第17話 エルフと主人公⁈

   33.特大の魔法


「あなたがシドルさんですかぁ?」

 エルフのウェイリングから、そう声をかけられた。今日は屋外で、魔法の訓練をする日であり、ゲームだとここで、ウェイリングが特大の魔法を放って、周囲の耳目をひく、というイベントがある。

「私、魔法をつかうけどぉ、みんなをびっくりさせちゃうかもしれないのぉ。それに制御も利かないから、失敗しちゃったらフォローしてぇ」

 甘ったるい言葉で、そう話しかけてくる。

「何でボク?」

「だってぇ~。魔法、得意なんでしょ~?」

 エルフは魔法に長けた種で、エルフの中では幼い彼女でも、とんでもない力をつかえる……というのが、今回のイベントだ。

 主人公目線では、その裏でシドルが動いていたことなんて分からないけれど、そういうことか……。「分かったよ。じゃあ、どんな魔法をつかうか、先に教えておいてくれ」

「えっとねぇ~……」

 彼女はボクの耳に口をよせ、甘ったるい香りを漂わせつつ、小声でささやいた。


「アレボロ・アンゲーラ・デフィラ……」

 ウェイリングの詠唱はエルフ語だ。エルフも人との共通言語を、今では生活言語としているけれど、魔法の詠唱だけはエルフ語をつかう。

 彼女に魔力が集中してくる。その先にある的にむけて魔法を放つのだけれど、明らかに破壊力が高まっていた。

「フォミュル!」

 そういって両腕を振り下ろすと、激しい風の切れ目、かまいたちのような風が巻き起こって、的を破壊し、その後ろにあった高い土壁の半分ぐらいを切り裂き、その先にある森の木々の枝を弾き飛ばして、風は上へと抜けていった。

 どよめきが起きる。まだ新入生で、魔法がつかえても実戦にはほど遠い生徒が多い中で、すでに一線級の攻撃力をみせつけたのだ。

「ウェイリングさん、凄~い‼」

 みんなが彼女に駆け寄るけれど、ボクは冷や汗を拭っていた。

 ゲームでのイベントでは、的が破壊されて後ろの壁が壊され……という静止画一枚で説明されていたので、よく分からなかったけれど、特大の風魔法だった。風は術者の能力次第で、いくらでも極大にでき、それを止める術も難しい。だからボクは、壁を斜めに強化し、上へと力が抜けやすくなるような魔法をかけておいたのだ。

 本気で魔法競争をしたら、絶対に敵いそうにない。でも、分かっていたらその力を分散させることは可能だ。皆にちやほやされ、喜んでいるウェイリングをみて、ボクも胸をなでおろしていた。



   34.ウェイリング・ルート


「私が紹介したのよ」

 アリシアがボクに、そう告白した。ウェイリングは最初、アリシアのところにいったそうだ。

「でも、私の魔法って攻撃用が多くて、彼女に対抗するとなると、身の危険すら感じるほど。シドル君なら上手くやると思って」

「嵌められたか……。ボクだって対抗するのは難しいけれど、逃げるのは得意だからね。彼女の力も逃がしたよ」

「やっぱり、壁の壊れ方がちょっと……とは思っていたわ」

「表と裏で、硬くする高さを変えたんだよ。力が上に逃げるようにね。面倒くさい魔法だから、かなり疲れたよ」

「疲れた……とかいって、簡単にやってのけるんだから、すごいわ。しかも、周りにそれを気づかせずに……」

「気づかれないようにするのも、得意なんだよ」

「ぷッ! もう、相変わらずなんだから。何でそんなに、裏に回ろうとするの?」

「悪目立ちしたくないだけだよ。ただでなくとも、なんちゃって貴族で目立つんだから……。ボクが変なことに首をつっこむと、今は何の力もない、セイロン家の人にも迷惑がかかるからね」

「ふ~ん……。ちゃんと跡取りしているんだね」

「そこは約束だからね」

「約束は守っているけど、マイアちゃんとはいい関係になっている?」

 アリシアもそれに気づいたようだ。でもここでへこたれていたら、恋愛シミュゲーに入った意味がない。

「ボクは悪い貴族になりそう?」

「ふふふ……。もう悪い貴族なんじゃない?」

 アリシアは笑いながら、歩き去った。どうやら、まだアリシア・ルートはつながっているように感じた。


 このゲームは教練所へ入学するところから、卒業するまでに如何にして女の子たちを口説くか、というのが趣旨だ。例えば、アリシアを狙っていても、途中でエマに切り替えることだってできる。学校のイベントは定期的におきるが、その相手との関係あるイベントだけが展開される。だから野営訓練など、マイアと事前に親しくなっておくと、そのルートの一つのイベントとしてでてくる。

 こうしてすべてのイベントが出てくるのは実生活だからだけれど、その結果、すべての女の子と関係することになる。

 主人公目線だと、ウェイリングが壁を壊すほどの特大魔法を放ち、その後で偶然、講堂裏で出会うといった流れとなる。ボクもアリシアに話しかけられ、少し出遅れたけれど、ウェイリングの後をつけていた。もし、講堂裏で誰かと出会ったら、主人公が判明するからだ。

 ウェイリングが講堂裏に向かっているのは、大きな魔法を放った後、彼女は大声で叫ぶのが癖というか、ストレス発散の手法であり、それを主人公にみられ、親しくなる……という流れだった。

 講堂を歩いているとき、ウェイリングにオーウェンが話しかける。女たらし貴族として名を馳せており、ウェイリングにもカマをかけているようだ。遠くて、何を話しているか、不明だけれど、あまり芳しい反応ではなかったらしく、オーウェンも苦笑いを浮かべて去っていく。

 講堂裏にでた。そこに誰もいないと思って、ウェイリングは「わぁぁぁぁッ‼」と大声をだす。

 それに「わッ⁈」と驚いて出てきたのは、レン・スウェイだった。


 やはり彼が主人公なのか? それにしては、随分と自然で、驚いて飛び出してきた、という演技は堂に入っていた。

 大声をだして、少し恥ずかしそうにするウェイリングと、初心な感じのレンが親し気に話をする姿は、遠目にみていても微笑ましい。

 そうなると、レンは主人公だけれど、ゲームだという記憶も、認識もなく、だから自然にふるまっている、ふるまえている可能性が高くなる。それなら、シドルを殊更に意識することもないだろうし、今もウェイリング・ルートに入った、とすら考えていないだろう。

 ただ、ボクは釈然としないものを感じていた。だとしたら、何でボクだけ、前世の記憶をもったまま、この世界にいるんだ? ボクがゲームのサブキャラ、シドルになったのはナゼか? 破滅フラグなんてないけれど、主人公の裏をいって「ぎゃふん」と言わされるキャラに、ボクがなっている理由……。改めてナゾだった。


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