第27話 レイラを救う⁈
53.ポイズン
「最近、動いているようね。何を調べているの?」
ミネルヴァから、そう声をかけられる。
「何でもないよ。気にしないでくれ」
「水臭いじゃない。私にぐらい、相談しなさいよ」
「いや、これは逆に君だから、相談できないんだ。下手にこの話を知っていると迷惑がかかる可能性があるからね」
ミネルヴァも首を傾げるけれど、でも、何となく事情は察してくれたようだ。ボクはそれから近いうちに、とある貴族の家に乗りこんでいた。
この世界に警察はおらず、頼れるのは軍。だから、軍を動かすために、ゴドフロア将軍に話を通した。
その貴族はセイロン家の遠縁で、ドネルズ家という。
「アナタたちが買収した女性執事は、すべて吐きましたよ。レイラ・セイロンに毒を盛って、少しずつ弱らせていたことを」
レイラの祖母、ミデラの姉が嫁いだ先で、生まれた子供がさらに嫁いだ先……というほどの遠縁だけれど、血がつながっているので、セイロン家の後継者がいなくなると、継承を主張できる立場だ。
ただ遠縁すぎるので、通常ならみとめられない。それでも、レイラを亡き者としようとしたのは、もっと上位の貴族とつながっていることが疑われた。
でも、そこまで待っているとレイラの体調が悪くなりそうなので、解決を急いで乗りこんだのだ。
「毒……」
レイラも呆然としている。
「食事に微量を混ぜて、少しずつ体調を悪化させていたんだ。君は病気じゃなく、毒で弱らされていたんだよ。相手は子供が成人し、後継を主張できる歳になるまでは、表立って行動しないようにしていた。それは、まさに結婚をさせないため。後継者が生まれないようにしていた」
ミデラも急遽、かけつけてきて同席している。
「では、あなたを養子にしたことで……?」
「相手は焦ったでしょう。ただ、レイラが亡くなると、自動的にボクは養子を外されるのだから、その意味では安心もしていた。でも、子づくりをはじめて、もっと強い毒を……と考えた結果、体調の波が大きくなり、疑問をもった」
「なぜ、それに気づいたんですか?」
レイラも、まだ信じられないようだ。
「ミデラさんが来たときは食事をつくってくれる。そのときは体調を崩さず、普段の食事で崩すなら……、と思ったんだよ。メイドの出自と、金遣いを調べたら、すぐに怪しい者はわかった。後は、いつ尻尾をつかむか……だったけど、早い解決ができてよかったよ」
「セイロン家ののっとり……。やはり、先代が亡くなったとき、懸念していたことが現実に……。でも、ドネルズ家とは思いませんでした」
「背後に、もっと大きな貴族がいることは間違いないでしょう。今回、泳がすことはできず、尻尾をつかめませんでしたが、今後もそうした嫌がらせ、策謀が入ることも予想されます。注意することです」
ボクはそういった後「これで、レイラの体調は回復にむかっていくでしょう。そうすれば結婚相手は自由にえらべます。貴族として、他の貴族を夫として招くこともできるでしょう。ボクは必要ない……」
庶民を夫として迎えるより、貴族同士で結婚した方が、家を強くするのに役立つのだから、それが自然だ。ボクは、彼女が生きている間に何とか子供を産むため、宛がわれた種馬……。
「私は嫌です!」
レイラは珍しく、感情を露わにした。「あなた以外の人を、夫にするなんて……」
ミデラも頷く。
「あなたの教練所での評判はうかがっています。私はよい人選をしたと、むしろ誇らしくすらあるのです。ぜひ、今のままレイラの婚約者でいて下さい」
ボクはやっと、真の意味で彼女の婚約者になれた……そんな気がした。
54.襲撃
ドネルズ家の崩壊は、貴族社会に少なからぬ衝撃を与えた。何しろ、セイロン家の乗っ取りを画策して、一人娘を毒殺しようとしていた、というのだから……。
「あなたの動き、これだったのね……」
ミネルヴァにそう声をかけられる。
「ドネルズ家はキミのレイベンス家とも近い関係だ。事前にキミが知っていると、後で『何で言わなかった』といわれかねないだろ?」
「近い……といっても、三代前が兄妹だった……だけ。私は付き合いもないわ」
ミネルヴァ家の現当主は、彼女の父親のマルティン。その三代前だから、ほとんど付き合いはないだろう。でも貴族社会では、その血脈はつながっている、と判断される。
「でも今回、ゴドフロア将軍を頼ったのは、まずかったかもしれないわ」
「どうして?」
「あなたが動いて、ドネルズ家を凋落させた……ということが、貴族社会にも広く知れ渡ることになった。それに、ゴドフロア将軍は今、改革派に命を狙われる立場よ。あなたもゴドフロア将軍派、とみなされれば、命を狙われる可能性もある……」
「それは覚悟の上さ。君だって、お父さんが直属で、ゴドフロア将軍派とみなされているだろ? それと同じだよ」
「同じじゃない!」
ミネルヴァは急に激したように、声を荒げた。
「分かっているの、アナタ! 貴族の世界では、レイラさんのように毒殺、暗殺といったことも当たり前に行われるのよ。それこそ日々、そうやって家を巡る争い、諍いに巻きこまれる。それを……」
ボクは小さく頷く。
「分かっているさ。でも、その決断は貴族の養子となる、という段階でもうしているんだよ。キミは生まれたときから貴族だから、決断する前にもうそういう状況に置かれていた。でも、ボクはその決断をついこの前、したばかりなんだよ」
ミネルヴァもじっとボクの顔をみつめて、何もいえなくなっていた。
そして、ミネルヴァの杞憂はすぐに現実となる。
ボクは闇討ちされた。一人で夕刻、寮にもどろうとしたとき、いきなり覆面をした複数の者に襲われたのである。
鍛えられた兵士の魔法、剣技であり、無言で襲いかかってきた。相手は五名、恐らくその程度で殺せる、と判断されたのだろう。
そしてそれは正しかった。魔法をつかいつつ、逃げたけれど、町の一角に追い込まれていた。いくらボクが教練所では優秀な生徒であっても、精鋭の兵士相手では心許ないレベルでしかない。
死ぬのか? それとも自爆覚悟で、巨大な魔法をつかうか?
自分でも制御の利かない魔法――。やり方だけは聞いて覚えた。それをつかってでも……。
ただそのとき、黒い矢が複数飛んできて、襲撃者へと命中するとすべて倒してしまったのだ。
驚いたけれど、ボクはその場に現れた髭もじゃの人物をみて、なつかしさのあまり叫んでいた。
「ダウ爺⁉」
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