第8話 幼いエリナ・グレニーたちは解体場に向かう 

自警団員のまとめ役をしているトマスはリンザの森の入り口付近にグレートベアが出現し、自警団で討伐が完了したことを代官に報告に向かった。

トマスの服は自分の血とグレートベアの返り血で汚れていたが、着替えずに報告する方がグレートベアの脅威が伝わりやすいだろうというのと、報告は早い方がいいだろうということで、着替えはしなかった。


自警団員の一部はリンザの森の入り口付近にグレートベアが出現したが、すでに退治され、今は安全であることを街の住人たちに伝えに行き、一部は街に一つだけある解体場に向かった。

リックとリックに抱かれたエリナ、そしてマーサの薬屋の娘ジュディも解体場に行く。

白いローブを着た白髪の女性が、面白い物を見せると言ったからだ。


白いローブを着た白髪の女性はエリナが初めて見る顔だった。

薄い紫の目が綺麗で、顔に皺が刻まれているが、身体つきはしなやかで機敏に歩く女性だ。

エリナには祖母がいないので、祖母がいたら彼女のようだったのだろうかと考えた。


「面白い物ってなんだろうね」


ジュディがリックに抱っこされているエリナを見上げて、笑顔で言う。

エリナは、自分より少し年上のジュディがひとりで歩いているのに、自分だけ父親に抱っこしてもらっているのが恥ずかしくなった。


「お父さん。私もひとりで歩く」


「そうか? わかった」


リックは、抱っこしていたエリナを地面に下ろした。

エリナは小走りでジュディの隣に並ぶ。


「エリナ、手を繋ごう」


「うんっ。ジュディお姉ちゃん」


ジュディとエリナは手を繋ぎ、解体場に向かう一向は、エリナの歩く速度に合わせて、移動速度を落とした。


田舎町ディーンに一つだけある解体場には、管理人がいる。

解体場の管理人は、朝と昼は田舎町ディーンの住人で、寡婦や独り身の女性が交代で担当する。

夕方と夜、夜中は自警団員が担当する。

解体場の使用料金は、一角うさぎであれば、一羽につき、肉の一部か銅貨2枚が必要になる。


解体場の利用者は、管理人に身分証を見せる必要がある。

田舎町ディーンの住人で、管理人と顔見知りであれば、身分証の提示は省略できることもある。

解体場の利用者は、解体場の血で汚れた床を磨き、使った刃物も綺麗に洗わなければならない。


田舎町ディーンに突然鐘の音が鳴り響き、鳴り止んだその日、解体場の管理人をしていたのはコリーナ・モラリューだ、

コリーナは、水色の髪に青い目をしていて、目が吊り上がっているので、怒っていないのに怒っていると誤解されることもある。


吟遊詩人として各地を旅していたコリーナは25歳の時に田舎町ディーンにやってきて、街の住人で狩人をしていたアダム・ウェブスターと恋仲になり、この地に住み着いた。


コリーナとアダムは同居はしたが結婚はせず、やがてアダムがグレートベアの狩りに失敗して命を落とした後は、夏の月から秋の月まで、吟遊詩人として街の外に出稼ぎに行き、冬の月と春の月は田舎町ディーンで解体場の管理人の仕事をしたり、細々とした雑用をしたりして暮らしている。

街の子どもたちがの誕生日にグレニー食堂でカステラパンケーキを食べる時に居合わせると、祝いの歌を歌ったりもする。

田舎町ディーンの住人には、歌を聞いて金を払うという考えが無いので、吟遊詩人の仕事をするのは難しい。


「さっきの鐘の音はなんだったんだろう。誰かに事情を聞きに行った方がいいかしら」


コリーナがそう呟いて解体場を出ようとしたその時、解体場に数人の自警団員と白いローブの女性、そして手を繋いだジュディとエリナが現れた。

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