスジでしょう?」


 二人が立ち去った後、やってきたのはレイラだった。体調が少しずつよくなり、自分の足で来た、という。

「私は信じております」

 毅然とした態度で、レイラはそう告げた。

「ありがとう。でも、無実でも裁かれることもあるからね」

「何か、策はお有りですか?」

「ボクも今回は、陥れる動きがでるのはもう少し先になると思っていたから、出し抜かれたよ」

「おばあ様も動いてくれています」

「ミデラさんに伝えておいて。無理をする必要はない。むしろ、ボクを切ってくれてもいいって」

 レイラは気丈だったけれど、目には涙を浮かべている。恐らく、ミデラは動かないはずだ。それが家のため、貴族に嵌められたボクは、処刑されるか、セイロン家が身を削って助けるしかない。ミデラなら、恐らく前者を選ぶとボクは思っているし、そうするはずだ。

 レイラも為す術がない。彼女がミデラにお願いして、動くように話をしているはずだけれど、それはセイロン家の衰退につながること。彼女もそれが分かっているから歯がゆい思いをしているはずだ。


 ボクは法廷へと引き出された。といっても、軍事法廷であって、弁護士もいない。あくまで体裁として、公に弁明の機会を与える、という程度のものであり、ここで罪が覆ったことはない。

「シドル・セイロン! 君はゴドフロア将軍の屋敷に侵入し、警備の親衛隊を殺めたことに相違ないか?」

「相違あります。まず、物理的に不可能です。その日は剣術大会で、ボクは闘技場にいるとき、呼ばれて将軍邸に向かい、そのときには事件が起きた後でした。もし将軍邸で暗殺を行ったとしたら、どこかに返り血がついているでしょうし、もしコートなり、血がかからない装備をしていたら、それを脱いでも捨てる場所がない」

「いや、それならもう見つけている」

 裁判官は血のついた、軍用のコートを持ち上げてみせた。初耳だし、その軍用のコートがボクのもの、という証明もできないはずだ。でも、軍は証拠を固めてボクを有罪にしようとしていることが、それで分かった。

「凶器はみつかりましたか?」

「それはまだだ。むしろ、君の口から聞ける、と思っているのだがね」

「生憎と、ボクは知らないので話をすることはできませんが、ただ一言添えると、ボクは剣の腕そのものは自信がありません。また対人魔法については、ほとんど知りません。魔術教練でも、それは証明されています」

「君が暗殺者として育成され、自分の腕を隠すよう教えられていたら?」

 真実より、憶測を重ねた方が真実味を増す。これは正解を問うものではなく、それらしいシナリオを立てるイベントでしかなかった。




   64.処刑


 処刑が決まった。当然だ。有罪となれば、将軍襲撃という重大事件の犯人なのだから……。

 しかし処刑を急ぐ理由もありそうだ。何しろ、時間をかければその分、虚偽がバレるかもしれない。急いで始末し、後は知らぬふりをするに限る。

 問題は、それがボクにとって不都合なことばかり、という点にある。

 果たして間に合うだろうか……?

 この窓すらない牢獄に、長期間拘束されるのは願い下げだけれど、その出口が絞首台だと、どちらがよいのか……。

 ただ、そんな憂悶に悩まされる時間も短く、ボクは牢から引き出された。

 魔法がつかえないよう、猿ぐつわを咬まされる。後ろ手にしばられ、ついでに目隠しまでされて引き立てられる。

 大勢の人間に引き立てられて、たどり着いた先で目隠しを外されると、そこは首都アリアンベルムにある大きな広場だった。

 処刑は、中世の時代なら見世物の一つだ。多くの見物人が集まっており、これが公式な処刑であると、朗々と罪状を語られる。ギロチンはフランス革命の前後にならないと開発されないので、この時代設定ではまだ存在しない。後ろに斧をもった兵士が立ち、いつでも振り下ろせるよう身構えている。

「よって、シドル・セイロンを死刑とする!」

 罪状の朗詠が終わった。それを待っていた兵士が斧をふりかざす。今まさに振り下ろそうとした瞬間、急に背筋をぐんッと伸ばして、痺れたように斧を取り落とした。

 そう。猿ぐつわを咬まされていようと、無詠唱で発動できる魔法もある。ボクを押さえていた兵士も、痺れた様子で手を放す。

 でも、衆人環視の中で、いくらボクを取り押さえている兵士の、その動きを止めたところで、未来が変わるわけではない。そのとき……。


「竜巻だッ!」

 みんなも突然、湧き上がった竜巻に悲鳴を上げる。首都の壁の外に、空へと立ち上るほどの大きな竜巻がおき、それが首都に向かって迫っているのだ。

 みんな慌てて、石でつくられた建物をさがし、おろおろと走りだす。一瞬にして混乱の坩堝に陥っていた。

 そのとき、民衆の間をとびだしてきた者がいる。それは覆面をし、すらりと剣を抜き放って、処刑台へと駆け上がってきた。

 兵士たちも、すでに痺れて抵抗は難しい。その隙に覆面をした剣士は、もっていた剣に炎をまとわせ、振り下ろした。

 ボクを縛っていた縄がそれで焼き切れ、木製で急遽、臨時でつくられた処刑台にも火がつく。

 これで完全に、大きな広場はパニックに陥った。外の竜巻と、広場にある処刑台の火災……。

 ボクとその剣士は混乱に乗じて、その場を脱していた。





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