第4話 自警団員エイモス・オーティスは鐘楼の鐘を鳴らす
「次は私が滋養草を取る!!」
エリナがそう言って地面に目を凝らしたその時、凄まじい獣の咆哮が聞こえた。
父親は、咆哮に驚いて立ち竦むエリナを素早く抱き上げて周囲を警戒する。
「リック!! 逃げろ!! グレートベアだ!!」
一緒にリンザの森に来て、一角うさぎを狩っていたはずの祖父のトマスの叫び声に、父親の腕に抱かれたエリナは怖くなり、父親の首に抱き着いた。
父親はエリナを抱いて走り始める。一秒でも早くリンザの森を出て、街に行き、森の入り口付近にグレートベアが出現したと知らせなければ……!!
田舎町ディーンとリンザの森が接する門の横には、鐘が吊り下げられた素朴な鐘楼があり、門番として自警団員が一人立っている。
以前は自警団に所属する者は田舎町ディーンで壮年の男だけだったが、近年は若者も男女問わず所属するようになっていた。
その理由は、田舎町ディーンにただ一軒だけある食堂の娘である幼いエリナ・グレニーが、客に問いかけたからだ。
「お客さんは、お祖父ちゃんと同じ自警団の人?」
エリナの問いに肯くと、可愛い顔に満面の笑みを浮かべた彼女はぶどう酒一杯を持ってきて言うのだ。
「お仕事、おつかれさまです。この街を、おじいちゃんと一緒に守ってくれてありがとう」
その後、エリナが自警団の人だと認識した客は、来店時、毎回ぶどう酒一杯をサービスしてもらえるようになった。その話が噂になって、自警団に加入する者が増えた。
未成年にはぶどうのジュースが配られる。そして、自警団員は、エリナにふるまわれた一杯のぶどう酒やぶどうのジュースを飲みながら、自分たちが街を守っているのだという誇りを感じるのだ。
自警団員のつとめの一つは鐘楼の横に立ち、有事の際に鐘を鳴らすことだ。
鐘楼の側には木の椅子が置いてある。
椅子は、壁がなく4本の柱と屋根の下にあり、雨もしのげるが、壁が無いので風が強いと濡れてしまう。
その際は、リンザの森の中ほどにある沼に生息している星ガエルの皮で作った雨避けのコートを着てしのぐ。
「鐘当番、暇だよなあ……」
グレニー食堂のぶどうジュース一杯サービスと、自警団に入れば女の子に頼りになると思われるかもしれないという下心で、去年から自警団の一員になった万屋の孫息子エイモス・オーティスはぼやいた。鐘当番は本当に暇だ。
エイモスは今年15歳になった。
彼は茶色い髪に茶色い目で、自分の小柄な体格が今の悩みの種だ。
自警団員の人数が増えたので、鐘当番はひと月に一度回ってくる程度だが、毎回特に何も起きないので、鐘当番はいつも、暇をもてあましながらリンザの森の入り口を見つめるだけで、役目を終える。
鐘を鳴らすような事態が起きたことが30年ほど前に一度あったと、エイモスは祖父のダンから何度も何度も聞かされていた。だから、鐘当番の時は気を抜くなと、いつも祖父はエイモスに説教をした。
30年ほど前に、リンザの森から手負いのグレートベアが現れたのだと祖父は繰り返しエイモスに語った。
グレートベア同士の争いで劣勢になり、傷を負った熊がリンザの森から出てきたらしい。
その際は、リンザの森に偶然立ち寄っていた錬金術師の活躍で、被害は出なかったという。
今朝は、リンザの森に入ったのはグレニー食堂のトマスと義理の息子のリック、そしてリックの腕に抱かれた孫娘のエリナだけだ。
狩人や薬師が誰一人森に入らないのは珍しいことだが、全く無いことではなかった。
木の椅子に座ったエイモスが足を組み、大あくびをしたその時。
「鐘を鳴らせ!! グレートベアが出た!!」
緊張をはらんだ声に、エイモスは驚いて椅子から立ち上がる。
リンザの森から、エリナを腕に抱いたリックが猛然と走って来る姿が見えた。
「鐘を鳴らせ!! 早くしろ!!」
エイモスはリックの大声に追い立てられるように立ち上がり、鐘当番になって一度も鳴らしたことが無く、彼自身は一度も聞いたことがない鐘楼の鐘を鳴らす。
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