第6話 幼いエリナ・グレニーはマーサの薬屋に留まって父親を見送った後、大泣きする
「ベティさんっ。自警団の皆はリンザの森に向かいました。回復薬をあるだけ頂けますかっ!? 代金は、後で必ずお支払いします……っ!!」
エリナを抱いたリックの言葉に、マーサの薬屋の女主人、ベティ・マーサは肯いて口を開いた。
「もう用意はできてるよ。この背負い袋の中に、店にある回復薬をたっぷりと詰めておいた。今から自警団のところに持っていこうとしていたんだ」
「その背負い袋は俺が持って行きますっ。その代わり、エリナをここで預かっていてもらえませんかっ?」
「わかった。引き受けたよ」
ベティはそう言って、リックの腕に抱かれているエリナに腕を差し伸べる。
「エリナ、おばさんが抱っこしてあげるよ。おいで」
エリナは父親にしがみついていたかったけれど、でも、自分がわがままを言って父親を困らせるのは嫌だった。
父親の首に巻き付けていた両腕を離すと、ベティが父親の腕からエリナを抱き取る。
リックはエリナの腰からロープを外し、それから自分の腰に巻き付けていたロープを解いて手早く一つにまとめ、自分の背負い袋に突っ込んで、背負い袋を背負い直して、ベティに抱っこされている愛娘を見つめる。
「エリナ。いい子で待ってるんだぞ。ベティさん、娘をよろしくお願いします」
「わかってるよ。リックも気をつけて」
リックはベティに肯き、回復薬が入った背負い袋を両腕に抱えて店の外に走って行った。
父親が去った後、ベティに抱かれていたエリナの若葉色の目に涙が浮かぶ。
エリナは唇を噛みしめて涙をこらえていたが、やがて泣き始めた。
一度泣き始めると、泣き声が止まらない。
ベティは大泣きするエリナをあやし、ベティの娘のジュディはいつもにこにこ笑っていて可愛らしいエリナが大泣きしているのを見て、胸を痛める。
聞きなれない鐘の音が鳴り響く中、母親のベティに店で一人で待っているように言われた時、ジュディはとても怖かった。
だから、ジュディより年下のエリナが、父親を見送って、今、そばに家族がいない中、とても不安で寂しい気持ちで涙が止まらないのだとわかった。
「エリナ、待ってて。今、砂糖をまぶした干し葡萄が入った瓶を持ってくるっ。冬の月の間ずーっと大事に食べてた干し葡萄、一緒に食べてリックおじさんを待とうねっ」
ジュディはそう言って、台所に向かった。
エリナはジュディの言葉が嬉しかったけれど、でも、泣き止むことができない。
鐘の音は、まだ鳴り続けている。
「大丈夫だよ、エリナ。おばちゃんが子どもの頃にも同じようなことがあったけど、誰一人怪我をせずに帰って来たんだよ。エリナのお父さんには、おばちゃんが作った回復薬をたくさん渡したから、ちょっと怪我をしてもすぐに治る。鐘の音が止んで、少し経ったら、あんたの父さんが、あんたを迎えに来るからね」
ジュディはエリナに話しかけながら、抱いているエリナの身体を優しく揺する。
エリナの気持ちは少しずつ落ち着き、大泣きしていた声は止み、泣いた後のエリナはしゃっくりをし始めた。
「おば……ちゃんっ。もう……抱っこ、ひっく、しなくて、ひっく、いいよ。下りる……」
「そうかい? わかったよ」
ベティは抱いていたエリナを床の上に立たせ、エリナの頭を優しく撫でた。
「干し葡萄が入った瓶、持って来た……っ」
台所に行ったジュディが砂糖をまぶした干し葡萄が入った瓶を右手に持って戻って来た。
まだ、鐘の音は鳴り続けている……。
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