第9話 幼いエリナ・グレニーは首が無いグレートベアの死体を見て大泣きし『七色花蜂の蜂蜜飴』を食べて泣き止む

白いローブを着た白髪の女性は解体場の石畳を歩いていき、そして足を止め、手を繋いだジュディとエリナを手招きする。

エリナは手招きに応じていいのか迷って、解体場の管理人と話をしている父親に視線を向けた。

だが、リックは娘の視線に気づかない。


「エリナ、行こうっ」


ジュディは不安げに父親を見ていたエリナを笑顔で促す。

エリナはジュディに肯き、二人で白いローブを着た白髪の女性の元へ行く。

白いローブを着た白髪の女性はエリナとジュディに微笑み、口を開いた。


「ようこそ、小さなお嬢さんたち。そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はニナ・スブラッティよ。錬金術師なの。お嬢さんたちのお名前を聞いてもいいかしら?」


「あたしはジュディ。薬師の弟子だよっ」


ジュディは誇らしげに『薬師の弟子』と自己紹介した。

薬師の母親の弟子を自称しているのだ。


「私はエリナです」


エリナは『薬師の弟子』と自己紹介したジュディが羨ましかったけれど、何も思いつかなかったので、ただ自分の名前だけを告げた。


「ジュディにエリナね。名前を教えてくれてありがとう。では、面白いことを始めます。よく見ていてね」


錬金術師のニナは白いローブのポケットから小さな布袋を取り出した。

そして小さな布袋の口を開き、石畳に向ける。


「『解放・グレートベア』」


ニナがそう言いながら小さな布袋に魔力を込めると、小さな布袋から体長が3メートルを超える大きな熊が石畳の上に現れた。

エリナの祖父を襲い、ニナが撃退したグレートベアだ。熊には頭が無かった。ニナが錬金した爆弾で熊の頭を吹っ飛ばしたからだ。


ジュディとエリナは、突然、頭が無い巨大なグレートベアの死体を目の当たりにして恐怖で凍りつき、そして大泣きを始めた。

ニナは頭が無い巨大なグレートベアの死体を見させられて大泣きするジュディとエリナを見て、困惑し、頬に手をあてる。


「ごめんなさい。怖がらせてしまったようね。『収納の小袋』から討伐した獣を取り出すと、私の弟子のシリルは大喜びしたのだけれど。男の子と女の子は、感性が違うのかしら……っ?」


「エリナ、ジュディ……!!」


解体場の管理人と話をしていたエリナの父親のリックが、子どもたちの泣き声に気づいて駆け寄ってくる。

エリナとジュディはリックに抱きついて泣き続け、ニナは『収納の小袋』から子どもが喜びそうなもの……巨大なグレートベアの死体も、子どもが喜ぶものだと思っていた……を収納していないか思いを巡らせる。


「そうだわっ。『七色花蜂の蜂蜜飴』があるわっ」


『七色花の蜂蜜飴』は、妖精の森にしか咲かない七色花の蜜を集めた蜂の巣を素材として錬金し、完成させた錬金アイテムの一つで、喉の病を癒す他に、一定期間美声になる効果がある。

『七色花の蜂蜜飴』は本来、高名な声楽家や、求婚の際に勇気が持てない高位貴族の令息に高値で販売される錬金アイテムだ。


泣いているエリナとジュディを泣き止ませたいニナは『収納の小袋』から『七色花蜂の蜂蜜飴』が入っているガラス瓶を取り出して、蜂蜜飴を二つガラス瓶から出した。

そして、蜂蜜飴を一つずつ、泣いているエリナとジュディの口に放り込む。

エリナとジュディは口の中に広がる甘さとおいしさに驚いて泣き止んだ。

ニナは、自分が泣かせてしまった子どもたちが泣き止んでほっとしながら口を開く。


「ごめんなさい。女の子は討伐した獣を見て怖がるものなのね。私の弟子はいつも大喜びするから、あなたたちにも喜んでもらえると思い込んでしまったの」


「おいしい。これ、なんですか?」


エリナは、初めて味わう『七色花蜂の蜂蜜飴』に感動してニナに尋ねる。

ニナは若葉色の目にまだ涙を溜めながら尋ねるエリナに微笑み、口を開いた。


「『七色花蜂の蜂蜜飴』よ。錬金術師だけが作ることができるおいしい飴なのよ」


「私、錬金術師の弟子になるっ」


エリナはとても甘くておいしい『七色花蜂の蜂蜜飴』を、自分で作りたいと心から思った。

その時は、ニナに笑っていなされてしまったけれど、翌年、同じ季節に田舎町ディーンに現れた時には、エリナに白い手帳をくれた。

その手帳は『錬金素材手帳』といって、エリナが見て、触れて知った、錬金素材になり得るアイテムが記載されるという不思議な手帳だ。


「エリナの『錬金素材手帳』が100ページになったら、私の弟子にしてあげる」


ニナはエリナに、そう約束してくれた。

そしてもうすぐ10歳になるエリナの『錬金素材手帳』は今、60ページだ。

錬金術師の弟子への道は、遠く厳しい。

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