第18話 エリナ・グレニーは昼時の食堂で忙しく働き、トマスはニナにエリナが錬金術師になれるか尋ねる

春の月15日、12:30。

昼時で賑わいを見せるグレニー食堂に、錬金術師ニナ・スブラッティが現れた。

白いローブ姿のニナは、とても目立つ。


「錬金術師様、いらっしゃいませ……!!」


食堂で給仕をしていたエリナがニナに駆け寄る。

ニナはエリナに微笑み、口を開いた。


「こんにちは、エリナ。今日のランチメニューはなにかしら?」


「一角うさぎの香草焼きです。ぶどう酒は召し上がりますか?」


エリナはニナをカウンター席に案内しながら問いかける。


「今回はぶどうジュースにするわ」


「かしこまりました」


エリナはニナに一礼して台所に向かう。

そして台所で調理する母親のユージェニーに一角うさぎの香草焼き一人前と伝え、言葉を続ける。


「お母さん。私、錬金術師様と話したいことがあるから、5分だけ休憩するね」


「エリナ、勝手なことを言うんじゃないよ……っ」


「じゃあ、一角うさぎの香草焼き、早めにお願いねっ」


エリナはユージェニーの小言から逃げるように台所を出た。

そして、食堂のカウンター席に座っているニナに歩み寄る。


「錬金術師様、今、話をしてもいいですか?」


「私はいいけれど、エリナは給仕の仕事はいいの?」


「5分だけ休憩するってお母さんに言ってきました」


「じゃあ、手短に話さないとね」


「はい。あの、私、荷物を鞄に詰めたんですけど、洋服と『錬金素材手帳』を入れたら、鞄がいっぱいになってしまって。干し肉とかチーズとか、水とかって必要ですよね?」


「ええ、普通の旅路なら、食料と水は必要ね。でも、今回に限っては、食料や水は必要ないの。エリナが『白紫の錬金学院』で暮らせるように、洋服や日用品を持って行って。多少はあちらでも揃えられると思うけれど、使い慣れた物の方がいいでしょう」


「エリナ!! パンのお代わりをくれ!!」


ニナと話していたエリナに、客から声が掛かる。

ニナに目顔で促され、エリナは小さく肯いた。


「はあいっ。今、持って行きます……っ」


エリナはそう言って、小走りで台所に向かう。

パンのお代わりを持って行った後も給仕の仕事に追われるエリナに代わり、祖父のトマスがニナが注文した一角うさぎの香草焼きとパン、ぶどうジュースをトレイに乗せて、カウンター席に歩み寄った。


「錬金術師様、お待たせしました」


「トマスさん、ありがとう」


ニナはトマスに微笑んで礼を言う。

トマスはトレイに乗せた一角うさぎの香草焼きとパン、ぶどうジュースをカウンターテーブルに置いた後、ニナを見つめて口を開く。


「錬金術師様、食事が終わったら、話をさせてもらえませんか?」


「わかりました」


トマスは厳しい表情を浮かべてニナに軽く頭を下げ、そしてエリナを手伝って給仕の仕事に向かった。


ニナが一角うさぎの香草焼きとパンを食べ終え、ぶどうジュースを飲み終えると、頃合いを見計らっていたトマスがニナに歩み寄り、口を開く。


「錬金術師様、話をさせてもらってもいいですか?」


「ええ、トマスさん。どうぞ、隣に座ってください。客のひとりでしかない私が、椅子をすすめるのは、おかしな話かもしれないですけれど」


トマスはニナの隣の椅子を引き、足を開いて座る。

今、カウンターテーブルにはニナとトマスしかいない。

エリナは給仕で忙しく動き回っている。

トマスはニナを見つめて口を開いた。


「エリナは錬金術師になれますか?」


「それは、お答えしかねます。錬金術師になれるかどうかは、エリナの努力と運次第です。でも、エリナは運がありますよ。財力も身分も無く『白紫の錬金学院』への入学資格を得ているのは、エリナただ一人です」


「今回の話を断ったら、エリナは二度と、錬金術師の学び舎には行けないということですか」


「それは、わかりません」


ニナは、今回エリナが田舎町ディーンに居続ける選択をしたら、錬金術師への道は閉ざされることになると思っている。

だが、あえて、明言はしなかった。

運命は、どこでどう転ぶかわからない。

それは、ニナ自身が骨身に沁みて、よくわかっている……。


「エリナの安全を、守ってもらえますか? あの子が怪我をしないように、病にかからないように、死なないように」


「私の力の及ぶ範囲で、エリナを守ります。エリナだけでなく『白紫の錬金学院』の生徒全員を守るつもりです」


ニナはそう言った後、心の中で『私の生徒として、守る価値がある限り』と付け加える。

ニナの言葉を聞いたトマスは、彼女から目を逸らして長いため息を吐いた。

トマスはニナと出会ってから、錬金術師に憧れ続け、錬金術師の弟子になりたいと、子どもながらに努力し続けていたエリナを想う。

……今、この時を逃せば、エリナは錬金術師にはなれないだろう。

でも、今、エリナを応援し、背中を押せば、錬金術師になる夢を叶えられるかもしれない。


祖父のトマスとしては、孫娘のエリナを安全な場所、この田舎町ディーンのグレニー食堂で見守り続けたい。

できればグレニー食堂を受け継ぎ、街の男と結婚して幸せになる姿を見たい。

でも、それはトマスの願いであって、エリナの望みではない……。

ニナの人柄は、数年来の付き合いでわかっている。信頼できる人物だと思う。

ニナとの出会いがなければ、今、トマスは五体満足で、この場にはいない。

トマスはニナに孫娘を託す決意をして顔を上げ、ニナを見つめて口を開いた。


「エリナの両親が、たとえ反対したとしても俺が説得します。どうか、孫娘を、エリナをよろしくお願いします」


「承りました」


ニナはトマスの目を見返して、肯いた。

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