第18話 ウェイリング症候群⁈

   35.ウェイリング・ルート


「ウェイリングちゃんが来て、男どもの目の色が変わったね」

 エマはそういって、ため息をつく。確かにふわふわとして、どこか幼い感じもあるのに、体は大人……。人気がでて当然だ。

「私も前は、ちょこちょこ男の子からお誘いがあったんだけどな~」

 エマはそう言った後、ちょっと怒った顔になって「ねぇ、オーウェン、何とかならない?」

 呼び捨て……。「どうしたの?」

「私にも色目をつかってくるんだよ。ちょこちょこ話しかけてくるし……」

「あれ? お誘いして欲しいのでは?」

「意地悪! 女の子をみると見境なく声をかける貴族なんて、興味ないわよ。側妾になっても苦労するの、目に見えているもの」

 貴族は基本、良い生活が約束されるけれど、愛されなくなった側妾は悲惨だ。理解のある貴族なら、関係を解消して家にもどされるだけで済むけれど、飼い殺しにされると悲嘆の中で死んでいくことにもなりかねない。

 英雄、色を好むという風潮も根強くのこっており、貴族は跡継ぎをつくるために、側妾をもちたがるのも事実だ。ボクがマイアと付き合っているのがバレても、女の子から毛嫌いされないのは、マイア以外に食指を動かさないからだ。貴族なのに分別がある男、と見なされるのである。

「彼の女癖の悪さは、色々と悪評も立っているね。ボクも忠告はしているんだけど、この教練期間に側妾を探してこい……と家の方から言われているらしいんだよ。誰かいい相手がいれば……」

「無理ね。もう今年の女子にはキモ男、との評価が定着していて、誰も相手をしないよ。来年の新入生に期待するしかないね」

 でもここは教練所。学校とは異なり、上級生との交流といったイベントはない。ボクらが上級生と絡まないように、それはもう望み薄といっているのと同じだった。


 懲りずに、オーウェンはウェイリングに話しかけている。もっとも、彼女にはまだキモ男、という認識がない。

 しかしウェイリングは幼くて、そもそも男女の関係とか、興味がないという点が攻略の難しさだ。そして、ここでも主人公目線だと、シドルのような包容力のあるお兄さんタイプが好き……となって、攻略に苦労する。仲良くなろうと話しかけても、そう簡単に靡くものではなく、友達にはなれても、恋愛目当てだと怖くて逃げだす、というタイプだ。

 やはりオーウェンは撃沈して、すごすごと逃げ帰っている。それとは逆に、主人公疑惑の消えないレンがウェイリングに近づき、話しかけている。彼はあの講堂裏の一件で彼女と親しくなっており、ウェイリングも満更ではなさそうで、楽しそうに話している。

 レンのようなタイプだと、大人しめの子の方が合いそうだ。アリシア一択で攻略しているのかと思いきや、ウェイリングに乗り換えるのか? それならそれで、彼の出方をみるまで。

 ウェイリング・ルートでは、主人公が幸せになるとボクがウェイリングの特大魔法で吹き飛ばされる、というエンディングが待っている。その未来は勘弁願いたいところだった。




   36.ミネルヴァの視点


 ミネルヴァが野営訓練以来、元気がない。恐らく生真面目で、ズルをした、という罪悪感も抱えている。

 その美しさはまるで作りものであるかのようで、最近ではミス・パーフェクトなんて綽名も頂戴する。ただ、彼女に言い寄る者がいないのは、その孤高さゆえだ。

「私、モテないよ」

 謙遜ではなく、彼女は真顔でそういう。

「平民では声をかけにくい。同じ貴族でも、君の家の格が高すぎるんだよ。落ち目の貴族が、その家柄にすりよることはあるだろうけど……」

「そんな男、興味ない」

 ミネルヴァはにべもない。

「それに、キミは婿をもらって家を継がせるつもりだろ? 跡取り確定の貴族の息子では、その縛りも大きいよ」

「愛って、そういうものを乗り越えるものでしょ?」

 ミネルヴァが真顔でいうのを聞いて、ちょっとびっくりした。彼女はそういう恋愛などには興味ない、と思っていたからだ。

「十二歳で、その決断をするのは難しいんじゃないかな?」

「はぁ~……。意気地がないわね」

「恋をしたいのかい?」

「そうじゃないけど……。はぁ~……」

 これもウェイリング症候群かもしれない。絶大な人気をほこるウェイリングが入学してから、少なからず皆に、自分はモテていない、という意識が芽生え始めたのだ。

 特にミネルヴァの場合、家の問題もあって高嶺の花と化しており、その意識が強いのかもしれない。


「あれから進展はあった?」

 ボクとミネルヴァの間で、声を潜めてする話は、ゴドフロア将軍邸の事件の話しかない。

「教練所の生徒が怪しい、という話もあったけれど、今は手詰まりみたい。痕跡をのこさず、姿を隠せる場所として教練所の寮が怪しい……といっても、学園の生徒は千人以上だからね。新入生だけで二百人以上だもの。絞り切れないようね」

 ただ、ボクがそうであるように、剣術大会に出ていない者が怪しい。会場に来ていない者も、容疑者だろう。意外とその範囲は狭いのだ。

「ゴドフロア将軍って、人望あるの?」

 単刀直入で、ちょっと意外な質問に、ミネルヴァも「ぷッ!」と吹きだす。

「面とむかって訊く? 不敬罪で捕まるわよ。もっとも世渡り上手で出世し、将軍になった人だから、敵は少ないけれど、味方も多くない人かな」

「でも、命を狙われたよね?」

「軍内で、保守派の代表に担ぎ上げられているからね。改革派にとっては、目障りな存在なのよ」

「担ぎ上げられた?」

「将軍の肩書を利用されたのよ」

「君のお父さんも、ゴドフロア将軍派なんだよね?」

「指揮命令系統がゴドフロア将軍の下なだけよ。お父さんは保守派でも、改革派でもない」

 腹心、と聞いていたけれど、娘の認識はちがうようだ。もっとも、それも父親の認識と合うのかどうか……。

「でも、君も狙われた」

「私はそう思っていない。野営訓練のときだって、偶々、魔獣がのこっていただけだと思っている」

 偶々、というフレーズが強かった。むしろ、そう信じたいのかもしれない。

「でも、用心はしておいた方がいい。将軍邸の親衛隊が、あっという間に倒されるほどの手練れが、アリアンベルムにいることだけは確かなんだから」

 ミネルヴァは、そういったボクの顔を覗きこんできた。

「シドル君も、でしょ?」

 ボクも笑って「確かにね。でも、元が楽天家だから、気にし過ぎることがないんだよ」

 彼女も、ボクを巻きこんだとの負い目があるのかもしれない。ボクの手をにぎり、じっと目をみつめてくる。ボクは意気地を試されているけれど、ただ微笑み返すことしかできなかった。





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