第20話 誰が勝つのか⁈

   39.誘拐


 選挙戦、最終日――。

「私、ミネルヴァちゃんに投票する!」

 急にウェイリングがそう宣言し、選挙戦が沸騰した。ミネルヴァ・ルートではもう少し早く宣言していたはずだけれど、これでアリシア有利が一転、混沌とした選挙戦となった。

 ただ、ボクはその前日からトラブルに見舞われていた。

 マイアが誘拐されたのだ。

 夜、もどって来なかったと同室の子から連絡をうけた。ボクの部屋にいると思って寮長にも報告しなかったのだが、手紙がとどいた、という。それはボクを呼びだすものだった。

 要するに、ボクを狙ってマイアを誘拐し、要求をのませよう、というのだ。

 ボクが出向くと、子供ではない大きさの、黒いマントで全身を覆った三人が待っていた。

「オマエたちは、将軍邸を襲撃した奴らの仲間かな?」

「そんなことはどうでもいい。キサマにはミネルヴァ支持を表明してもらう」

「なぜ?」

「理由などどうでもいい。その指令を果たせないとき、彼女の身は……」

「ふ~ん……。軍はそう動くのか?」

 相手の雰囲気が変わった。それは緊張とはちがう、殺意を高めた、ということだった。


「キサマはカン違いしている」

「勘は違えていませんよ。マントの腰の下のふくらみは、剣によるものだ。その剣のさし方をするのは、兵士です」

「ふふふ……。頭のいい子供のようだ。だが、その思いつきは、気づいていても語るべきでなかった」

「マイアを危険にさらすから? 軍の施設に収容しているんでしょ、マイアを。でもそれは、軍が法を犯す、ということですよ。そしてそれを、ボクは知っている。知った上でここにいる。もしマイアの身に何かあったら、ボクは軍を赦さない」

 彼らも、ボクの決意に怯んだようだ。それは、脅す側と脅される側が、逆転した瞬間だった。

 ボクごとき、軍なら叩き潰すことが可能だろう。しかし今は政治、軍事に何の力もないとはいえ、ボクは貴族であるセイロン家の人間。それが教練所にいる間、何者かに殺されたとなれば、大きな問題となることが確実だ。しかも、選挙前のこのタイミングで……。

 それは、彼らが勝たせようとしているミネルヴァにとっても、心的負担となるのが確実である。

「ボクは退かないよ。むしろ、軍の施設に乗りこむ覚悟すらある。ボクも拘束するかい? 注目度の高いボクが、選挙戦の前日に拘束されて行方不明……。それはマイアの比でないほど、情報が駆け巡るだろう。そして、選挙戦すら行われなくなる可能性がある」

 相手も、完全に飲まれていた。こちらの決意に対して、それを上回る圧をかけることが如何に危険か? それを感じ始めていた。


「今すぐマイアを放せ。そうでないなら、ボクは軍の施設に乗りこんで暴れる。それだけだ」

「ふん! そんなこと、できるはずがない!」

「やるさ。もう宣言しちゃったからね」

「宣言、だと? 我々に対して脅しをかけたことが、か?」

「ちがうよ」そういって、ボクは懐から携帯電話をとりだした。そう、この世界では奇妙に家電など、最新の文明がまじる。一般の生徒に支給されているはずのない、それをボクがもっていたのは、誘拐事件を知って、ゴドフロア将軍にお願いをして準備してもらったものだ。

 そう、元の世界では常識、この携帯電話をつかった通信で、ココでの会話はすべて筒抜けだったのである。

「もっとハッキリ、軍との関係を否定しておくべきだったね。早くマイアを放せ。何なら、本当に乗りこむぞ」

 男たちは退いていった。ほどなくして、マイアも解放された。

「怖かったよ~ッ‼」

 どうやら、目隠しをして拘束されていたけれど、それ以外はひどいことをされなかったようだ。この世界でも、捕虜の扱いについてはそれなりに規約があり、そうしたものに軍人として則っていたのだろう。

 これが投票日前日、シドルが巻きこまれていた顛末である。




   40.代表選の勝者


「勝者、ミネルヴァ・レイベンス!」

 選挙管理委員からそう宣言されて、ミネルヴァが壇上へとすすみでた。

 最終日というぎりぎり、ウェイリングが支持を宣言したことで、ミネルヴァ支持に票が流れたのである。

 ウェイリングと親しかったレンが、骨を折ったのが功を奏したようだ。

 ボクとしては、本当はアリシアに勝って欲しかったのだが、その工作をする余裕をマイア誘拐事件によって失った。最終日に動けばいい、と思っていたら、まさにその動きを封じられたのだ。

 これは相手の思うつぼ? それは考えないようにした。

 ゲームでは、ミネルヴァが負けるルートでもアリシアが代表をゆずって終わる。プライドが邪魔をして、一旦は固辞するミネルヴァだったが、それを受け入れて代表に収まる、という形で収束する。ミネルヴァが代表にいる、という体でその後の物語がすすむので、どう転んでもミネルヴァが代表になるのだ。

 ただ、これで主人公によるミネルヴァ・ルートがつながったことになる。

 壇上で演説するミネルヴァに、陣営に加わっていた生徒たちが集まってくる。その中で、レンが功労者としてみんなから讃えられ、照れた様子で歓声に応えている。

 この代表選挙は、あくまでミネルヴァ・ルートの一つではあるけれど、ここでレンの存在感が増したようだった。


 負けたアリシアも、笑顔で拍手している。

 彼女がこの代表選にでたのは、平民としての意地をみせたい、という動機だ。それは、野営訓練でオーウェンに言い寄られてキレた、といった事情も重なった面も大きかったはずだ。

 貴族に目にもの見せてやる、そんな反骨心がアリシアの動機。だから勝っても、ミネルヴァにゆずる。ゲームの継続上、ミネルヴァに譲らせたものだとばかり思っていたけれど、そういう事情があったと知ると、奥深さも感じる。

 むしろ、シドル目線で追体験をすると、裏では様々な出来事があった……ということを思い知らされる。

 マイアの誘拐もそうだ。表立ってはいなかったので、主人公目線でゲームを楽しんでいるときは、そんなことが裏で起きていたなんて考えてもみなかった。

 それはそうだろう。恋愛シミュレーションで、女の子と親しくなるイベントとしてそういうことがあってもよいけれど、今回はまったくちがう。単純に、ミネルヴァを当選させるための、悪意だけの代物だ。

 ただ、その悪意は将軍邸の襲撃とは関係ないのかもしれない。どうも、軍内のレイベンス家への忖度から起きたようにも感じる。では、ミネルヴァをみつめていた悪意は……? この事件とは別に、動いていた勢力もおり、結局そちらの尻尾をみつけられなかったのが、残念だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る