第5話 幼いエリナ・グレニーは罪悪感に胸を痛め、リックはマーサの薬屋へと走る
田舎町ディーンに非常事態を知らせる鐘の音が鳴り響く中、エリナを抱いたリックはリンザの森の入り口付近でグレートベアが出たと叫び続ける。
熟練の自警団員たちが街とリンザの森に接する門に集まってきた。
「リック。怪我は無さそうだな。状況は?」
熟練の自警団員のひとり、田舎町ディーンで万屋を営むダン・オーティスは厳しい顔つきでエレナを抱いたリックに問いかける。
ダンは老年に差し掛かる年齢だが、母方がドワーフの血を受け継いでいることもあり、小柄だが筋骨隆々で、腕力も胆力も若い者に引けを取らない。
「リンザの森の入り口付近で一角うさぎを狩っていたお義父さんが『逃げろ!! グレートベアだ!!』と叫んだんだ。だから、エリナを抱いて逃げてきた」
「トマスと一緒にいなかったのか。……エリナを連れていたせいか」
父親の首に抱き着いていたエリナは、自分がリンザの森について行きたがったことが『悪いことだった』と感じた。自分がいたから、父親は祖父と一緒にいられなかったのだとわかった。
「ごめんなさい……」
エリナは父親の首にしがみついたまま、謝った。
エリナの若葉色の目に涙が滲む。
「ダンさん。俺はマーサの薬屋に行って回復薬を貰ってくる。それで薬屋にエリナを預かってもらって合流するから、先にお義父さんを助けに行ってもらえないだろうか」
リックは腕に抱いたエリナをあやしながら、ダンに言った。
ダンはリックの言葉に肯き、口を開く。
「自警団のまとめ役を見捨てるわけにはいかねえよ。街に住む奴は皆、仲間で家族みたいなもんだ。そろそろ人数も揃ってきたし、自警団員で隊列を組んで森に向かう」
「ありがとう、ダンさん。すぐに後を追います」
リックはダンに頭を下げ、エリナを抱いて、鐘の音が鳴り響く中、街に数件ある薬屋のうち、もっとも古くから営業しているマーサの薬屋へと走り出した。
田舎町ディーンに鐘の音が響き渡っている。
マーサの薬屋の女主人、ベティ・マーサは鐘の音がした直後から、店にある回復薬をカウンターの上に出し、並べていた。
30年ほど前にも一度、田舎町ディーンに鐘の音が響き渡ったことがあった。
その時、ベティは12歳だった。ベティの両親が店中の回復薬を集めて自警団に届けに行ったことは、今も覚えている。
19歳の時に結婚に失敗し、娘ひとりを連れて田舎町ディーンに出戻って来たベティは、去年、両親から薬屋を引き継いだ。
両親はリンザの森以外の地の薬草の生態を知り、薬を知りたいと、薬屋をベティに任せた直後に田舎町ディーンを出て行った。
田舎暮らしが嫌で街を出た自分が出戻り、田舎暮らしに愛着と誇りを持って暮らしていた両親が旅立つなんて皮肉だとベティは時々、そう思う。
ベティは、両親から薬屋を引き継ぐだけの知識は十分に持った。回復薬も品質Cのものを安定して作れるようになった。
ベティの娘のジュディも、母親をよく手伝ってくれている。
一度は捨てた故郷だけれど、二度と捨てない。
ベティはそう強く思いながら、回復薬の瓶が割れないように、布でくるみ、カウンターに並べた回復薬を背負い袋に詰めていく。
「母さん、この音なに? 怖い……」
9歳のジュディは初めて聞く鐘の音と、鬼気迫る様子で、大量の回復薬を背負い袋に詰めている母親の姿に怯えた。
「ジュディ。あんたは店にいるんだよ。母さんは今から、この回復薬を自警団の奴らに届けに行く」
「嫌だ!! 母さん、ひとりにしないで……!!」
ジュディが母親のベティとよく似た黒い目を潤ませて叫んだその時、エリナを抱いたリックが息を切らして薬屋の店内に駆け込んできた。
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