第19話 新入生の代表⁈

   37.代表選挙


 ミネルヴァを励ましたのは、もう一つ理由があった。それはミネルヴァ・ルートとして大切な、魔術教練をうける生徒の中で、代表選挙が行われるからであった。

 入学してから二ヶ月が経ち、色々と知り合うようになってから、みんなの代表を決めるのが、教練所の伝統だ。

 通常、こういったものは貴族で決まりである。特に、ミネルヴァはその家格の高さからも、択ばれて当然である。

 ただ今回、庶民に人気のある、実力を伴うアリシアが立候補して一騎打ちとなる。そこで、ミネルヴァ・ルートでは主人公が彼女の陣営に入り、色々と協力する中で親密度を増す、という大切なイベントとなる。

 基本、生徒は平民出身が多く、アリシアを推す声も日増しに大きくなっていく。もしここでミネルヴァが負けると、貴族としてのメンツにかかわってくるため、主人公が活躍して巻き返し……という展開だ。

 確か、シドルは日和見を決めこみ、勝者に乗る、という賤しい戦略をとるのがゲームの中である。

 ボクにとっても、ミネルヴァにもアリシアにもいい顔をしているだけに、どちらにも肩入れは難しい。結果、ミネルヴァが勝利するルート、しないルートがあるが、しないルートはもう主人公としてはバッドエンド確定だ。主人公はミネルヴァを勝利させるしかなく、最適な選択肢を……と悩んだ記憶がある。そう、この選択肢は非常に面倒くさくて、分岐が多いのに、一つでも間違えたら勝利しないルートに入る難しさなのである。


「生徒の代表として、アリシア・グレイスフォードを勝たせて下さい!」

「ここはミネルヴァ・レイベンスに一票を!」

 激しい選挙戦を示すように、双方の陣営が声を張り上げる。

 貴族はボクをふくめて、八人しかいない。百名以上が平民で、これでも貴族が多い年なのだそうだ。ボクのように、養子になった者もおり、また平民の生徒の中でも貴族から支援をうける約束をとりつけている者もいる。そういう生徒は、ミネルヴァに乗り易い。

 一方、貴族への不満がある生徒が、アリシアを担いだ。

 ボクのような日和見の生徒が三分の一、アリシア派は三分の一強、ミネルヴァ派が三分の一弱、といったところが、序盤の選挙情勢である。

 レンはやはり、ミネルヴァの陣営に入った。ウェイリングと親しくなっても、そこはミネルヴァ・ルートも捨てがたいのか? もっとも、レンはアリシアとも剣術大会以来、親しくなっており、これまで積極的にミネルヴァ・ルートを探求していなかったようにみえたので、これは少し意外だった。

「レンは、ミネルヴァさんの陣営に入ったんだ?」

 ボクが尋ねると、彼は照れた様子で頭を掻いた。

「周りから推されてね。ボクごときじゃ何の力にもなれないけれど、勉強するつもりで飛びこんだら、受け入れてもらえたんだよ」

 レンはとことん、いい人間だ。野営訓練のときも、嫌な顔一つせずに、命じられたことをこなしていた。そういう自己犠牲もいとわぬ点が、ミネルヴァにとっても好意的に映ったのだろう。

 ただ、そんな受け身のレンがミネルヴァ・ルートで力を発揮できるか? 甚だ疑問でもあった。



   38.火中の栗


「アリシアちゃんが有利だね」

 エマはそう分析してみせた。選挙戦も終盤、少しずつアリシアが優勢を拡大している。またそうした空気を感じ、少しずつ日和見の一派がアリシアに靡きはじめているのだ。

「シドル君はどうするの?」

「ボクは日和見、最後の最後まで決めるつもりはないよ」

「ずるい回答だなぁ。シドル君がどっちかに決める、といったら、また優劣が変わってくるよ」

「だから明らかにしないんだよ。どっちかの致命傷になることをしたくない」

「影響力の大きさが、逆に足枷なんだねぇ~」

 その通りである。庶民出の貴族、というだけでも注目度が高く、去就が注目されるので、どっちについても相手からは恨みを買う。

 双方から勧誘もあったけれど、ボクはすべて断った。ただ、ボク以外でも影響力の大きい人物がおり、レンがそれに気づき、その人物を味方に引き入れることで形勢が逆転する……というのがミネルヴァ・ルートで、ミネルヴァが勝利する肝となるのだが……。

 その人物とは、ウェイリングである。

 銀髪エルフで、人気も高い。彼女は別に、どちらとも親しくないし、日和見だとみられていたが、主人公の計らいでミネルヴァにつく……のだが、未だそうした動きをレンはみせない。


 ボクとしては、レンがミネルヴァ・ルートで彼女を当選させないケースがお望みである。ゲームの中で、シドルが主人公の働きかけに反発し、アリシア側についてトドメを刺す、といったケースもあった。もっとも、そんなことをしたら、シドルとしてミネルヴァに嫌われるので、今はその選択肢はない。

 ただ、いずれにしろミネルヴァ陣営はウェイリングを引き込まないと勝利できないところに追い込まれていた。

「君がミネルヴァ陣営につけばいいじゃないか」

 オーウェンは笑ってそういう。貴族である彼は、当然のようにミネルヴァ派で、ボクを勧誘しに来たのだ。

「庶民出の貴族。ボクの立場は、今回の選挙戦では曖昧だよ」

「ミネルヴァさんが喜ぶぜ」

「ボク一人ぐらいじゃ、喜ばないよ。それに、代わってアリシアが哀しむなら、ボクが態度を明らかにする場面じゃない」

「色男はつらいね」

「色男じゃなくても、今回はつらい立場なんだよ、ボクは」


 そのつらさは、ある意味で別の方向で発揮された。何しろ、この選挙戦では人前に立つ機会が多くなったミネルヴァのことを、こっそりと観察する輩がいたからだ。

 それは殺意すら滲ませており、彼女の命を狙う連中が動いていることを感じさせるものだ。

 ボクはそういった連中を特定しようと、ずっと陰で動いていたのだ。

 しかし将軍邸での襲撃を成し遂げた連中なら、中々尻尾をつかませなくて当然である。訓練をうけた精鋭、親衛隊を悲鳴すら上げさせずに倒した連中だ。

 ボクはそういう連中と、ずっと陰で戦っていた。

 将軍邸の事件は公表されていないので、他の生徒では知る由もない。協力は誰にも頼めない。もし巻きこんだら、その相手も命を狙われかねないのだから。だから一人で動くしかない。

 ミネルヴァの演説には、生徒だけでなく軍関係者も集まる。それは将軍候補、とされるマルティン・レイベンスの娘を一目見よう、というものであり、それが気配を感じにくくさせる。それでも、何とか尻尾をつかもうと、ボクは孤独な戦いをつづけているのだ。

 日和見どころか、ボクは火中の栗をつかみにいっていることが、火を見るより明らかだった。


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